第34話 無意識
「急に通信装置から、声がしたときは驚いたね」
「いや、すまんね。僕もまだ君が、通信装置を大切に保管してくれていて、嬉しい限りだ」
「そうかい」
「セーレに会ったときも、君から渡されたマフラーを羽織っていたし、君は案外、人からの貰い物を大切にするのかい」
「ふん、物を粗末にするのが嫌いなだけさ。さっさと、セーレの病室まで案内しな」
クライ、ヘーゼルは、屋上の階段を足早に下りセーレの病室へと急いだ。
「暖かい……何だか安心する」
セーレは、目を開ける。青い光を輝かせる大きな手が見える。その手は、上半身裸の右腹部を優しく触る。暖かな手の動きは、心地良いエステサロンを施術されているようだ。
「ヘーゼ…ル……?」
「随分酷くやられたじゃないか」
「どうして、ここに。だって…二度と顔を見たくないって……」
「ふん、来るつもりはなかったが、クライの頼みで仕方なくだよ」
「へへへ…ありがとう……」
セーレは、目を閉じ再び意識を失った。クライもセーレの顔を覗き込みながら、容体を確認していた。
「たく、手の掛かる小娘だよ。全く」
「小娘って、セーレは20代前半だろ。小娘ではないような」
「ふん、私から言わせれば、お前もセーレも小娘だよ」
ヘーゼルの両手、両腕は青の光が一層強くなり、修復処置に意識を集中した。途中、クライは大総統の認可処理があると言って、病室を出て執務室へ戻っていった。
「ふぅ、疲れたね」
ヘーゼルは、同じ姿勢で2時間、セーレの修復を行った。再生治療を終え、セーレを背にし窓の景色を眺めた。薄暗く、月もなく商業地区の明かりがやや強めな印象だ。
「僕からも礼を言うよ。ヘーゼル」
クライは、病室の引戸を開けて入室した。ヘーゼルは、窓を開けて煙草を左手に持ったが、クライから注意を受け、また戻した。
「君の再生能力は、誰にも真似できない。神から授かったとも等しい再生治療だ。さすがは、回帰の選定者ヘーゼルだ」
「ふん、回帰だの、魔女だの。勝手に呼びやがって。そんなの面倒事しか起こらなくて、迷惑してるよ」
「今からでも遅くない。是非僕と共に、医療の高みを……」
「お断りだ。もう静かに余生を過ごさせてくれ」
クライの話を遮り、ヘーゼルは病室から出て行こうとした。
「待ってくれ、どこに行くんだい?」
「セーレの治療は終わった。この街に来たのも、別の用があったから来たんだ」
「そういえば、君の孫娘。ミーアちゃんだったかな。その両親は亡くなり、この街の集合墓地に埋葬されていたね」
「余計なことまで。相変わらずの記憶力でうんざりするね」
「お褒めの言葉ありがとう」
「ふん、放って置いてくれ」
ヘーゼルは、病室を後にする。ドア越しを挟み、何やら騒がしい声が聞こえる。
「ヘーゼルさん、セーレは?」
「終わったよ。貫通した臓器は全て元通りにした」
「ありがとうございます」
「ヘーゼルさんでしたか。初めまして、ビィシャアと申します。セーレの治療ありがとうございました」
「はいよ、ビィシャア。では野暮用があってね。これで、失礼するよ」
どうやら、マーク、ビィシャアとヘーゼルの会話は終わったようだ。コンコンっと、病室を叩く音が鳴る。クライは、セーレの患者衣の紐を結び直した。
「貴方様には邪魔な虫が付いておられます……」
「…我が爆発の女王シルカ様の教えを受けた者たちだぞ。失敗などありえない……」
「…お前の見っともねぇ
「自分勝手ばっかり、私はそんなの望んでない!」
セーレは、ベッドから勢い良く状態を起こした。電灯は消灯されており、薄暗い小玉の光が灯っていた。額、頬、首筋、胸の谷間、背中に汗が垂れる。
「夢……いや、現実だわ」
セーレは、点滴と心電図の吸盤等を外し、ベッドから起き上がった。心電図の心肺停止アラームが鳴る。その音をセーレは、無視しスリッパのまま、歩き出した。
「私がして来た事って、何なんだろう……」
戦争へ行った。牢屋に入れられた。父と母が亡くなったことを知らされて、ひたすら拷問を耐えた。自由になりたいと望んだ。そして、最後の繋がりであった兄もいなくなった。
「…」
暗い顔をしながら、病院の非常口階段から外へ。目的地もなく、街灯を頼りに歩みを進める。病室から商業区は、最初こそ、賑わいを見せていたが、徐々に人通りが少なくなっていく。そして、商業区から展望台へと向かうに連れて、人を見かけなくなった。
「ここは、どこだろう?」
無意識に近い状態で立ち止まった場所は、白の展望台と集合墓地があった。展望台は、5mくらいの構造物。集合墓地は、小さな四角の墓石に死者の名前を刻んであり、それらが左右対称に配置され並んでいた。
「こんな場所があったなんて、前に来たときは気が付かなかったな」
静かな墓地に、セーレのスリッパ音がペタペタと響く。その音を聞き、大きめな影がぬっと姿を現した。
「セーレか。こんな場所まで歩いて来たのかい」
「ヘーゼル……」
墓所にいたヘーゼルは、少し驚いた表情だった。
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