第43話

「分かった、ならそいつと付き合ってるままで構わないから俺とも付き合って」


シャワーから出た麻由子が着替えていると、先に着替えを終えた良介が言った。


「付き合わない」


「何度も寝てるなら同じだろ?」


「だからこれが最後」


「会社でバラしちゃうよ、いいの?」


大輔同様、良介も脅しを掛けてくる。が、麻由子はカットソーを被りながら


「重役どころか正社員でも無いんだから、例え全員に広まろうが痛手は無いわ。辞めれば済むだけ。正社員のあなたの方が困るんじゃない?」


と笑った。良介は少し悔しいような顔をして、麻由子に歩み寄る。


「…初めて会った時から、ちょっと好きだったんだよ。今までは同年代としか付き合って来なかったけど、麻由子さんだけはすれ違ったり挨拶程度話したりするのが、嬉しくていつもちょっとドキドキしてた」


背が高く筋肉質の良介に抱き締められ、麻由子はまた自分の見立てが間違っていた事を知った。遊び慣れているから、ではなく好意があるから相手は自分を誘ったのだ。大輔も良介も。思えば和弘だってそう。そして思えば気軽に応えて数回寝たら別れたがるなど、自分の方がまるで世間の男のような真似をしていた。


「良介君に選んで貰えた事は一生の自信になる、ありがとう。でもやっぱり、私じゃアンバランスだよ。ちゃんと自分に相応しい女性を見つけた方が良い」


麻由子が言うと、良介は無言のまま麻由子を離した。


翌日。


「ちょっと~教えて貰った『塀の中の手のひら』始めたら止まらなくなって課金しちゃった!」


出社途中、先を歩く麻由子を見つけた春香が背後から興奮気味に麻由子に言ってきた。塀の中の手のひら、というアプリゲームは推しがグループを脱退し気抜けしていた春香に麻由子が教えたもので、記憶を無くし収容施設に入っている青年を主人公がコミュニケーションなどで記憶を戻させる、という恋愛シミュレーションゲームで、麻由子自身も三年程前にハマッてプレイしていた作品だった。


「お、選択キャラどっちにした?ハルヒト?アキヒト?」


「麻由子はハルヒトだったんでしょ?私は断然アキヒト!」


ゲームの中とはいえ久々に恋する相手が出来た春香の興奮は相当なもので、昼休みも盛んに件のゲームの話をした。麻由子もまた自分が好きで薦めた作品なので、ハマッてくれて嬉しくもあった。今日はどちらも弁当ではなく外食をし、会社に戻る道すがらもゲームの話題で盛り上がる。


「でも意外、はるちゃんはハルヒト選ぶかと思ってた。推しさんにちょっと似てない?」


「そうなんだよねー全体の見た目は断然ハルヒトなんだけど、アキヒトは一見真面目そうだけど、帽子取るとちょっと遊び人なのかな?みたいな髪型なのとか、たまに俺様口調になるのがたまんない!」


春香はそう言いながら、向こうから手袋を着けながら歩いてくる良介に目を止めると


「ああ、名前なんだっけ、そう関君!アキヒトって帽子取ると関君にちょっと似てるよね」


と麻由子に言った。その声は良介にも届き


「帽子取ると、俺誰かに似てるんですか?」


と春香に言い、会社で会い少々気まずそうな麻由子にも一瞥をくれた。


「ああゲームのキャラクターの話、関君に雰囲気似てたの。仕事着だと真面目な印象だけど、この前帽子取ったとこ見て、割りと結構派手な髪型してんだぁと思ったの思い出してさ」


春香が言うと良介はへえ、と小さく微笑んだ。そして良介は麻由子に


「麻由子さんは俺が髪型が派手なだけじゃなく、脱いだら腕にタトゥー入ってるのも腹に盲腸の手術の傷あるのも知ってるよ。逆に俺も麻由子さんの左胸にホクロが二つ並んでるのも性感帯がどこかも知ってるけど」


と言い微笑みながら立ち去った。その場には呆気に取られる春香と麻由子が取り残された。


「…おい~、いつから関君とそんな関係だったの?」


「な、違う!あれは関さんの冗談!」


「いや、ていうか更衣室で見て知ってるわ、まゆの左胸…ブラがぎりぎり掛からない場所に並んだホクロあるわ」


少なくともブラウスなど上に着ているものを脱がない限り見えない場所にあるホクロの位置を言われた麻由子は、言い逃れが出来ずに


「…酔って一回だけ。お願い、何でも奢るから黙ってて」


と観念し春香に言った。春香はその日の夜麻由子の奢りで沖縄料理屋に行くと、少し値の張る古酒の泡盛をグラスで頼み、沖縄料理のみならず麻由子に良介との一夜の詳細を聞くのもツマミにし、大いに楽しんだ。


「ねー本当に一回だけぇ?」


「一回だけ…」


「で、どうだったの?25の男の味は」


「まあ、うん…元気だよね。あのさ、はるちゃんは逆に無いの?」


「あるよ!短大時代、バイト先の妻子持ちの店長と付き合ってた」


「じゃあ同罪じゃん(笑)」


「そそ、だから同罪のよしみで泡盛とチャンプルー口止め料に黙っててあげるから」


麻由子は翌日、自販機の前に立つ良介に恨みを込めて


「本当にバラすと思わなかった」


と背後から言った。良介は笑いながらクラフトBOSSのブラックを手に取ると


「仲良い春香さんになら、言ってもオオゴトにならないかなって。それくらいの意地悪いいかなと思ったんだ」


と言い、ちょっと悲しそうな目をした。


「…言う相手を選んでくれてありがとう、あと、ごめんね」


「いいよ、振られたのに恨みがましい事した俺も悪い」


良介は麻由子の肩をポンと叩くと


「じゃあね」


と言い去った。


会社帰り家の近くを歩くうち、麻由子はふいに良介から聞かれた


「そいつのどこが好きなの?」


という言葉を思い出した。その場では答えなかったが、帰宅し手を洗いウォーターサーバーから水を汲み飲みながら、和弘の好きな所を思い出す。見た目はもちろん好きだしセックスも満足している、それに彼は基本優しいからそこも好きだ。けれど…


麻由子は思い当たり、一人の台所で笑いながら「ああ」と声に出した。


「デスクの仕事も現場仕事も、俺より出来るヤツが今仕事場に居ないからね。とにかく頼られる」


「前の仕事場に用事で寄ったら、皆喜んで話し掛けに来てくれてさ。それで戻るの遅くなっちゃった」


「俺は自分の障害者福祉の知識と経験には自信がある、そこらの議員や市長なんか俺に言い返せないよ。役所の職員もね」


「釣りの腕には自信があるよ、今度一緒に行こうよ、教えてあげる」


「他にまゆを狙うヤツが居たとしても、俺がそいつに負けるわけ無いでしょ」


和弘は一度も麻由子に謙遜した事が無かった。


だがその言い方は嫌味なものではなく、まるで子供が母親に自慢げに言うように非常に素直な言い方で、麻由子はそれを可愛いといつも感じていた。和弘のやる事なす事麻由子の目には可愛く映るが、麻由子にはこの和弘の自信が、殊更可愛く感じており同時に一番好きな所なのだと悟った。


さすがに麻由子が他の男に靡かない、という自信は少々鼻に付くし「少しは嫉妬しろ」とも思うが、それさえ許せてしまうくらい彼が自身を卑下しない所は麻由子は好きだったし、実際に麻由子はどんな男と寝ようが和弘以外を好きになれなかったのも事実。


麻由子は飲んでいたグラスをシンクに置くと、そんな自分に呆れながらまた小さく笑った。と同時に、ポケットの中からLINEの通知音が鳴る。愛しい和弘から


「もう我慢出来ない、明後日会える?」


という催促のLINEに、麻由子は目を細めると


「了解」


と打ち返した。

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