第45話 あの日

 林の奥深くには、小屋があった。そこに老人が1人で、山籠りの生活を送る。山菜料理を煮込み、完成するの待ち続ける。突然、簡素な作りの引戸を開かれた。黒マントの若い女性が小屋を尋ねてきた。手には注射器を握り締めていた。


「…(うーん、笹人ささびとには血を抜かれたけど……)」


 セーレは、記憶を辿るが明確な答えには、辿り着くことができなかった。過去の出来事を思い出そうと、両手人差し指で頭のこめかみを押しながら考え込んでいた。


「(セーレの愛くるしい仕草、可愛い)……」

「セーレ、何やってるんだ?」


 膝を曲げ座る姿に癒されるビィシャア、不思議がるマーク。


「わからない」

「セーレ、何がわからないんだ?」

「ちょっと考え事してただけだから、あなたが気にする必要はないわよ」


 セーレの発言に、マークは感情を剥き出しにした。


「関係なくないんだよ。もう俺達は仲間だ! 1人で抱え込まないでくれ。君の辛さを少しでもわけてくれ」


 セーレは驚いた。元は看守と囚人の関係。マークは「勝手に付いてきたストーカー」ぐらいの認識で、気にもとめていなかった。


「…(ふーん、言うようになったわね)」

「セーレ、私からも言わせてください。何でも深く考えてのめり込み過ぎです。全てを背負う必要はないのですよ」


 2人はいつ間にか「仲間となっていた」のか。胸に空いていた穴が少し埋まっていく気がした。看守の男と命を狙う女であった2人とは「交わることはない」と思っていた。「認識を改めよう」と強く心に決意した。


「そうね、ごめんなさい。あなた達にも話すわ」


 セーレは過去の話をした。それも2時間。あまりにも「長い、長過ぎる」と聞いていた2人の顔には疲れの色が隠せない。恐らく、兄が死んで「ストレスが溜まっていたのだろう」それを吐き出すかのように、表情も生き生きとしていた。


「…以上よ」

「なるほど、わかりました」

「うん、うん。なるほどな」


 セーレが話を終えたのは、夕方過ぎであった。背伸びし、満足そうな表情でキャンプの準備に取り掛かった。ビィシャアもセーレと共に設営場所を探しにいった。一方で、マークは日記帳に主張と過去の出来事をメモした。


「…(笹人は、見えざる優勢思考であり、過去にセーレの血液を奪ったと、あ…そうだ……生き生きとしたセーレの表情もいいっと、これでよし)」


 マークは、日記帳を鞄に戻しキャンプ場所へと向かった。


「セーレ。君は可愛いね」

「急にどうしたの?」


 クライ開発品の簡易施設ベッドで、セーレはアーネスに斬られたときの夢を見ていた。


「本当さ、君は戦場でも輝きを失わない強い心と他者への思いやりが素晴らしい」

「うーん、言葉で言われると嬉しいわね。私に気を遣ってくれているのね。アドモスの居場所もわかったし、激励のつもり何でしょう?」


 夜空には星が流れ、山茶花さざんかの滝の水が流れ落ちる。近くには2人の影が見え、少し離れた位置からヘーゼルが様子を伺っていた。


「たく、アーネスの奴。急に見張ってくれってどういうことだ。私を恋愛イベントの見届け人にするつもりなん……」


 急にヘーゼルは、意識が朦朧とする。頭の中から声が聞こえる。その声は「セーレを落とせ」っと指示を受けているようだ。


「本心さ、私は君に夢中さ」


 アーネスは、セーレのパーソナルスペース 45cmを詰めてきた。


「ちょっと、悪ふざけもいい加減にしてよ」


 アーネスは、セーレの腰に左手を添えて体を密着させてきた。距離が近づき、セーレの胸も少しドキドキと鼓動が早くなった。


「君は綺麗だ。いいから身を任せて」

「…どうしちゃったの……。こういうの困るわ。私、あなたのことよく知らないし、急にこんな対応されても、あなたの気持ちに答えられる自信がないわ」


 アーネスの瞳は、全く動くことがなく、セーレの瞳を見つめ続けた。セーレは恥ずかしくなり、少し赤面した。


「もう離してよ。こんなことされても嬉しく……」


 アーネスの顔が近付いてくる。いつの間にか首下に右手を押さえられて、固定されていた。セーレとアーネスの唇が徐々に接近する。アーネスは目を閉じたが、セーレは両手で勢いよく突き放した。


「違う気がする。やっぱりおかしいよ。あぁ、そうだ。私、他に気になっている男性がいるの。その人にも悪いし、アーネスは疲れているんだよ。明日も早いし、早く休もう」

「どうしてだ? 理解されないのなら」

「へ……」


 突然、誰かに背中を押された。そして、激痛が走る。セーレは背中を刃物で、斬られ血が噴き出る。首を右後ろに傾けて、驚愕した。


「ヘーゼル、アーネス。どうしてなの?」


 背中を押したのは、ヘーゼル。長剣で斬りつけたのはアーネスだった。セーレは、空中に投げだされた神器の槍を右手に掴むが急に意識が飛びそうになった。


「…(邪魔だよ、死んでくれる)」

「…(人の頭の中に話し掛けるのは、誰なの?)」


 その声は、何度もセーレの頭に呼びかけた。不気味な声は、滝壺に落ちる数秒の間にも止まることがなかった。


「…(誰なの?)」


 セーレは空中で全身を水平に保ち、一直線になるように姿勢を維持し、足から着水した。その勢いと滝壺の対流に巻き込まれ、意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る