第18話 引き継ぐ

 セーレは、ゴンドラの窓からエドモンドが倒れる一部始終を瞳に写し記憶した。そして、エドモンドを殺したアドモスの顔も脳裏に焼き付けた。セーレの髪が風になびき、銀髪から白髪に戻っていく。


「アドモス、私はあなたを許さない」


 アドモスは興味がなくなったのか、エドモンドは放置しその場を立ち去っていた。

 

 セーレとヘーゼルを乗せたゴンドラは、山頂から下流に向け進んでいった。その間にセーレは、段々と意識が薄れていく。ゴンドラは目的地に着いたのか、ガタガタと揺れる。ゴンドラの扉が開き、複数人の話声や歩き回る音が微かに聞こえるが、限界を迎えその場で気絶してしまった。


「おや、お目覚めだね。セーレ」

「アーネス……」


 セーレは、キャンプの簡易ベッドで目を覚ました。隣のベッドは、空きの状態で先程まで誰かいたようだ。


「ヘーゼルは?」

「隣のベッドにいたが、君の治療をした後、食糧庫に向かったようだ」

「そう、大事がなくて良かったわ」


 アーネスは立ち上がり、セーレに対し暫く休むようにと笑顔で伝え、その場を後にした。休もうとベッドに寝転がったが、偵察部隊の1人がセーレを尋ねてきた。


「セーレ様、任務お疲れ様でした」

「偵察部隊の人達も援助と密偵調査ありがとうございました」

「お褒めの言葉、僭越至極せんえつしごくであります」

「…はは……それで、あなた達の部隊長であるエドモンドなんだけど」

「はい、その件はセーレ様もご存知かもしれませんが、エドモンド隊長は戦死されました」


 報告を聞くと胸騒ぎがする。エドモンドは「戦死」で片付けられてしまったのか、セーレは「納得する」ことができなかった。


「いえ、あなた方の隊長が戦死したのは……」

「セーレ!」


 キャンプテントの入り口を開けたのは、ヘーゼルだった。


「お前が何を言おうと事実は変わらんし、慰めにもならん」

「…けど……私達がもっと強ければ、エドモンドは助かったかもしれないんだよ」

「お優しいですね、セーレ様。我が部隊のエドモンド隊長も良い導き手がいて誉れだったと思います。それでは」


 セーレは、自身の不甲斐なさと弱さを嘆くしかなかった。

 

 セーレは、ビィシャアに対してエドモンドとの過去を話終えた。

 

「これが、私がエドモンドを見た最後の光景よ」

「そんな……」

「私は目が覚めたときに、偵察部隊の1人からエドモンドの死を報告されたわ」


 ビィシャアはセーレの話を信じるかどうか困惑した。私の「行動に意味があった」のか、「無駄な行動ではなかった」のか、頭の中で整理できなかった。ビィシャアは苛立ち、唇を噛み出した。


「いや、セーレ。お前がしっかりしていれば、パパが死ぬことなんてなかった」

「その通りよ! 私がもっと泣き虫ではなく、アドモスよりも強ければエドモンドを守れたかもしれない」

「何よ、開き直るの? それがわかってるなら、わかってるなら、どうにかできた筈でしょう!」

「貴方にはわかってもらえないかも知れないけど、私の感情はあの戦争で壊れているの」


 セーレは涙を流して、ビィシャアの瞳を見た。


「私だって、本当は人殺しなんてしたくないの」

「なら、そんなの辞めればいいじゃない」

「辞めればいいと、簡単なことができないのよ。誰1人止まらないの、辞めてくれないの。皆、敵意剥き出しで私を見るの」

「わからないわ……」

「私には戦争を起こした責任がある。もう一生償っていかなければならない十字架なの」


 ビィシャアは、さらに苛立ち唇を噛む力を強めた。唇から血が滲み出て、口に含んだ血を吐き出した。セーレはビィシャアの様子を見て、拘束を解く決心を固めた。

  

「貴方の拘束を解くわ」


 セーレは、ビィシャアの拘束を解いた。力の行使が終わり、セーレの髪の色が銀髪から白髪へ変わる。ビィシャアは、左手の短剣を握り締めたまま立ち上がった。セーレは涙を流し、その場に座り込んで無気力の状態だ。ビィシャアは短剣を持った左手を上げたが、また下ろし短剣を地面に落とした。


「そうか、パパはセーレのために。私のやったことって無駄だったのかな。はぁ、生きる意味なくなちゃった」


 ビィシャアの言葉を聞いて、セーレは立ち上がるとビィシャアの眼が、慕いよる子のように瞳の中へ飛びこんできた。

 

「いざとなったら、死ぬ覚悟で情報を守れ。王城の捕虜になんてなるな。奴等の情報を奪い取れって、あなたのパパはそう言ったわ。娘のあなたも死んで諦めるつもり、そうじゃないでしょう! エドモンドは間違っているわ! 死者の魂とちゃんと向き合って、父親の良い意思を引き継ぎなさいよ! 情報なんて、死と釣り合う訳ないじゃない」

「そんなもの無意味よ」

「無意味なんて言わせない。エドモンドはあなたという宝を残したわ。そこには意味を問く必要もない。あなたは生きていなきゃだめなの」


 セーレの叫びがビィシャアの心へ響く。そこにセーレはビィシャアを優しく抱擁した。


「私は、パパに生きていてほしかった」

「そうよね、辛いわよね」

「私はあなたが憎い」

「憎み続ければいい、それであなたの心が少しでも晴れるのなら、望むところよ」

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