第32話

「今も付き合ってるの!?どんな人?たまにはどこか遊びに行ったりする?」


恋愛の話題を好むのは、何も若い歳の娘達ばかりではない。四十を過ぎても老齢になっても同じ事。まして人に言えぬ道ならぬ恋をしているなら、同じ経験を経た人間とは気持ちを共有したくなるもの。恵美の矢継ぎ早な質問に、麻由子は苦笑しつつも答えた。


「月に一回か二回会うくらい。あっちが出掛けるのが好きだからたまにはイルミネーション見に行ったりお花見行ったりしてる。優しいといえば優しいんだけど…」


麻由子は以前の和弘の無神経な発言を思い出し、胸にチクリと痛みが走った。


「たまに無神経な物言いする人、あちらに悪気が無いから余計にタチ悪いかも。旦那みたいに悪意を持って罵声浴びせるとかは無いからまだマシだけど」


麻由子は「どんな無神経発言されたの?」と聞かれたら、説明の為にまた自分の中で胸の奥に閉じ込めたものを掘り返さないとならなくなる為辛かった。が、恵美はそちらよりも


「晋ちゃんなんか発言に悪意めちゃくちゃあるもんなぁ、それにデート出来るの羨ましい。若い頃付き合ってた時は花火大会とか映画行ったりしてたけど、ここ二年私達はどこも行ってないの。行きたいって行っても、土日は晋ちゃんも家庭があるから使えないし平日は帰り遅いし」


と、デートの有無や行く場所の方に興味を持ってくれたので説明せずに済んで安堵した。


「私の落ち度を許さず責め続ける所とか、それに嫌気がさして連絡やめると『新しい男が出来たんだね』とか皮肉る所とかも、付いていけなくて。麻由子の彼氏はそういう事言わないでしょ?」


落ち度を許さず責める所は、和弘ではなく大輔に似ている。だが同時進行しているもう一人に似ている、とも言えないのでオブラートに包んだ。


「そういう言い方する人は、過去に居たよ。あと私は全く焼きもち焼かれない。それはそれで寂しいよ?気が合う友達って感覚で付き合ってくれてて色んな場所も誘ってくれるんだろうけど、嫉妬や焼きもちの無さは異性としてはあんまり好かれてないからかな、とはいつも過る」


「晋ちゃんはやり方がネチネチしてるんだよ、素直に伝えてくれたら私も嬉しいけど、晋ちゃんは自分が思うように私が動いたり発言して当たり前、って意識だから」


「晋ちゃんは、常に構って欲しいんだと思う。好きだからそうなんだろうし気持ちは良く分かるんだ。でも仕事の合間にも自分を構え、と言うのとか、発言以外の行動したら嘘つき呼ばわりは、恵美を縛り過ぎてて恵美が可哀想だよ」


「どうしてまゆみたく理解してくれないんだろう、まゆは私の立場に立って考えてくれてるじゃん?晋ちゃんは全くそれが無い…」


旦那の居る身で不貞をしながら、独身時代の恋愛と同じような質を求めるなど間違っているのかも知れない。けどそれでも、恋愛は一人では成り立たず相手があり、相手を分かりたいのに理解しきれない、分かって欲しいのに分かって貰えないジレンマが生じるのは不倫も通常の恋愛も同じ事。麻由子も恵美という同じ思いを経た同性に初めて愚痴が言えて、胸が少し晴れる思いがした。


和弘にも大輔にもイッチーにも振り回されず、気を使わない長い付き合いの女友達とシーシャを燻らせ話す時間も麻由子には良いリフレッシュになった。二時間でシーシャは中身が尽きる。追加をするか店員に聞かれたが今回はキリが良いので追加はせず二時間楽しんだ所で帰る事に。


静かな夜道を歩きながら、恵美が空を見上げた。


「恋愛感情が伴うと、面倒だよね…でも、好きな人が居る暮らしは最高に幸せでもあるんだよね」


恵美の言葉に、麻由子は実感を込めて頷いた。


「本当そう、好きになってしまったら悩みも増える。でも幸せでもある。ただ、やっぱり私は家庭を捨ててまで走る気にはならないから、いつか別れが来るのは仕方ないとは思ってるよ。それがどんなに辛くても、女として落ち目の年齢に差し掛かった自分も誰かに選ばれ必要とされたんだ。って自信は持てた。その思い出と自信は恋愛が終わって老齢になっても悪いものじゃなく、良いものとして残るはず」


駐車場の砂利を踏みながら、自分に言い聞かせるように麻由子は言葉を紡いだ。


「私は、やらずに後悔したくなかったんだ。あの時踏み込んでおけば良かったって、七十過ぎて痛烈に思ったって時計の針はもう戻せない。倫理に触れる行為でも、最低な旦那に遠慮してまで貞操を守りぬく気になんかならなかった。あんな男の為に自分を棺に入る年齢まで押し殺せなかったよ」


麻由子はそこまで言うと、大きく息を吐いた。


「どちらにしろ不倫は痛手を負う事が避けられないものなら、踏み込まなかった後悔をするより、踏み込んで負う痛手に後悔する方を選んだ」


「麻由子めっちゃかっこいい」


「かっこよくないよ(笑)むしろかっこ悪いよ。私は相手に焼きもち焼くし、あんな事言わなければ良かった、とかもしょっちゅう思うし」


「でも、好きな人とセックスしてると気持ちも肌も若く保ててる気しない?」


「そうかもね(笑)」


話しながら帰路に着き、恵美とはまた近いうちに会おうと約束した。


翌日、いつもの時間に入る和弘からのおはようのメッセージに「昨日は友達と夜BARに行って遊んでた」と返す。すると和弘からは「男じゃないよね?」とも「BARで夜遊び?」とも入らず


「いいね、楽しかった?俺は帰ったら寝るまでモンハンやってた!」


と来る。焼きもちの“や”の字も無い文面に思わず麻由子は笑ってしまった。


「かずは私を疑ったり、焼きもち焼いたり全くしないね」


聞きたくなり思わず問うと、和弘からは


「他にまゆを狙うヤツが居たとしても、俺がそいつに負けるわけ無いでしょ」


と返った。普通ならこの発言はなかなか出来るものでは無いが、和弘はいとも簡単に出す。この無尽蔵に沸く自信にはとても勝てない、と麻由子はますます苦笑した。


その少し後、恵美から


「まゆがネイルとブレスレットしててくれて良かった、昨日まゆと遊んだって晋ちゃんにLINEしたら『男とじゃないの?』と来たから、二人でインスタ載せる用に撮ったシーシャ持った手元の写真を送って『相手はまゆだってば!』って返せたよ。女の手って分かったから、信じたみたい」


というメッセージが来た。麻由子が和弘とのやりとりをスクリーンショットして送信し「こっちはこう。自分に凄い自信あるみたい(笑)」と添えると、恵美からは「対照的!」と返った。


男も


焼きもちも焼かなければ発言も無神経、でも気性は無邪気で穏やかな者


相手を操り自分の配下に置こうとする者


自分のジェンダーを逆に利用し女を言いなりにさせたがる者


構って欲しい気持ちが高じて、相手を困らせる者


千差万別だとつくづく麻由子は感じた。


そして半月も会わないと、その自分に自信があり麻由子を一番振り回し翻弄する、和弘に会いたくて堪らなくなる。和弘の声、体温、自分を抱く時の逞しい腕、全てが恋しくて仕方がなくなった。


朝は自分と娘の朝食と夫裕志のブランチを同時に作りながら、娘の朝の支度のサポートもする。昼から夕方までは仕事し、帰ったらすぐに洗濯して部屋干しと掃除機がけ、夕食の支度をする最中娘が帰宅し、6時半には夕食。終われば食器を洗い夫の投薬管理と入浴介助、自分の入浴を済ませたら、湯上がりにスマホをいじりながら疲れてソファーで居眠りしてしまう。


こんな毎日が続く中、月一回和弘との約束の日だけは仕事が終わったらすぐ帰宅し家族の夕食を作ったら、シャワーを浴び化粧を直し、気に入りの香水を振り他の家事も入浴介助も明日に回し自分を優先した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る