第17話 我らの意思を

 歩兵団は、セーレとヘーゼルを追いかけるが、両者の距離が縮むことはなかった。寧ろ距離が開く一方だ。歩兵団の将は、彼女達の運動能力に畏怖していた。


「これが、見えざる断罪者セーレと回帰の選定者ヘイゼルの実力か。しかも王城の神器まで、持ち出しおって。許さん、必ず2人を討ち取れ。歩兵団の騎馬隊よ前進せよ!」


 歩兵団は山道に足を取られながらも、セーレとヘーゼルを追いかけるべく、懸命に足取りを追いかけた。

 

 一方で、ヘーゼルとセーレは神器の力に驚いていた。「本気で走ったら」どうなるんだろうって、セーレは胸を躍らせていた。なるべく、そうならないように歩兵団との程よい距離をキープした。


「これが神器の力、身体能力が人間の限界値を超えているわ」

「凄いな。これが神器の力か」

「ヘーゼル、私こんなに高く飛んだの初めて」


 神器の力は、持ち主の身体能力を底上げした。足の速さ、瞬発力、肺活量、握力など、その力は常人を超越していた。そのため、エドモンドが指定した陽動ポイントへ予定より早く着いてしまった。あまりの早い到着に、ダム監視の別動隊の1人が跳び上がる程だ。


「早く着き過ぎちゃったかな」

「暫く待つか」

 

 セーレとヘーゼルは、滝の上で歩兵団を待った。

 20分後、歩兵団がセーレとヘーゼルがいる滝の下まで到着した。


「セーレ、ヘーゼル。貴様らはここで、必ず仕留める。弓と鉄砲隊前へ」


 ヘーゼルは、後方にいる別動隊へ手で合図を送った。別動隊がダムの杭を破壊した瞬間、勢いよく水が噴き出すように流れ出した。ヘーゼルとセーレは、高く跳躍し木の上の枝に乗った。ヘーゼルが乗った木は細かったのか折れたので、慌てて太い枝に乗り換えた。


「ぐわぁぁぁぁ」


 歩兵団が川に巻き込まれていく。その様子を見て、セーレは木の枝でしゃがみ込み、祈りながら涙を流すのであった。

 水の流れが緩やかになり、ヘーゼルとセーレは木の枝から地面まで飛び降りた。木の下にいた別動隊の人達は、驚いたがセーレ達が作戦終了を告げると、足早に合流ポイントへ向かった。


「終わったな、セーレ。私達も合流ポイントへ行くぞ」

「行きましょう、ヘーゼル」


 ヘーゼルとセーレも合流ポイントへ向かった。

 

 合流ポイントは、山頂にある機械式のロープウェイを使った戦線離脱だ。ロープには10人乗りのゴンドラが備え付けられていた。既に何人かゴンドラへ乗り込み、離脱していた。


「後はセーレ様とヘーゼル様と共に脱出すれば完了です」

「エドモンド、首尾は万全のようね」

「神器はなかったが、王城の隠し通路の見取り図を手に入れたようだね」

「はい、ヘーゼル様、セーレ様。お褒めの言葉ありがとうございます」


 突然だった。何の前触れもなく、大男が目の前に現れた。にわかな出来事に、理解が追いつかない。しかし、セーレとヘーゼルも神器を構えて臨戦体制を取った。


「それは神器か。使いこなしているのか面白い」

「はぁぁぁ」


 ヘーゼルとセーレが神器で攻撃するが、大男は素手でその攻撃を受け止めた。顔の表情も少し落胆しているようだった。

 

「練度が足らんな、つまらん」


 大男は神器を掴んだ手で、ヘーゼルとセーレの体を引き寄せた。その勢いを利用し、掌底を腹部に喰らわせた。ヘーゼルとセーレは、後方に吹き飛ばされてしまった。


「銀髪の女、面白いぞ。今、ワシの体を操っただろう。そっちの女は防御壁を張ったが、間に合わなかったようだな」


 セーレは洗脳の力で致命傷は避けたが、ヘーゼルは防御壁が間に合わず気を失っていた。セーレは、経絡のツボを突かれ体が痺れて動けなかった。大男はセーレに興味を示したのか、顔を近づける。

 

「貴様、他人の死を恐れているな。そんなものは、戦いには不要だ。どれ、ワシが恐怖を消してやろう」

「なぜ、そんなことがわかる?」


 大男の左手が赤くなり、右手に持った焼印を押し熱を溜めた。その焼印をセーレの左手に押し当てた。

 

「うぐぅぅ」


 セーレは気絶しそうな痛みに耐えるしかなかった。大男が焼印を離すと、赤い蛇の刺青が左手に彫られていた。大男は、違う焼印に持ち替え、ヘーゼルの左腕付近に赤い鷹の刺青を彫った。


「貴方は何者なの」

「我が名はアドモス。その名を刻むといい」


 セーレは、あまりの痛さとアドモスの攻撃に満身創痍。そのとき、両膝と背中あたりを急に持ち上げられた。持ち上げたのは、エドモンドだった。


「セーレ様、お逃げください。あなた方は、ここで死んでいいお方ではありません」

「そんな」

「行ってください、セーレ様。ヘーゼル様と神器と共に。あなたの洗脳なら気絶したヘーゼル様を操ることは可能です」

「けど……」

「失礼します。いいから、黙って行け!ここは私、偵察部隊のリーダー任務です。さぁ、情報セーレとヘーゼルを私が命懸けで守ります」


 エドモンドは、セーレをゴンドラへ乗せた。セーレは涙を流しながら、ヘーゼルを操り、神器を回収させてゴンドラに乗り込ませた。セーレとヘーゼルが乗り込んだことを確認すると、エドモンドは、下降ボタンを押しゴンドラの扉を外側から閉めた。

 

 その間に、アドモスはゆっくりとゴンドラへ近づく。エドモンドは、ナイフを片手に持ちアドモスの腹部へ突き刺した。


「わからんな、なぜ立ち向かう」

「それはな、あの人達に我らの意思を託しているからだ」


 エドモンドのナイフは、アドモスの腹筋で折れ曲がり使い物にならない。セーレは、ゴンドラの窓から叫ぶが、エドモンドの名前がわからない。

 

「もう良い、さっさと消えよ」


 アドモスは手刀で、エドモンドの心臓を貫いた。血が吹きだしたエドモンドの顔は任務達成で笑顔が溢れている。セーレの悲痛な叫び声が響く。


「エドモンド!!!」

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