第40話

 俺、詩織、哲也さん、クガ、レベッカの五人は元居た国より発展していて賑わっている西洋風の街中を観察するように見ながら歩いている。


 ん?そういえば今までは微塵も興味沸かなかったけどあそこってなんていう国なんだろうか?


「レベッカそういえば俺達のいた国ってなんて言う国なんだ?」


「え……えと……ノースです。」

 レベッカは今にも消えそうなか細い声で答えた。


「へぇーそうだったんだ」


 それにしても何で声が小さいんだ?やはりボッチだったから哲也さんの登場で緊張しているのだろうか?困ったボッチだな……。


 つまらない話をしていると突如としてズドーン‼と大きな物音がして空気が震えた。俺達は足を止めた。


「また来たな」

 大きな物音を聞いて、哲也さんの口角が弧を描いた。


「そう来てしまった。この我を死の淵へと追いやった我が最大の宿敵‼ギガントスライムのイート!フッ、昨日の今日で来るとは余程死にたいらしい、この我が冥界へと誘ってやる‼」

 クガは哲也さんの発言に反応してお菓子なポーズを取って言った。


 また面倒くせぇ中二病が発動しやがって……、昨日はクガよりもやばい二人組の完全暴走によって素になっていたのに……。


 いつもと変わらないクガに呆れて俺は肩をすくめ大きな嘆息を吐いた。


「いい機会だ、詩織ついて来い。どれだけ成長したのか見てみたい」


「嫌よ‼あんな化け物なんかと戦いたくないわ‼」

 詩織は必死に首を振って拒絶した。


 なんであんなに必死なんだ……?そうだ!こいつは死んでから数週間一切剣の鍛錬をしていない。クックック……絶好の復讐チャンスだ!


「詩織、哲也さんは久しぶりにお前に会えて嬉しいんだぞ?それなのにお前は親不孝者だなぁ。レベッカはどう思う?」

 俺はずっと胸に決めていた復讐のチャンスに胸を躍らせて言った。


「詩織さんその通りですよ、哲也さんが可哀そうですよ。」


 フッフッフ……フハハハハ‼このアル中ロリコンのことだ、レベッカからの評価を気にして行かざるを得なくなる。ざまあみろ、二日連続で俺に無理やり酒を飲ませてゲロ吐かせた復讐だ。


「……あーもうっ‼分かったわよ!行けばいいんでしょ、行けば。」

 両手で頭を掻きむしり詩織は覚悟を決めた。詩織の髪の毛は少しボサボサになった。


 よしっ!あとは詩織が危険な目に遭ってきて成長していないがバレ哲也さんに怒られれば完璧だな。俺は今日の宿を探してベッドの上でゴロゴロするか。


「話は決まったな、ヒーローが救出に向かう……ショータイムの始まりだ‼行くぞ」

 クガが一番に音のした方向に向かって走り出したが、しかし詩織に腕を掴まれ止められた。


「ちょっと待って、屑あんたも来るのよ。」


「は?何でだよ。」


 嫌だっ‼正直言って俺はあんな化け物ともう関わりたくないのだ。必ずこいつを論破してやる!


「あたしたち仲間なんだから普通一緒に行くのよ」


 なっ⁉こいつ考えたな……、普段なら『仲間だよね』理論は否定すれば終わりだが詩織の父親哲也さんを目の前に仲間じゃないと否定出来る訳無い……。


「くっ……分かった。俺も行く。」

 ストレスで俺は頭を掻き髪の毛をグシャグシャにした。


 ふざけんなよ!チクショウ‼


「決まったな、イートを撃退しに行くぞ」

 哲也さんは音のした方向に走る。続くように俺達も走った。前を見ると大きな土煙が上がっていた。


 嘘だろ、なんであんな化け物と戦いに行かなくちゃいけないんだ……。


 俺達は哲也さんに案内されるがまま数分間走りカガクの国城壁の上に移動した。イートが暴れ暴風が吹き荒れている。俺は吹き荒れる風を防ごうと顔の前に腕を構えている。


「哲也さん俺達どうやってイートのもとに行くんですか?」


「どうやってだって?こうやってさ」

 哲也さんは躊躇なく高さ二十数メートルはあろうかという城壁の上から飛び降りた。


「早く降りておいでー‼待っているからー‼」

 哲也さんが城壁下から手を振っている。


 えぇぇぇ‼この壁飛び降りた⁉死ぬだろ、この高さ飛んだら絶対死ぬだろ。俺も飛ばないといけないのか……、チクショウ‼


「屑どうするの?私この高さは死んじゃうんだけど!」

 詩織は頭を抱えて俺にどうにかしてもらおうと助けを求めた。


「屑さん何かアイデアは無いのですか?一人になりたくは無いからついて来たのですが死にたくありません。」

 今度はレベッカが頭を抱えて俺に助けを求めた。


 アイデアなんかある訳ないだろ、俺だって絶望真っ最中だよ!


「ハーハッハッハ飛び降りただけで死ぬ訳なかろう。この我は無敵だ!」

 上体を逸らし手を額と腰に当てるポーズを取った。


 それはお前が不死身だから死ねないだけだろ、バカ!……そうだ。


「よし決めた!クガは死なないから詩織とレベッカの緩衝材になってくれ」

 優しい笑みを浮かべ、俺はクガの肩に手をのせて提案した。


「は?」

 クガは頭の理解が追いついていないようだ。


「詩織クガを柔らかくしろ。」


「分かったわ。」

 詩織は突如としてクガをタコ殴りにし全身の骨を粉砕した。クガは全身の骨が粉砕され立てなくなった。


 は?何で?


「おいどうしてクガをボコボコに殴ったんだよ!」

 俺はクガに駆け寄った。


「柔らかくしろって言ったから硬い骨を粉砕したのよ!」

 詩織は大きな手ぶりで自分自身のせいではないとアピールした。


「スキルで柔らかくしろって意味だ、バカ!」

 俺は詩織の額をチョップした。


 何で骨を粉砕して柔らかくするってことだと思ったんだよ。


「無理よ、今は杖を持ってないから。」


 そうだった……。じゃあどうすれば……。


「スキルは杖が無くても使えますよ。杖はあくまで攻撃魔法の威力を上げるためのものです。」


 確かに馬車でレベッカは素手でスキル使ってたな。


「それなら出来るわ、エンチャントソフト」

 詩織はスキルを使ってクガの体をクッションのごとく柔らかくした。


 うえっ、気もし悪い人間の体がグニャグニャに曲がる。可哀そうだなこいつ、体中の骨を粉砕されてスキルでグニャグニャにされて気持ち悪がられたあげく二十数メートルの高さから飛び降りるための緩衝材にされるんだから本当に可哀そうだ。


「じゃあ詩織とレベッカはクガの上に乗って飛び降りろ。」

 俺は城壁の下を指差した。


「え?屑さんは?」


「余計なこと言っちゃだめよ。ちょっとでも軽くしようと屑は一人飛び降りる気なのよ。」

 スッと、詩織はレベッカの半歩前に出て腕を伸ばしレベッカを止めた。


「そうだ、俺はちょっとでも軽くしようと思うからいいよ。じゃあ降りるな、テレポート」

 俺はスキルで城壁の上から下に瞬間移動した。


「はぁぁぁl⁉また置いて行くなんて‼テレポートなら私達も連れて行きなさいよ‼」

 詩織は城壁上から顔を出して城壁下にいる俺に聞こえるよう叫んだ。


「知るかバカ!お前に無理やり酒飲まされてゲロ吐いたからその時に魔力も一緒に流れ出たから出来ねえよ、バカ‼」

 俺は詩織を指差して返答した。


 俺だって別に意地悪でお前たちとテレポートしなかったわけじゃない。まあでも実際魔力が足りていても今日の俺なら復讐として連れて行かなかっただろう、ざまあみろ。


「あーもうっ!仕方ない、レベッカちゃん行くわよ。」


「はい!」


「待って俺は許可してな……あああああああ‼」

 詩織とレベッカはクガの言葉を最後まで聞くことなくクガの上に乗り城壁上から飛び降りた。ズドーン‼という大きな衝撃音がして詩織たちは城壁下に降りて来た。辺りに土埃がたった。


「キャンセレーション」

 詩織はクッションの様に柔らかくなっていたクガの状態を元に戻した。


「パーフェクトヒール」

 クガはスキルで自身の怪我を完全回復した。


 やはりクガって滅茶苦茶便利だな。どんな攻撃の盾にしても死なないし、最強の回復スキルを覚えているし戦闘の時だけ仲間になって欲しいものだ。


「やっと来たか、行くぞ」

 哲也さん一人がイートに向かって走る。それに続くように俺達も走った。百メートルほど走ってイートとの距離が数十メートルとなって俺達は立ち止った。


「詩織早速成長を見せてくれ」

 哲也さんは詩織の背中を押した。


「待って……剣、剣が無いから無理よ!」

 詩織は哲也さんの方に振り返った。詩織はこれで戦わなくていいと安心して胸を撫でおろした。


「それならこれ使え」

 腰につけていた剣を哲也さんは詩織に手渡した。詩織はそれを嫌そうな顔をして受け取った。


「ハァー……やればいいんでしょ。」

 詩織の首がガクっと折れた。


 フハハハ‼復讐してやるつもりでこいつをここに行かせることにした結果俺も来ることになって嫌だったが復讐現場が見れるのだから来てよかった。ここ二日連続でゲロ吐かせてきた復讐だ、俺には向かうなんてこのバカがよぉ‼


「プラスオールステータス」

 覚悟を決めた詩織は自身に全の力上昇のバフを掛けた。


 確かこいつはバフを使った場合五秒しか戦えないはずだが何故いきなり使ったんだ?


 詩織はイートに向かって走った。そしてイートは走って来る詩織に気が付いたようだ。


「ドュフッ‼カワイ子ちゃん俺様のもとに帰ってきてくれたんだね♡やっぱり僕のこと好きなんでしょ?」

 と、体の一部を十本の触手状に変化して詩織を捕まえようと触手を詩織に向けて勢いよく伸ばす。


「キモッッ‼死ね‼」

 イートの発言にブチ切れ、詩織は四方八方から向かってくる触手を一瞬で切った。


「未来の旦那様に向かって死ねとはなんだ、死ねとはァ‼」

 イートは逆上して体の一部を今の攻撃の三倍の三十本もの触手に変形して詩織を捕まえようと触手を詩織に向けて勢いよく伸ばす。


 発言がさっきから気持ち悪い。なんであいつは結婚できると思ってるんだ、スライムの考えることは分からん。


「キモイ‼私には既にそこにいるレベッカちゃんっていう素敵な花嫁がいるのよ‼」

 と、詩織は再び四方八方から自らに迫りくるイートの触手を瞬きするほどの一瞬で細かく切り刻んだ。


 こいつも何考えているんだ?変態の考えることは分からん。


 詩織は走ってイートの目の前まで来ると高く飛びイートの頭上に移動した。


「この俺を斬る気か?無理だよ、マイハニー。スーパーカウンター」


「詩織さんまずいですよ。スーパーカウンターはすべての物理攻撃を二倍の威力で反射します。」

 両手を口元に添えてレベッカが詩織に聞こえるように大きな声で言った。


「ありがとうレベッカちゃん。となれば……。」

 詩織は走り高跳びの様に宙で横になり素早く回転した。


 これはあのハムスターのアルティメットバリアにヒビを入れた技だ。確かカウンターも無視して攻撃する技だったな、失敗しろ!まだあいつに全然悪いことが起きてない。魔王軍幹部を倒して賞金が欲しいがそれ以上にあいつに悪いことが起きて欲しい‼


「死ねぇぇぇ‼」

 詩織は回転を利用して剣を振った。


 まだ早い、頑張れイートまだできる‼頑張れ‼


 詩織の剣がイートの体に入っていき二つの山に分けていくが突如として詩織の剣は押し込んでいた方向とは真逆に弾き飛ばされた。


「うわぁぁぁー」

 詩織は宙で身動きが取れなくなってそのまま背を下にして落ちた。


「イッタタ……って、うああああ」

 詩織は起き上がるも、すぐにイートに捕まってしまった。


 よしっ!待ってました。これで多少服が溶かされるぐらいの不幸があいつに起きてくれ、それで俺の復讐は完遂される。


「親父ー早く助けてー」

 イートに捕まれ必死に藻掻きながら詩織は哲也さんに助けを求めた。


「無駄だよ!マイワイフ、剣の無いお義父様なんて大した脅威ではない‼それより結婚式はどこでする?」


 お義父様ってあいつどこまで気持ち悪いんだ?


「あ?誰がお前なんかに娘をやると言った?殺すぞ!」

 詩織が捕まってもなお平然としていた哲也さんの顔から余裕が消えた。


「どれだけ強がろうが無駄だ!剣の無いお義父様は脅威ではな……」

 地面とイートの体が突如として真っ二つに分かれた。


「ぐあぁぁぁl‼」

 痛覚がないはずのスライムが痛みで藻掻いている。


「剣がない?あるだろここに。」

 哲也さんは両手を広げて見せた。


 え……?この人離れている魔王軍幹部に手刀で斬撃を飛ばして切ったってことなのか?だとしたら本当の化け物だ。


「クソ覚えていろぉぉ‼」

 と、イートは詩織を解放してその場から逃げた。


「あいつめ金づるだから優しくしてやってたが次来たら普段の倍以上痛めつけてやる。」


 金づる?どういうことだ?


「あの哲也さん金づるってどういうことですか?」

 俺は金の匂いにつられつい聞いてしまった。


「ああこの国ではね魔力が豊富なスライムを食べて魔力量を上昇させる文化があるのだがスライムの中でも特に魔力が豊富なイートは高級品なんだ。だから今まで殺さず逃がしてたんだよ。」


 魔力上昇?それだ‼


「興味あるんでイート食べてみてもいいですか?」


「勿論いいよ」


「ありがとうございます」

 俺はレベッカとクガの腕を引っ張って詩織のそばのこの場に残ったイートの体の一部に走り急いで二、三口食べた。


「おい逃げるぞ、俺に掴まれ」

 俺は手を差し伸べた。詩織はすぐに俺の手に捕まったが他二人は困惑している。


「どうして逃げるのですか?」


「その通りだ、屑。我は宿敵のイートをこの手で葬れなかったことで悔しいのだ、哲也さんについて行けば必ず再びイートに巡り合える。」

 またしても右手を左耳に当て左手で右わき腹を抱えるように触るという気持ちの悪い中二病ポーズを取った。


「それが問題なんだよ、バカ!このまま哲也さんと行動していたら命に係わる。あの人は自分が人のレベルを超えて強いことを理解してないんだ。今回は城壁から飛び降りるだけだったからテレポートで助かったけど、炎の中を走ることになるかもしれないだろ。俺はまだ死にたくない。」

 と、俺は頭を抱えて言った。


「確かに私も死にたくありません。」


「我は死なないが炎に焼かれたく無い。」

 と、クガとレベッカは俺の手を取った。


「それじゃあ哲也さん僕たち用事あるんでさようなら~」


「じゃあね親父」

 俺と詩織は哲也さんに大きく手を振った。


「あぁさよう……」


「テレポート!」

 俺は哲也さんお別れの言葉を最後まで聞くことなくテレポートした。


 はぁー久しぶりに哲也さんに会えたと思ったら分かってはいたがとんでもない化け物で困ったな……。早くハムスターを飼い主に返してこの国から帰ろう……?あの喋るハムスターはどこだ?

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