第38話

「昨日はどうも」


麻由子が社内の敷地にある自販機の前で何を飲むか迷っていると、後ろからそう声がした。振り向くと良介が立っていて今日はいつものように帽子、ポロシャツの下に今ではタトゥー隠しと分かる長袖シャツ、スラックスといういつもの出で立ちをしている。


「俺も出発前に一本買おうと思って」


「何買うか決まってます?」


「いつも俺、ここで買うのクラフトBOSSのブラックなんです」


麻由子は良介が買う物が明確だった事と自分が歳上だからという事もあり、良介の希望の飲み物を押して購入した。


「はい」


ごく自然に手渡す。


「ああ、待って、俺ペイ払いするつもりだったから小銭用意してなかった」


麻由子は慌てる良介の手を軽く押さえた。


「いいの、うちの会社の品を納品してくれてお世話になってるんだし。とか偉そうに言える立場でも無いけどね、パート勤務だから」


「だめです、払います」


「大丈夫、それより皆今はスマホで支払いする人ばかりね。私はせいぜいSuicaとかnanacoのチャージ払いくらいで、まだ全然現金主流」


麻由子は話しながら、自分の分の緑茶も購入した。


「一応、万一停電とかスマホ失くした時の為に5000円一枚くらいは持つようにしてるんです、けど…こういう時とっさに細かい金出せないのも困り者ですね。なんかすいません、有難う御座います」


「いいえ」


麻由子は軽く手を上げて去ろうとしたが、良介が引き留める。


「これのお礼させて下さい、昼飯とか、なんなら今日の夕食とか」


「食事一回?奢ったのクラフトBOSS一本よ?そんな気遣い要らないから」


「美味しいパスタ出す店知ってるんで、行きません?はい、LINEID」


「…じゃあ、いつか」


麻由子は途端に歯切れが悪くなった。LINEを教えるとなると、また面倒な事になり兼ねない。今までこんなに異性から連絡先を聞かれる事など無かったのに、重なる時は大輔といい良介といいやたら重なる。だが目の前でQRコードを出したスマホを翳されており断るわけにもいかず、麻由子はLINEIDを交換した。その後の昼休み中に早速良介から


「今日何時に上がります?」


とLINEが入る。何とも早い、とも思うし、何の気なしに歳上の親切心からコーヒーなんて奢らなければ良かったとも思う。食事に行く面倒が増えてしまった。ただコーヒーのお礼と言うなら、パスタなら恐縮する値段でも無いし早いうちに行って済ませてしまいたい。そうも思った麻由子は大体の終業時刻を伝えた。


「え、25歳なの?」


ちぎったフォカッチャを齧りながら、麻由子が言う。対面に座る良介は


「老けてますよね、いつも仕事関係だと30過ぎてるって思われる」


と苦笑した。


「私服だと見た目二十代だよ、仕事中は落ち着いてるから少し上に思われるんじゃない?」


「麻由子さんは、歳上ダメですか?」


「ダメって何(笑)」


麻由子はごく自然に聞いてくる良介に、かなり遊び慣れていると感じた。今日連れられた店も女がいかにも好む店で、自分で見つけるとか男友達から教えられた店では無いはず。服装はいわゆるチャラいという印象だが、顔立ちも整っているしモテるのだろう。麻由子はこれ以上面倒な関係は増やすつもりは無いので


「ダメでは無いけど、私みたいなおばさん誘うより同じ年頃の女性誘う方がよほど良いでしょ。そんな若い人に出させるの悪いから、ここも私が払うよ」


と牽制してみた。


「俺から誘ったんだから、ここは俺に出させてよ」


「若い人に誘って貰えただけで、有り難いと思わなきゃ。だから支払いは気にしないで」


「じゃあさ、ここ素直に奢って貰ったら次行く場所は俺が払うね」


「次?二軒目飲みにでも行く予定なの?」


「麻由子さんさ、自分みたいなおばさんに~とか言うけど、綺麗だし優しいからモテるよね?自販機でペットボトル渡された時、金払おうとする俺の手軽く抑えて制したじゃん?ちょっとドキッとした。ああいうのに男は弱いから」


「そんな事してたっけ、無意識だった」


「ごく自然にやれちゃう麻由子さんは、モテるんだろうなって。俺は二軒目は酒置いてる店でも良いし、以外の場所でも良いですよ。麻由子さんが付き合ってくれるなら」


麻由子は以外の場所、という所にはあえて突っ込まずノンアルコールワインを一口飲んだ。


「今日は帰るよ」


「えー、残念」


「関さんのがモテるよね?なんでわざわざ年増誘うの?」


麻由子が単刀直入に聞くと、良介が小さく笑った。


「良介でいいですよ、付き合う女性はそれなりに居ました。今は半年前に別れて誰も居ないけど。あと麻由子さん、歳上の魅力凄いっすよ?何だろう…失礼だったらごめんなさい、なんかね、翻弄されたくなる」


「何それ(笑)」


笑いはしたが、イッチーも似たような事を言っていたっけ、と麻由子は思い出した。


(お前は毒だ、男にとって)


いや、あの時は翻弄されたいなど生易しい言葉じゃなくもっと辛辣だったか。


「色っぽいんですよ」


「誉められたのかな、ありがと」


食事を終え店を出て良介の車に乗る。車が趣味と一見して分かるくらい綺麗に掃除されウーファーの効いた洋楽が流れる車内は、いかにも良介らしさが表れていた。だが麻由子は帰る、と言ったが良介はなかなか発進しない。


「送って貰えるよね」


「俺じゃダメ?」


「何が」


麻由子は言った後、目を逸らし


「私はこう見えて貞淑なの、旦那に」


と、貞淑とは程遠い自分を偽った。良介は電子タバコを取り出すと深く吸った。


「もしかしたら貞淑なんじゃなく…飢えてないから、じゃない?付き合ってるヤツ居るから、男はもう要らないとか。麻由子さんはそう見える」


「だったとしても、どちらにせよもう帰して。わざわざ既婚者誘わなくても良介君は女性に困らないでしょ、他にいくらでも居る独身の女性誘いなよ」


麻由子も煙草を取り出し咥えた。


「独身女性はいくらでも居るけど、俺が誘いたいのは麻由子さんだよ」


「面倒は御免よ、あと私は16歳も上なの」


「歳は関係ない。それに付き合って、とは言わないよ。でも良くない?お互いしたくなったらするだけのドライな関係で」


「食い下がるね(笑)」


すぐ諦めるかと思えど、意外にしつこい。麻由子は困りながら苦笑し、煙草の煙を吐き出した。


「付き合ってるヤツ、居るだろうな。色気は旦那じゃなくその男が麻由子さんから引き出してるって事か。ちょっとそいつが羨ましい。でも引き裂くとか野暮な真似しないから、お願い」


引かない良介に、麻由子は頭を抱えながら


「一度きりにして」


と言ってしまう。


「すっ…げぇ」


麻由子を後ろから突き上げながら、良介が荒い息で言う。すでに一回果てた後だが、帰るつもりでシャワーに立とうとした麻由子を離さず、良介は二度目はバックから責めた。どの男も麻由子の中を誉めるが、良介もまたそう。


「こんなの初めて…本当凄い、キツいし」


和弘も大輔も歳の割に性欲が強めで、体力もあるし絶倫でもある。が、25歳の良介はその二人も比にならないくらい体力があり、麻由子をその有り余る性欲と体力のままに突いた。入る深さも突く力もあまりに強いので、麻由子はバックスタイルだと子宮が少し痛むくらいだった。そろそろ勘弁して欲しいと思う頃、体勢を変えられいわゆる松葉崩しの体位にされる。


先ほどまでは痛かったが、松葉崩しの体位になったら麻由子は途端に感じ始め、思わず「あ…そこ…」と声が出た。普段当たらない場所を抉られるようにピストンされるから堪らない。麻由子は松葉崩しで責められるのは初めてで、その気持ち良さに翻弄された。


「めっちゃ良い反応するなぁ」


良介は笑いながら言うと、麻由子を突きながらキスして舌を入れて来た。すでに会う男が二人居るのに別の男にも抱かれている自分。麻由子は呆れはするが、自分を軽蔑などはしない。必要とされたから応えただけの事。自分の体も自分の人生も、自分の責任において自由にする、という意識は和弘に初めて抱かれた時から変わらない。そして比べると、大輔はやっぱり一番上手く、和弘は気持ちが伴うからしていて一番幸せを感じ、良介はとにかく歳が若いだけあって有り余る元気を全てぶつけて来るようにやり方が力強い。


そして自分は松葉崩しの体位にかなり快感を感じるのだと、今日初めて知った。が、知った所で他の二人にはねだれない。どこの男にされて良かったと感じたのか、と責められかねないから。

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