第31話

「初めて吸うなら、うちのオリジナルブレンドのダブルアップルがお勧めですよ。フレーバーだけじゃなくスパイスもブレンドしていて、軽いけど複雑な香りと味が楽しめます」


店長の説明を受け、二人は店長の勧めるフレーバーを注文した。ほどなくして白い煙が溜まったボトルの上に長い筒が伸び、最上部にアルミホイルの皿が乗り中に熾火が入ったシーシャが運ばれて来る。


「強めに吸ってみて下さい、弱いと味があまり感じられないから」


店長が言い残し下がった後、麻由子から吸う。普通の煙草よりかなり軽く、ゆっくり大きく吸って吐き出すと吐いた煙まで良い香りがした。麻由子は強い甘さのフレーバーの付いた煙草が苦手だが、シーシャの甘さがほとんど無く香りはしっかり感じられる所は好みに合った。恵美も気に入ったようで、二人は暗い店内でドリンクと音楽とシーシャを楽しんだ。俗に言うチルタイムという一時を過ごした後、恵美からぽつりぽつりと晋司(しんじ)との再会後の話をし始める。


晋司は恵美や麻由子より二歳年下で、共通の友人の弟だった。昔は麻由子も晋司と仲が良く、互いに好みでは無いので男女の仲になる事は無かったが同じバイト先に数年勤めたり、バイトが終われば遊びに行ったりもしていた。晋司は大輔とも和弘ともタイプが違い、麻由子らが若い頃の言い方だとチーマー系と呼ばれるような類いの男だった。ツイストパーマにいかついファッションで複数で歩いていると、道を開けられるか逆に絡まれるかする。そんな晋司と恵美は学生時代付き合っていたが三年で別れ疎遠になり、時を経て二年前に再会したという。


「でも再会後の二年は、ほとんど仕事が終わって車の中で会うしかしてないの。あっちが仕事が終わるの遅くて、会うのが10時過ぎとかだから。それもね、向こうから会おうって言うから待っていたら、あっちが帰宅したらすぐソファーで寝ちゃってすっぽかしたりも多いの。今まで何度もあった」


シーシャを一旦吸うと恵美が続ける。


「セックスも車の中、あっちが乗ってるのが大きい車だから狭くは無いんだけど、ホテルに行くのは三ヶ月一度。で、終わったらまた車内で寝ちゃうから私は毎回マッサージしてあげて、服も私が着させてあげるの」


「仕事終わるのが遅いから会うのは車内なのは仕方ないとして、すっぽかしはどうなの」


麻由子が言うと、恵美が身を乗り出した。


「酷いよね、それでもあっちが年下だし甘え上手だから、つい私も許しちゃうんだけど。ただ最近さ、ちょっと付き合う事にうんざりもしてるの」


シーシャは吸っている最中も熾火の管理やメンテが居るらしく、後から出勤して来た店員らしき若い男が麻由子らの卓のシーシャの様子を見に来た。火の具合を見た後、取り外せる専用の吸い口を差し替え試しに吸う。と、自分らが吸っていたより倍の量の煙が吐かれ麻由子は思わず「凄い、これが正しい吸い方なんだ」と口に出した。


「慣れると上手く吸えるようになりますよ、だからお姉さんら常連になって下さいね」


店員は軽い乗りで言うと下がって行った。オーバーサイズのトレーナーにクロムハーツのネックレス、スパイラルパーマを充てている見た目はかつての晋司に似ている。


「で、晋ちゃんにうんざりって?」


「ああそう、LINEのやりとりを普通にした翌日『俺が何に頭に来てるか分かる?』っていきなり来たの。でも私には覚えが全く無いから『分からない』と答えたら、『LINE遡って見直せ』とだけ来てね。どうしても分からないから『分からないから教えて、気に障ったのなら謝るから』と言ってみたんだけど『分からない程度の気持ちしか、俺には無いんだな』としか返らないの。まゆもLINE見てくれない?」


恵美がLINE画面を見せてスクロールするのを、麻由子も目で追った。


晋司「なんでこんな時間になっても既読付かないの?」


恵美「仕事でトラブルあって部署全員で対処してたの。まだ会社の駐車場」


晋司「そうだったんだ」


恵美「LINEなかなか見られなくてごめんね」


以降は返信は無く、翌日は「俺が何に頭に来てるか分かる?」という晋司の問いから会話が始まっている。


「…推測でしか無いけど、晋ちゃんは会社でトラブルがあったらその時に『会社でトラブルがありました、帰りが遅くなります』と言わなかったからキレたとか?もちろん私は思わないよ?そんな事仕事してたら割りとあるし、ましてトラブル対処で残業中なら、LINEに早々に連絡なんて家族にすら出来ない事もある。後の報告になって当たり前だし、それを受ける側も怒らないよ」


「あー!それかぁ!多分そう、それしか考えられないよね。それにほんとにまゆの言う通り、残業入る前にLINEなんか出来なかった」


「普通なら怒るより、私が恵美の彼なら『大変だったな、お疲れ様』って返す」


「そうだよね…晋ちゃんの考えのがおかしいよね。それとさ、この前は『嘘つき!』って怒られたの。私が男と夜遊びしてるんじゃないのか、って晋ちゃんから言われた時『夜は一人でコンビニ行くかスーパー銭湯行くくらいしかしてないよ。それも子供が大きくなった最近』て答えたの。でもその日の夜は晋ちゃんの最近の言動…夜遊び疑う発言も含めてモヤモヤして、夜風に当たるついでに散歩しようと思って、夜に家の近く一人で歩いてたの。そしたらよりによって仕事終わりの晋ちゃんの車が通り過ぎて、見られてて」


「え、でも恵美は誰かと一緒じゃなく一人でしょ?」


「そうだよ、一人。で、帰ったらLINEに『嘘つき!コンビニか銭湯以外にも出掛けてるじゃないか!信用無くなった!』って入った」


「一人で散歩した原因だってそもそも晋じゃない。さっきも言ったように、私なら彼女が夜道を一人歩いてたら『危ないから送るよ、乗りな』が先に出るよ」


恵美はパインソーダを飲むと、ため息をついた。


「だよね、最近こんな事ばかりだからもう会ったりLINEが少し苦痛で」


「でも、二年付き合った情があるからそう簡単には切れないよね。だから余計に悩む」


「そう、本当にまゆの言う通り…なんだけど、あのさ、まゆももしかして彼氏いる?」


「え、あ、なんで?」


「別れたい、でも簡単には切れない。それは情が沸いてるからって行りになんか実感こもってたから」


「…」


麻由子は無言のままシーシャを吸った。


「さっき、結婚後に好きになった人居るって言ってたけど、片思いじゃなく付き合った相手だよね?」


恵美の追及に誤魔化せなくなった恵美は


「…うん」


とだけ答えた。恵美は目を見開き、同士を得たとばかりに嬉しそうに言う。


「まゆ、やるじゃん!まさかまゆが不倫しちゃうとは思わなかったけど!」


「な、内緒にしてね?」


「当たり前じゃん、私も同罪なんだから誰かに話すはずないよ」


恵美と麻由子は、これで互いの額に銃口を突き付け合うような形になった。恵美も家庭を壊す気が無い以上、発砲(暴露)されたら困るから自分も麻由子に向けて発砲はしない。ある意味逆に安心して互いの不倫交際を言い合える仲となった。


が、相手は?と聞かれた時はさすがに和弘と大輔両方同時進行です。とまでは言えない。それに大輔は同級生でもあるのでやはり繋がってるとは言わない方が良いだろうと思うと「相手はマチアプ登録して仲良くなった人」という言い方をした。

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