第35話

イッチーからのDMも和弘からのLINEも夜から朝にかけ無視していたら、イッチーからはしつこく入るが和弘からは来なくなった。和弘とも別れか、まさかこんなくだらないやりとりで簡単に終わるとは。麻由子はそう思ったが、自分からLINEはせずにおいた。どうせ女房が大事なら、さっさと女房の元へ帰れ。元から蔑ろにされる事が辛かったから浮気に走ったのだから、戻っても大切にはされない。かといって他を求めても、自分以上に尽くし全てを許す女など捕まらないはず。まして一年365日いつセックスしても生で中に出せる女など、そうは居ない。この先誰にも行けずに苦しめばいい。


麻由子は呪いのような思考を和弘に向けた。


「何だよ、もう…会えなくて狂いそうになる寸前になる頃会って、いつも俺の事翻弄するんだから」


大輔は車内で泣きそうな声で麻由子を掻き抱いた。和弘がどうでも良くなると、麻由子は大輔に応える。結局一番愚かしいのは、無神経な和弘でも自分を配下に置きたがる大輔でも図々しいイッチーでもなく、必要とされたくて大輔に応えてしまう自分自身だと麻由子も気付いている。大輔は和弘がくれないものを麻由子にくれて、それに安心を覚える部分もあるのだ。


容姿をストレートに誉め、自分が必要だと毎回熱烈にアピールもして来る。そして和弘と違い大輔は女房の話はマイナス面の話題しか出さない。セックスレス、愛情は無い、どうでもいい。それしか言わないのは不倫をする上でのただの常套手段でしかないとしても、正解なのだ。どこの世界に『奥さんも好きですけど浮気もしたいんです』とアピールする馬鹿が居る。そう思う度、悲しいが自分の本命はいつもそうだと麻由子は呆れた笑いが漏れる。


「もう、まゆ無しじゃ居られないんだよ」


そう呟きながらホテルまで待てず車内でシートを倒し自分の首筋に舌を這わせる最中の大輔に対し、麻由子はふと思い付き少し拒んでみた。


「でもやっぱりもう、こういう事は…やめない?」


そう言ったらどんな反応をするだろうか、麻由子はほんの出来事でした事だったが、大輔には思いの外の効力だったらしく


「あぁ?やめるかよ、お前は俺のモノだ」


目の色を変えそう言うと、大輔は麻由子の服を強引に捲り上げ乱暴に乳房を掴んだ。


「俺を狂わせやがって、絶対に離さないからな。なんなら今日は中に出して孕ませてやる。そしたら諦めて俺のものになるだろ」


自分のズボンのベルトを外すと、麻由子のスカートを捲り下着をずらした状態で大輔は強引に挿入した。片手は麻由子の口を押さえ塞ぎながら。


「大声出すなよ」


麻由子は何もかも同意で大輔の車の助手席に乗っているし、起爆剤になった言葉もそれだけで大輔が自分を諦めるとは思っていない。なので拒む事は無いが、大輔は騒がれると思ったのか麻由子を叫ばせないよう押さえ付けて行為に及んだ。見回り中の警官に懐中電灯で車内を照らされたら、完全に婦女暴行で大輔が捕まるような場面。その中だが麻由子はその実全く怖がっていなかった。大輔をそうさせるよう焚き付けたのも自分だったから。


自分をどれ程欲しがるのだろう、そう思い煽ったのは自分なのだから当然騒がない。だが目の表情に少しだけ怯えを浮かべてみる。大輔はいつものように同意の上ではなく、今日は明らかに自分が麻由子を“犯している”上に、抵抗はしないが怯えはする、という麻由子を見ながら更に興奮した。麻由子は麻由子で、前戯なしにいきなり挿入され初めは痛みを覚えたが、やがてその痛みすら自分が犯されている、無理やり支配されている、という実感となり麻由子自身も興奮した。すぐに膣が濡れ大輔の挿入がスムーズになる。


「嫌がってた割には感じてるんじゃないのか?なあ、濡れてるよな」


大輔が麻由子の口を塞いでいた手を外し、耳元で言う。麻由子も小さく喘ぐと上目遣いで


「だって…気持ち、良くなっちゃって…」


と答えた。大輔を更に狂わせるのに、その一言が決定打となる。麻由子は喫煙習慣がある為ピルの服用は血栓症のリスクが上がる為、少し前から子宮内に挿入する避妊薬ミレーナの使用に切り替えていた。こちらの方が飲み忘れもなくいずれも避妊は万全だったが、眉を寄せ


「お願い、中には出さないで」


とも懇願してみた。大輔は麻由子を強く押さえ付けると


「やば、すっげえ感じる…このまま出すからな、俺の子妊娠しろよ、孕め」


と言いピストンし麻由子の中に射精した。


大輔を愛せたら、きっと一番上手く行くんだろう。女房も自由にやっていて世間体の為に離婚しないだけ、子供も居ないから自由も多く、麻由子に何より夢中になってくれている。なのに麻由子は、やっぱり好意があるのは和弘だった。そして少し前まで男っ気など皆無のくたびれた中年女だった自分が、悪女のように男を翻弄している事が可笑しくも思えた。大輔は事が終わり昂りが落ち着くと、麻由子の中から漏れ出た精液を拭き取り、麻由子の衣服を直した。


「俺本気だよ、妊娠したらまゆと再婚したい」


付き合うなら…とは思ってはみたが、こちらの事情も何もかもすっ飛ばして妊娠させようとするなど、イッチーよりやっている事は勝手極まりない。こんな男とも、やはり一緒にはなりたくない。妊娠が無いと分かっているから余裕だが、これがミレーナの装着がなかったら今頃血相を変え、夜のうちにアフターピルのオンライン処方を申し込んでいた所だ。


「子供なんてそう簡単に出来ないよ」


麻由子は大輔が煙草を取り出したので、自分もバッグから煙草を出した。窓を少し開け、指で挟んだ煙草に火を点ける。


「まゆは出来たら簡単に堕ろしたり出来ない性格だよな、妊娠したら殺せない、必ず産むはず。だから孕んでいて欲しい。さっさと女房と別れるからさ」


煙草を持つのと反対の手で、大輔が麻由子の頬を撫でた。妊娠はしないし再婚はしない、あなたは私が男に必要とされている実感をくれるだけでいいの。それも私が必要な時だけ。あなたも勝手に私を脅したり罵倒して好きにしているんだから、私もあなたを利用する。


麻由子はそう思いながら頬を撫でられても大輔の方も見ず、そっぽを向き煙草を燻らせた。


帰宅しシャワーを浴びながら、自分はやはりMなのだとも感じた。大輔に強く求められ、押さえ付けられながら犯された時は恐怖より快楽が上回ったから。尤も気心が多少知れた大輔が相手だからで、これが見ず知らずだったり自分の意に染まぬ相手ならば抵抗しているが。事実イッチーにされた時は嘔吐する程の拒否反応が出ている。


その大輔とも、彼が転勤するまでの仲。和弘とも大輔とも切れて今度こそ一人になろう。和弘を忘れるにはかなり時間が掛かるだろうけど、それも仕方ない。あの無神経が無かったら、生涯一緒に居たい相手なのに。寝る前にLINEを見ると、和弘からはメッセージは来ていない。あちらも別れようという事なのだろう。


「ああ」


そう言えばこの日は和弘の息子の誕生日とか言っていた。ならばお祝いをしていたのだろう。いずれにせよLINEは無かったので麻由子からも何も送らずに寝た。


「ふぁ…」


麻由子は祐志が倒れて障害者になってからは仕事を午前のみや午後のみ、またはフルで入っても週三回という具合に介護をしながら調整が利きやすいパート勤務に切り替えていた。


それでもまだ小さかった子供の育児も家の事も一人で完璧にこなし重度障害の旦那の世話もする暮らしは容易でなく、子供が中学に上がった今でも疲労はそう軽減はしていない。その上男まで出来て、麻由子は今日は朝からつい欠伸が止まらなかった。すると会社の同じ雑用事務の仕事をしている、隣のデスクの同僚川村春香(はるか)から


「なんかお疲れ気味?」


と声を掛けられ黒飴をひとつ差し出された。

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