第42話

北千住は何かとテレビの取材が入る事が多く、この日も駅前のターミナルではレポーターをカメラクルーが囲み撮影の最中。絶対に撮られたくないのでそこを避けるように踵を返す麻由子に、大輔が悪乗りし


「真っ直ぐ突っ切って映っちゃおうよ」


と言い笑った。麻由子はその声を軽く手を上げあしらう。すると、隣に並んで歩いていた大輔が麻由子のその腕を取った。


「これからも会ってね。もし会ってくれなかったら…ああ、そう言えば旦那が倒れてから引っ越したんだよな。住所は」


言いながらもう片方の手でスマホを取り出し


「◯◯町25ー□□、合ってる?」


とにこやかに麻由子に言った。


「誰かから聞き出したのね、脅し?」


「まさか、ただ年賀状送ったりする時の確認だよ」


「…」


脅迫にあらず、とでも言いたげに大輔は微笑んだ。


「そんな事ばかりするから、気持ちがあなたに向かないんだよ」


「何の話?それより次はいつ会おうか、俺はまだ当分帰省出来ないし、互いにこうして出てくるのも大変だし、頻繁にはやっぱり無理だよね、でも来月初めなら」


麻由子は大輔の手を振りほどいた。


「旦那は不貞を知ろうが障害のせいで訴えられない。私のしている仕事も今の会社じゃなくたってどこに引っ越しても出来る。あなたのせいでバレたら、さっさと引っ越せばいいだけ。ただ本当にバラす事があるなら、私もあなたに同じ事をする。あなたの場合は、健常で離婚時有利になるよう喚く能力のある奥さんも、失いたくない会社の役職もあるから大変じゃない?」


「麻由子こそ脅迫してるって、俺を」


笑う大輔に、麻由子は返事をせず背を向けた。


「これで終わりにはしないからな」


「さっきの言葉が聞こえなかったの?私には背負うものがあるようで、無いの。地元にも帰れず再就職先を必死に探す羽目になりたくないなら、ここで終わらせる方がいいと思うけど」


大輔はそれ以上は追わなかった。麻由子はホームに降りる階段の前でもう一度大輔の方を向き


「散々脅されたけど、感謝もしてる。私を誉めてくれてありがとう」


と大輔に伝えた。


「好きだよ、ずっと。考え直して」


ただ大輔の言葉には、返事はせず微笑だけして階段を降りた。


また欲求が溜まれば平気な顔をして連絡して来るかも知れない、けれど今度こそ応じる事は無い。何度か寝たが麻由子はどうしても大輔に好意は抱けず、今後もそれは変わらず大輔の気持ちにも応えられないから。人を脅す割に自分の地位は守りたがる大輔は、麻由子を本当に怒らせて会社に密告されたりを根底では僅かに恐れている。なのでDMや電話でちょっかいは掛けても、本気の脅迫はしないだろう。


麻由子はそう思う反面やはり感謝もしていた。全く誉めない祐志、たいして誉めない和弘と違い彼は麻由子をとにかくよく誉めはした。そしてただやりたいが為の嘘でも、それが嬉しかったのも事実。


大輔と会った数日後。


ドラマ昼顔の中で二人の子を持つ利佳子が、午後三時が一番不倫がしやすいと語るシーンがある。不倫をしている主婦もしていない主婦もこぞって次週の展開を見守る人気作品だったが、あの言葉に違和感を覚えた同じ年頃の子持ちは多かったのでは無いだろうか。子供の居ない紗和や、子供が中学以上などある程度大きいなら分かる。が、利佳子の子のように小学生を持つ母親ならば午後三時は次々子供達が帰宅し、持ち帰った体操服を洗濯する間におやつを出し明日の用意のサポートをし、塾のある日は車で送る。ある意味三時がどの時間帯より忙しいのでは?と麻由子はいつも感じていた。


仕事が休みの日は娘を学校に、夫を通所施設やB型事業所に送り出しすぐに家事に手を付ければ、午前11時頃にはソファーに座る時間も出来る。


「午前11時の恋人達、の方がしっくり来るのに」


家事を終えた麻由子は、片手にクッキー三枚、もう片方の手に冷たい焙じ茶のペットボトルを持ちながらそう言ってソファーに座った。座ると同時に鳴るLINE、見ると良介から。


「今日の夜空いてたら会って、お願い!」


一人切ったらまた一人、麻由子を“アテにする”男。うんざりしながら


「もう会わないって言ったはず」


と返すが、良介は引かない。


「分かった、これでもう言わないから!」


「そう返されるのが一番困るわ。絶対に今日行かないとならなくなるじゃん」


「そう思うなら、会ってよ」


良介は派手なので目立つ、対する麻由子も良介と似たようなテイストの服なので並んで歩いても違和感はそこまで無いが、25の男の隣を自分が歩けば逆にファッションが似ているせいで余計に母親にしか思われない。並んで歩いたり食事するのも憚られるので、麻由子は良介に夕食に誘われてもあまり行きたくなかった。遠回しに断ると


「メシ行かないならホテル直行って事ね」


良介からはストレートな要望が届く。


「付き合ってる男が羨ましいな、フェラ上手いし中も絞まるし、それに優しいからぞっこんなんじゃない?」


一戦終えて煙草を吸う良介が麻由子に言うが、麻由子は相変わらず有り余る元気を良介から遠慮無しにぶつけられ、すぐにはベッドから立ち上がる事が出来なかった。仰向けになりながらぼんやりと天井のシャンデリアを見つめていたが


「ぞっこんなんかじゃないよ」


とだけ返す。煙草を消した良介はベッドに戻ると麻由子の隣に寝そべり、麻由子の乳首を吸った。


「麻由子さんのが惚れてるの?」


「…そうかもね」


「奪ってやろうかな、そいつから」


「自信があるのね、確かに良介君なら容姿の良さ、若さ、セックスのテクニック全てあるから私くらいの歳の女ならイチコロにさせられるよ。ただでさえ下り坂の年増がこんなイケメンな若い男に言い寄られたら、瞬殺でしょ」


良介は麻由子の言葉に口の端を上げて笑うと、足を開かせ中指を麻由子の中に押し入れた。


「そう言ってる麻由子さん自身は、俺に全く靡いてないけどな。だから付き合ってる男はよっぽど良い男なんだろうな」


中指が麻由子のGスポットを的確に刺激し、麻由子は我慢出来ずに潮吹きした。


「罪だな、そんなに好いた男が居ながら俺にも抱かれて。そいつのどこが好きなの?」


麻由子は質問されたが答えられず、やがて我慢出来なくなった良介に乗られ、激しく抱かれながら喘ぐ。


「俺のが良いって言ってよ」


果てた後、しおらしい声で良介が言った。麻由子は笑いながら半身を起こすと


「良介君も、もちろんかなり上手だよ」


と答え、シャワーに行こうと立ち上がった。その麻由子の腕を良介が取り、自分の胸に麻由子を引っ張る。


「も、って何だよ…ていうか上手い下手じゃなく、俺を良いって思ってくれないの?」


「良介君は自分でも知ってるはずだよ?自分がモテるって。わざわざ歳いってる私を選ぶ必要が無いでしょ」


「歳とか関係無くない?好きになっちゃったら仕方なくない?」


麻由子を後ろから抱く手に力が入る。大輔を振り切ったのに今度は良介、どちらも遊びで寝た相手なのに気付けば執着されている。麻由子はこの期に及んでもなお、自分が無意識に相手を翻弄するとは、分かりながらも実感はしておらず同じ事を繰り返した。


「踏み込まないって約束だったでしょ、若いとはいえ大人なんだからそこは分別付けてよ。私は良介君が他に抱く相手が見つからない時のキープ。それも今日で終りね」


「終わり?」


「LINEはブロックする」


「嫌だ」


良介の力は、そろそろ息苦しさを感じる程の強さになっている。麻由子は怖くなりながらも


「私を珍しい玩具(オモチャ)みたいに思ってるんだよ、若い子には無い物珍しさで一時欲しいと感じてるだけ。我に返れば隣に置く女はこんな老いたのじゃなく、自分に釣り合う若いのが良いって思えるから」


そこまで言うと麻由子は


「だからこの手を離して」


と語気を強めた。

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