第11話

仕事の異動前と異動後で、和弘のセックスの仕方が変わったと麻由子は感じていた。ある夜は


「やばい、今噛みつきそうになっちゃった」


全裸にするのも待てずブラジャーをずり下ろした状態で麻由子の乳房を貪っていた和弘が、そう言って笑った事があった。麻由子は受け身で好いた男性がしたい事なら受け入れてあげたいタチであり、軽く噛まれるくらいなら嫌ではない。なので微笑みながら


「噛んでもいいよ、好きな人にされるなら嬉しい」


と言ってみると、和弘は据わった目で麻由子を見ると果実にかぶり付くように歯を立て麻由子の乳房を口に含んだ。その瞬間はまるで、麻由子には和弘が映画などで見る女性の首に吸血する時のヴァンパイアのようにも映った。その直後肌に鋭い痛みが走る。加減はしているようだが明らかに歯を立てて乳房を噛んでおり、噛むだけでなく激しく吸い付きもする為に行為後の麻由子のデコルテから下はキスマークだらけになった。「ごめん、止められなかった。旦那の入浴介助の時はキャミソール着てるって聞いてたから、つい」そう和弘から謝られたが、麻由子は「そう、裸にはならないし痛みも無いから大丈夫だよ」と答えた。


「なんとか加減はしたんだ。でもどうしても麻由子の柔らかい肌に唇を付けてたら、軽く噛んだり激しく吸ったりしたくてたまらなくなって…もうしないよ」


「いいよ、これからもしたい時はして。キスマークはかずが私を抱いた証だから、肌に残るのは全然嫌じゃない。さすがに首筋は困るけど(笑)」


「俺はまゆに救われてるよ。仕事で溜まるストレスがやばくて、限界感じるとまゆに会いたくて仕方なくなる。仕事中もまゆの笑顔とか抱き締めてくれる手とか、思い出してる。で、実際に会ったらもう…ホテルまで行く時間すら我慢出来ずにその場で押さえ付けて、犯したくてたまらなくなる」


「私、少しMなんだと思う。犯したいってかずに言われても嫌な気にならないどころか、私をそこまで欲しがってくれて嬉しいって感じるから」


「まゆはそうやって、最悪な事考えたりやったりする俺を全部受け入れてくれるじゃない?口でしたら最後必ず飲んでくれたり、俺がうたた寝したら起こさないのもそう。その優しさに俺は今、生かされてる。まゆに会ってなかったらとっくに精神やられて入院してるよ」


そう話す和弘の声は、明らかに疲れていた。そんな和弘に麻由子がしてやれる事は少ない、自分が女房なら家事を全て請け負いバランスの取れた食事を出し、寝る前にはマッサージしたりして甲斐甲斐しく世話をするなど造作もないのに。してやれない代わりに麻由子は会っている数時間はどこまでも和弘のしたい事を許し、受け入れた。自分が彼にしてやれる事はそれくらいしか無いから。結果それが和弘を癒せていたのなら本望だった。


「早く職場変わって欲しいな」


麻由子が呟くと、和弘はベッドサイドに置いていた会っている数時間さえメールやLINE通知音が鳴り止まない仕事用携帯に手を伸ばすと、一瞥してまた置いた。


「俺も早くオサラバしたい、でも辞めずに頑張ってくれてる後輩を残して異動するのは気掛かりで仕方なくてね」


したいようにセックスをさせ、した後は愚痴を聞く。その時も麻由子はアドバイスなどは一切しない。仕事の事なら和弘は障害者福祉のプロであり、素人の自分の口出し等必要ない。必要なのはただ聞き、労うだけ。そしてそれが結果として和弘のメンタルを救えていると分かり、麻由子も満足だった。


やがて年末年始は互いに家庭があるのと異動後の職場に和弘が慣れる必要がある為会わずに置き、会えたのは異動後二ヶ月経過した頃だった。異動後は和弘は仕事終わりに運転が苦手で会いに行くという事が難しい麻由子に会う場合、自分が車を40分以上飛ばさないとならなくなる。麻由子は「ごめんなさい、私も運転怖がらないでそっちに行くよ」と言ってみたが、和弘は「俺運転好きだし、気にしないで」と言い自分から会いに来る事を望んだ。そして今日も仕事終わりに車を飛ばし、麻由子に会いに来てくれていた。


「ただ残業が多くなりそうだから、会う頻度がもしかしたら一回しか持てない月もあるかも」


「そんなの全然いいよ、会えない時もLINEで話してくれてるから寂しくないし。LINEでは新しい職場はストレスがかなり減ったって書いてたから、少し安心してる」


「ストレスの種類が変わった、って感じかな。今まで抱えてたものがあまりに酷かったから、今くらいの大変さなら大変とも感じないよ」


「かずはあまり休もうとしない人だからそこは心配、前よりマシと言っても、無理はし過ぎないで。私に会う回数を一回減らして、その一回を好きな釣りに行く時間にしたり漫画喫茶とかで過ごしてストレス軽減して」


麻由子が言うと、仰向けにベッドに寝転んでいた和弘が起き上がり麻由子に覆い被さった。


「異動して残業増えたから会いにくくなったのに、その上更にまゆに会う日を減らすなんて絶対嫌だ。俺はこの癒しの女神様が居るから生きて行けてるのに」


「女神様なんて言って貰えて光栄…あ…」


言い終える前に、和弘は勃起したペニスを麻由子に挿入した。和弘のペニスは太さがかなりあり、麻由子は今でも時々挿入される瞬間は痛みを覚える事がある。だが今は先ほど一回終え二回目という事もあり、痛みは無かった。


「…?」


「動いて欲しい?」


「うん、いっぱい突いて欲しい」


「やだ」


「えー?!」


和弘は笑いながら言うと、挿入したままじっと動かず、片手を伸ばすと麻由子のクリトリスを指で刺激した。入っているのに動かして貰えず、クリトリスを刺激された麻由子はやがて切ない声を上げる。


「もう無理…」


麻由子が泣きそうな声を出すと、和弘は


「まだダメ」


と返し、身を捩らせて耐える麻由子を眺めた。意地悪をされた麻由子は自分も意地悪をし返そうと思い付くと、自分から腰を動かしてみた。下になった女性が動いても男性リードの時のような前後に激しく動くピストン運動のようにはならない。が、腰が流動的な動きになりその波打つような振動が和弘のペニスに伝わる。


「うわ、これはこれで気持ちいいな。俺がイカされそう」


「我慢しなきゃだめだよ」


「仕返しされた(笑)」


和弘は麻由子の体を押さえ付けると、一気に麻由子を壊れるくらいの勢いでピストンで攻めた。麻由子はたまらなくなりシーツを掴み喘ぎながら絶頂した。


異動後の和弘は気持ちに余裕が出来たからか、噛みつくような事はしなくなった。それでも時折「俺が征服した証だよ」と言いながら麻由子の胸に吸い付きキスマークは付けた。


有名な不倫を題材にした作品、昼顔の主人公が言った台詞が過る。


『もう一生男の人に愛される事はないと思っていました。ずっとこんな風に好きな人に求められたかった。ごめんなさい神様

、許してくれなんて言いません。今だけ彼を私にください』


私なら、あのシーンで何を思うだろう。麻由子は目を瞑り考えてみた。


『貴女のものに恋してしまったんです。貴女のものは貴女に不満があったから、他に癒しを求めて私が貴女のみでは得られなかった癒しを彼に与えました。奪いません、傷付けたくもないです、だから貴女は夫を蔑ろにしていた部分が私達をこうさせたと思い、どうか


気付かないで下さい。


そして時々、貸して下さい。


主は貴女です、権利も貴女にあります、私は彼を、ただ一ヶ月に一度程度借りたいのです。出来たら死ぬまで』


神様ではなく女房という名の彼の主に、麻由子はそう訴えるだろうと思った。

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