第28話 交差する視線
「え…お兄ちゃん……?」
お兄ちゃんと呼ばれる男は、黒髪で頬も痩けているが、顔の輪郭と目の形がセーレと類似している。
「本当に…どうして……、私は忘れていたの」
動揺し寒くもないのに全身が震える。セーレは、平静を装うため、深呼吸するが息苦しい。
「何で、何で…わからない……」
胸も張り裂けそうだ。目の前の事実を受け入れられず、否定したくなる。悲しみの感情で、セーレの胸がザワザワする。
「呪いの制約と何か関係があるの……」
左手の赤蛇の刺青。アドモスにかけられた呪いは、生者の名前を「記憶させない」こと。顔を「覚えられない」ということではない。
「大切な人を忘れていたなんて……」
何かを決意し、セーレの目付きが少し鋭くなる。色々考えたいことはあるが、優先すべきは唯ひとつ。大切な家族が、目の前で「処刑されるのを阻止」する。
「お兄ちゃん、今助けるから」
その小さな声は、裁判官の拡声器の音に消される。セーレは、罪人に近寄ろうと人混みを掻き分けた。人混みが多く、マークとビィシャアは、セーレの異変に気付くことができない。
「私の力なら、助けられる」
セーレは、黒フード付きのマントを羽織り、罪人が裁かれるであろう場所に、徐々に近づいていく。髪の色も黒から銀髪へ変わり、瞳の色も赤となる。
「ここまで来れば、相手を意のままに操れる。今こそ自由を。Follow me……」
王城から1人の男が、高台にある処刑場の階段を上がる。黒髪の優しそうな男性は、本日の処罰対象者の顔を見て回る。セーレは、洗脳の力を使うことを取り止める。
「アーネス……」
セーレと共に言論の自由を謳った対戦の統率者であり、私が信頼を寄せていた男性。
「く…目の前には、お兄ちゃんがいる……。けど、アーネスの能力には太刀打ちできない。どうすれば、いいの」
アーネスは、セーレの兄の前で立ち止まる。
「久しぶりですね、ニースさん。確か会うのは、これで3度目でしたね」
「アーネスさん、あなたは何がしたいんだ。3年前、我が家に訪問し、セーレの力を貸して欲しいとあなたは懇願した。我々、家族も直向きなあなたの姿勢に共感し、セーレを託した。なのに、セーレは戦死し我々家族も捉えられ、父と母も衰弱死した。あんまりじゃないか……」
「そうですね。私も準備していたんですよ」
アーネスは、長剣を両手に持ち大きく振りかぶった。
「アーネス様、何をなさるのですか。これでは段取りと違います」
慌てた様子の高齢男性の裁判官が、アーネスの暴挙に驚く。
「いや、段取りと違くて、申し訳ない。しかし、この男はどうしてもここで私の手で仕留めたくてね。それに、この行動がメッセージになる」
「しかし、聴衆への戒めを与えるお考えには、賛同できますが…段取りを守って頂かないと……」
「フフフ、そうだね。では…手始めに……」
アーネスは、剣の構え横払いをした。その斬撃を受け、裁判官の胴体が2つに別れた。
「何をなさ……」
裁判官は即死。胴体から血飛沫が上がり、処刑場は血まみれとなった。鮮血を浴びたアーネスは不気味な笑みを浮かべた。
「うわぁぁぁぁ」
「きゃああああ」
「お助けを」
市民はパニックとなった。我先にと市民居住区へ逃げ込もうとし、居住区入り口は人に溢れ、鮨詰め状態となった。
「アーネスさん、何をしてるんだ?」
「いや、そろそろ頃合いかと思いまして」
そこに、フードで顔を隠したセーレが2人の側まで駆け寄ってきた。
「やぁ、遅かったじゃないか。3年ぶりだね、セーレ」
「アーネス……。どういうことなの?」
「その声は、セーレなのか?」
アーネスは、セーレを見つめる。ニースは、セーレを見つめるが、顔を隠していたため、本人と確認することができなかった。
「君がそろそろ来る気がしてね。つい待ちきれず、手助けしてしまったんだよ」
「そう、貴方の能力の1つである未来視を使ったのね」
アーネスは、1時間先を動画のように見ることができる。その能力は、戦争時でも発揮し数々の戦果を上げてきた。
「教えて、アーネス。貴方の目的は何なの?」
「それは、今も変わっていないよ。聴衆の言論の自由さ」
「でも、ヘーゼルと会ったときに聞いたわ。貴方が……アドモスが発案した言論の禁止を貴方が提唱したと」
「そうか、君には話していなかったね」
アーネスは、右手の手袋を外し手の甲をセーレに向けた。
「それは、黒い骸骨の刺青……」
「そうだよ、私もアドモスに呪いを受けた身なんだ」
アーネス乱心との報告を受け、完全防具服を装備した兵士がアーネスを取り囲み始めた。
「話は終わりかな。これは、きまぐれな私からの気遣いだ」
アーネスは、長剣を使いニースを拘束する手足の枷の鎖部分を器用に切断した。そして、ニースの首根っこを掴み、行政地区の公園にある噴水まで、彼を投げ飛ばした。
「おい、おい…うわぁぁお……」
「え、お兄ちゃん」
セーレは、兄のニースを追いかける足を止めた。アーネスの状態が気になり、後方に目を向ける。
アーネスは、兵士に取り囲まれ姿は見えないが、上空に向かい掌を左右に振っていた。
「ありがとう、アーネス」
セーレは、兄との王城脱出を試みるべく、兄が投げ飛ばされた噴水まで走り出した。
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