第27話 見つめる先には

「そのお爺さんが優しかったのよ」

「へぇ、そうだったのか」


 セーレは、過去話を熱く語るあまり、声が高くなっているのに気が付かなかった。マークとビィシャアも「王城の神器回収」というパワーワード且つ敵陣の内通者が、聞き耳を立てていないか警戒した。


 その警戒も取り越し苦労で終わる。目で辺りを見回すも客足が少ないからだ。


「居酒屋に入ったときも思ったが、客足が少ないな」


 居酒屋の配置は、4人掛けテーブルが8個。カウンターには、6脚の椅子が並ぶ。テーブルは、セーレ達の他に利用客もなく、カウンターには1人の男性客しかいない。


「はい、海鮮エビパスタ。お待ちどう」


 顎髭が三つ編みの50代くらいの男性が、セーレ達が頼んだ料理を提供した。


 海鮮エビパスタ。ヒラ麺のパスタの上には、ホワイトベースソース。具材は、貝、イカ、エビが左右対称に盛り付けられていた。


「美味しそう」

「お客さん、美味しそうじゃない。美味しいんだ。さぁ召し上がれ」


 顎髭が特徴的な男が、テーブルへの配膳を終え、手際良く空の皿、グラスを片付ける。


「店主さんですか?」

「はい、そうです」

「何で、こんなにお客さんが少ないんですか?」

「処刑だとか、物騒な話ばかりでね。おまけに自由な発言も禁止。上には文句の1つも言えん」

「店の経営も大変ですね」

「全く商売あがったりだよ」


 マークは、料理を一口食べて、感想を店主に伝える。店主は美味しいのは、当然と豪語し片付けた食器を持って、バックヤードへ入った。


「セーレの話は、聞かれていないようだ」

「私もヒヤヒヤしました」

「何よ、そんなの気にする……」


 テーブルの上で手枕し、セーレは眠りについた。その姿は、愛らしい子猫のようだ。

 

「セーレ、寝ちゃいましたか」

「そのようだな、これ食べたらお会計だな」


 ビィシャアとマークは、テーブルのパスタ、酒のつまみ、サラダを2人で分け合い、完食した。


 マークは、お代の支払いのため、席を立った。ビィシャアは、ウエストポーチから青の四角い石を1つ取り出した。


「さて、お会計も終わった。ビィシャア、俺がセーレをおんぶするから、満月亭へ戻るぞ」

「いえ、けっこうです」

「え…何が……」

「セーレのおんぶは、不要と言いました」

「いや、ここは男の俺がセーレを運ばないと」


 ビィシャアの左手が赤く光り、青い石を握り締める。石は、180cmくらいの人型の姿に変わる。その人型は、前屈みになりセーレの膝を両手で支え、背中へ引き寄せた。

 

「何してんのビィシャア。いいよ、ここは俺が運ぶから」

「マーク…しつこいです……」


 少しガッカリした表情のマークをよそに、人型はセーレを安全に満月亭まで、運ぶ役目を達成するのであった。


「ギィーギィー、キッキッキ」


 キツツキ科のコゲラが鳴く声で、セーレは目を覚ました。


「…頭痛い……」


 セーレは、ベッドから起き上がる。目覚めて直ぐに、備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を半分くらい、イッキに飲み干した。ペットボトルを冷蔵庫に戻した後に、寝巻きを脱ぎ捨て、全裸となりシャワー室へ直行した。


「うーん」


 シャワーの音で、目を覚ましたビィシャア。すぐに立ち上がり、セーレが脱ぎ散らかした寝巻きを綺麗にたたみ、洗濯されたセーレの衣服をベッドの上へ置いた。


 ビィシャアは、セーレがシャワーを浴びている間に、髪型、爪、服の着替え等、身なりを整えた。


「あなた、しっかりしてるわね」

「おはよう、セーレ」


 生乾きの髪と大雑把に体を拭いたセーレが、シャワー室から出てきた。セーレの髪や体に滴る水は、床へ落ちカーペットを濡らす。ビィシャアはその姿を見て、慣れた手付きでセーレの背後を取った。


「いつもありがとう」

「私が好きでやってます。セーレは気にしないで」


 タオル、ドライヤー、顔や体の保湿ケアをする。ビィシャアは、セーレのスタイリストのようだ。セーレは、流れ作業の間に、洗濯された衣服に袖を通した。


 一方、マークは衣服の着替えを終えて、受付のソファに座っていた。何やら受付のお婆さんに愚痴を聞いてもらっているようだ。


 1時間後……。


 受付のエレベーターが開く。中から楽しそうに会話するセーレとビィシャアが姿を見せた。


「あら、早いわね」

「おはよう、セーレ。昨日は眠れたかい」

「えぇ、それはぐっすりと」


 マークは、ソファから立ち上がり、受付のお婆さんへお礼を言い、セーレ達の側へ近寄った。


「どうしたの?」

「バイクは、今日1日なら預かってくれるそうだ」

「そうなの、マークやるわね」


 マークの世渡りの器量に、セーレとビィシャアは感心した。


 セーレ達は、満月亭のご厚意もあり、王城内の処刑が行われる広場へ移動した。満月亭は商業地区。そこから行政地区と王政地区をつなぐ広場が罪人の公開処刑場だ。


「テマと交戦した場所なのね」

「何、セーレ。何かいった?」


 広場の中心にいる裁判官の拡声器の声が大き過ぎて、会話が聞き取りづらい。その周囲には、罪人を取り囲むように、市民が大勢詰め掛けているが、皆暗い顔で罪人を見つめている。


「集まった皆の衆。前回公表した通り、この者を処刑する。さぁ、セーレ様の恋人を語る不届者よ、前に出ろ」


 ボロボロの衣服で、顔の形が凛々しい男が前に出てきた。セーレは、その男を見た瞬間。蓋がされた記憶が、ダムの水が決壊したかのように、放出された。


「え…そんな、嘘でしょう……。まさか…お兄ちゃん……!?」

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