第36話
「あー嬉しい、ありがと」
「そう言うあたしも、疲れ取れない。全然。歳だ歳」
「はるちゃんまだ44歳じゃん、私と変わらないじゃん」
「この年頃の3歳の差はでかいよ」
貰った飴を口に入れながらパソコン作業しつつ小声で話すうち、昼休みになる。今日は春香も麻由子も弁当を持参しているのでデスクでそのまま昼食となった。その前にトイレに行きがてらLINEをチェックすると、和弘からのLINEが入っていた。
「いつも落胆させてばかりでごめんなさい、昨日はLINEしたくて仕方なかったけど、まゆから返信が無かったらと思うと怖くて出来なかった。それでも我慢出来ないからします。まゆが大好きなんです、いつも勝手だけど、まゆに側に居て欲しい。お願いします」
ため息をつき、返信する。
「私には、いつも奥さんの方が大好きに感じるよ?そんなに好きなら奥さんのお尻だけ追いかけていたらいいのに。私も私を一番に思ってくれる人と付き合いたいから」
「違う、まゆが一番だよ」
「あと、昨日私からメッセージしなかったのは息子さんの誕生日だったからだよ。お祝いに水差さないように控えてたの」
「そこまで気遣ってくれてたのか、女房は子供の誕生日すら関心なくて昨日はあっちは普通に仕事、俺の実家の両親と息子で誕生日の外食したんだ。それくらい自分の子に関心ないの、まゆのがよっぽど覚えててくれて配慮してくれたり、普段娘さんに対する向き合い方見てても愛情深いと思う」
読んだところで感激もしないが、目で追っていると追加のメッセージが入る。
「まゆは優しいよ、だから大好きなんだ。捨てないで欲しい」
麻由子はどうしたものか、と思いながらあまり遅くなると昼食を食いっぱぐれるので一旦スマホをポケットに仕舞った。仕事中は早々に昼食を終え、春香といそいそと今やすっかりエリアも狭められたベランダに設置された喫煙所、とは名ばかりの灰皿が置かれた一角に行くのが常となっている。だが今日はその一服の時間もLINEの通知音が鳴り、落ち着いて吸えもしない。スマホの待ち受け画面のままプルダウンして開けずに確認すると、和弘から「今、通話出来ないかな」とあった。麻由子は無視してまたスマホを仕舞うと、煙草に火を点けた。
「推しが脱退してから、希望が無いわ」
春香が熱を上げていた音楽ユニットのメンバーが脱退を発表して以来、春香は特に元気が無い。麻由子は灰を落としながら
「2次元はいいよ、その点。脱退も無いし不祥事も無いからさ」
と言ってみた。
「私昔から追うのアイドルとかばっかり、でも本当に2次元ならそういうの無いよね」
「今の子はVチューバー?みたいなのも流行りなんじゃない?人でもあるけどキャラでもある、みたいなの。私が若い頃は無かったから、私が推し作るのは恋愛ゲームとかアニメのキャラクターとかばかりだったけど」
「ああいう恋愛ゲームってどう?ハマる?」
「ハマるよ。しかも自分しか好きにならないし老けないしDVとかも無いし、こっちがパジャマだろうがノーメイクだろうがゲーム機とかスマホでアプリ起動させたらいつでも気にせず会えるからね(笑)」
「最強じゃん、お勧めある?」
話しながら、麻由子は本当に恋愛を楽しむなら生きた人間相手なんかよりゲームの中の方がよほど楽で面白い、と実感した。生きた人間相手の恋愛は泣かされるしこちらの自由にならない事ばかりだし、面倒だ。もう全部振り切って、子供が出来る前にハマッてプレイしていた恋愛ゲームに戻ろうかとも思う。春香が一緒にやるなら、その良い機会かも知れない。麻由子がそんな事を考えながら昼休みを終え、午後の仕事も終え帰り着いた頃LINEの通知音が再び鳴った。
「頼むよ、話させて」
和弘からだった、思えば今日はやりとりしている最中にこちらからラリーをやめてしまい、その後に来ていた『通話したい』旨のLINEも無視したままだった。単に春香が一緒だったからそうしただけだったが、和弘には麻由子が許していないと取れていただろう。もう事実面倒にもなっていたが、麻由子から通話を掛けてみる。
「あの、ごめん。ちょっと仕事が立て込んで連絡出来なかった」
「本当?俺が嫌でスルーしてたわけじゃないの?」
「えっと、うん」
それもある、とも言えず歯切れの悪い返答をすると、和弘は更に小声になった。
「まゆ、これからも側にいて下さい。まゆが好きで仕方ないんだ。まゆをいつも怒らせたり呆れさせてばかりの俺が頼めた義理じゃないんだけど…本当に失いたくないの」
自覚はあるんだ、と思い麻由子はついフフと笑ってしまった。それを和弘にも聞かれてしまう。
「笑われても仕方ないと思ってる」
「違う、ごめん。馬鹿にしたわけじゃない、かずは可愛いなって思ったんだよ」
「可愛い?」
「可愛いよ、それと悪くもないのに謝らせてごめんなさい」
「悪いよ、まゆを傷つけてる」
「それは…」
あなたが他者の気持ちを汲み取れず、思ったままを口にしてしまうADHD傾向だから。私はそれを承知で付き合おうって決めたのに、やっぱり無神経な言い方をされたらイライラしてしまう。それが一番悪い部分なんだよ。と言えたらいいが、言えば和弘の事も否定してしまう事になるから言えない。麻由子はやはり
「傷なんかつけられてないから大丈夫」
と言う他無かった。レイプ紛いな抱き方をして力で支配しようとする大蜘蛛の大輔と、尻尾を下げて項垂れながら許しを乞う犬の和弘。ただどちらも言えるのは、麻由子を欲しがっておりまだ手離す気が無さそうだという事。麻由子は和弘に会う前は死ぬまでにもう一度だけセックスしてから死にたい、と思っていた。だが今は必要としてくれるなら側に居よう、という気持ちで二人の男の間を行き来している。二十代とは比べるまでもなく老けた自分などを必要だ、と言ってくれるなら戻ろう。大輔にも和弘にも、最後はいつもそう思う。
「ねえ無理!やっぱり私はレベルまだ足りてないって!」
Switchを操作しながら泣きそうな声で言う麻由子とは対照的に、和弘は能天気に笑う。
「俺が一人で倒すから大丈夫だよ、まゆは鉱石でも集めてて。その間に倒しておくから」
「私が受けたクエストなのに私が参加しないなんて悪いよ、でも」
麻由子は画面の中のタマミツネが自分の方に向かって突進して来るのを見て、絶望した。
「ごめん瀕死、回復薬もあと一個」
「大丈夫、任せてなよー」
車内でそれぞれのSwitchでプレイ中、和弘は泣きべその麻由子に代わり自分が太刀を振るい上位クエストのタマミツネを倒した。
ホテルに行く時間はおろか食事に行く時間も無いがどうしても顔を見て話したい、という和弘の申し出を受けた麻由子は、出掛けにSwitchをバッグに入れて家を出た。改めて謝罪する和弘が気まずさを引きずらないよう、少しの時間しか無いなら久しぶりにモンスターハンターの協力プレイで一狩りだけしようと誘ったのだった。深い仲になる前も、今も、和弘が宿直の夜はオンラインで協力プレイをずっと続けている。
「やっぱり強いね、かず」
「だろ?モンハンは昔から好きでやってるからね。でもまゆも強くなったよ」
「誉められた」
麻由子が嬉しがると、和弘は目を細め
「可愛いな」
と言いキスをして来た。4歳も上の四十路の女が可愛いはずが無いが、そう言ってくれる彼をもっと大切にしないと…舌を絡められながら麻由子は改めて感じた。和弘の容姿なら他にもっと若く美人な女だって付き合えるはず。それをわざわざ私を選んでくれているだけでも、感謝しないとならない。思いながら麻由子がキスに応じていると、和弘が唇を離した。
「…これ以上チューしてたら、抑えが効かなくなる。今日はホテル行く時間無いし」
「じゃあさ、シート倒して。ここで口でしてあげる」
「それじゃ俺しか気持ち良くないじゃん、じゃあ俺も指でさせて」
素直にシートを倒す和弘に、麻由子は笑って
「だめ、されたらこっちのシートが潮吹いてびしゃびしゃになっちゃう」
と言うと、もう鉄のように硬くなった和弘のペニスを咥えた。
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