第9話
もう終わりかけの時間だからか、麻由子らの他に見物客は見当たらない。二人きりで柔らかに闇を照らす幻想的な光の中を歩く。
「あの町の相談員として、俺がまゆに関われるのはさっき貰った書類が最後。仕事場はこれから遠くなる、だから離れる前に会っておきたかったんだ」
「色々お世話になりました、ありがとうね」
「こちらこそ、まゆの担当になれて本当に良かったよ」
「私もそう思ってる」
麻由子はそう言うと、涙が出る前の鼻の奥がツンとなる感覚に襲われた。
「…ん、泣いてる?」
和弘に顔を覗き込まれ、慌てて顔を背ける。
「ちょっと寂しいなって」
「LINEも電話番号もこのままだし、モンハンでも繋がってるよ」
二人は話しながら突き当たりまで歩き、Uターンして駐車場に戻った。
「あのさ」
和弘が麻由子の腕を掴んだ。
「さっきはああ言ったけど俺も寂しいんだ、だから」
腕を掴む手と逆の手が、麻由子を抱く。互いに立った状態のハグは、身長差で麻由子の顔は和弘の胸にすっぽり埋まった。
「付き合って下さい」
「え?」
「だめ、無理、もう我慢しておけない。ずっと好きだったんだ。まゆの担当になって三回目くらいの時、まゆが車椅子の旦那連れて窓口来て、旦那に優しく接してるの見ながら少し嫉妬したんだ。それからどんどん好きになって止められなかった」
麻由子は心地好く暖かい和弘の胸に頬を当てながら、和弘の言葉を聞いた。
「まゆの家庭に迷惑は掛けない、ただ時々でいいから会って欲しい。体の関係も嫌なら無くていいよ、たまに夜こうやって人目があまり無い場所で会ったり、車で話すだけでいいから」
「…嫌だよ。体も繋がりたい」
麻由子も限界だった。
「私は互いの家庭を壊してまで、誰かと再婚する気は一生無い。でもこの地獄みたいな上に見返りの無い暮らしを、一緒に戦って行ける戦友は欲しい。だから利害が一致したなら…」
麻由子は顔を上げた。
「これからも、よろしくね」
「交際OK?」
「うん」
和弘は麻由子が頷くと、麻由子にキスをした。あの日車内で抱き合った時に互いに欲していた唇が、イルミネーションの中で重なる。和弘の舌が麻由子の中に差し入れられた時、後頭部が痺れるような感覚に襲われ思わず「ん…」と小さく声を漏らした。
唇を離すとほぼ同時に点灯が終わり灯りが落とされ、二人は車内に戻った。
「寒かったろ、今暖房付けるから」
「ううん、かずにハグされてたからあったかかったよ」
「暖房効いた部屋で、裸でハグしたらもっとあったかいよ」
「そうだね」
「…あの、ダメだよ。そこは俺を怒らないと。まだ早い!って」
「そっか」
「じゃないと、本当に抱いてしまうから」
駐車場から、看板がライトで照らされたラブホテルの建物が見える。一旦黙り、二人ともそのホテルの看板を見つめた。
「ずっと我慢してたからね、冗談でも了解されたら制御が効かなくなる。前に車内で抱き合った時、本当にまゆを押し倒してしまいたくて我慢するのが辛かったんだ。今日もそう、でもまゆの体が目的と思われたくないんだよ。そうじゃない」
「わかってる、かずは体の関係は嫌なら無くていいって、先に言ってくれてたから」
麻由子はふぅ、と息を吐くと言葉を続けた。
「わかってる上で、あなたに抱いて欲しい。娘を生んでから12年、誰にも触れられて来なかった私を」
麻由子の言葉に少し驚いたような顔を見せると、和弘は
「まゆ、こっち向いて」
そう促し軽く麻由子にキスをし、ギアをドライブに入れた。
「だめ、シャワー浴びさせて」
「いいよ、このままでいい」
家を出る前に入浴は済ませているが、するなら改めてシャワーは浴びたい。麻由子はそう思い懇願したが興奮した和弘に却下されベッドに押し倒され服を脱がされた。逆に麻由子も和弘のシャツを脱がしてやり、裸になった二人は灯りを落としたホテルの部屋で激しく抱き合った。和弘の舌が首筋、乳房、恥丘を這い、やがて両膝を持って足を開かされ和弘が顔を埋める。
男性の舌が自分の体を這う感覚など、とうに忘れていた。温かい舌で敏感な場所を刺激される度、麻由子は腰をよじり声を上げた。祐志に触れられた時は叫びだしそうな程の嫌悪感に全身が覆われたのに、和弘に触れられると口からは甘い喘ぎが漏れ、快感を全身が覆う。
「まゆ、凄い」
中指を挿入した和弘が言う。
「音聞こえる?凄い濡れてる」
「言わないで、恥ずかしい…」
「中、熱くて狭い。こんな良い体12年も、他の男に触らせなかったの?」
「そうだよ、旦那ともだし、他の誰とも」
「今後も俺しか許しちゃダメ」
和弘は麻由子の中を掻き回しながら嬉しそうに言った。麻由子が軽く絶頂すると、和弘が麻由子に覆い被さる。
「我慢出来ない、入れていい?」
「あ、ゴム…」
「大丈夫、ちゃんと付けるよ」
「違う、要らないの」
「要らない?ピル飲んでるの?」
「そう、生理痛治療で」
和弘は麻由子の告白に正直な反応をした。
「マジか、付けずに入れていいなんて最高過ぎる。ていうかそれ聞いたらもう本当に我慢出来ない」
和弘は麻由子に再び覆い被さると、先端を麻由子の入り口に宛がった。
「ゆっくり、最初は先だけ入れて慣らすから」
焦がれた和弘のペニスを迎え入れる、その時が来て麻由子も更に高揚した。が、高揚し夢見心地で待っていた麻由子の体の中心を縦真っ二つに割ったような痛みが貫く。
「ぅ…」
色っぽさとは程遠い呻き声が思わず漏れた。
「まだ先端が入っただけだけど、痛い?そりゃ12年振りだもんな」
「久しぶりなのは確かだしそのせいもあるけど、かず…もしかしてかなり大きい?」
「あー、いやそんな事もない、よ」
「大きいよね?あ、でも少し慣れたかも。先が入っちゃえば…」
「ゆっくり半分くらいまで入れていい?」
「うん…」
最初は痛みが走ったが、先端をしばらく入れた後は慣れて半分まではスムーズに入った。和弘は激しく突きたい衝動を抑えながら大事な割れ物を扱うように、丁寧に麻由子の体を扱った。やがて和弘の腰が麻由子の側に沈むと、麻由子を抱き締め耳元で
「根元まで入った」
と囁く。その頃には痛みは無くなり、熱く滾る和弘を受け入れられた歓喜が麻由子を支配した。麻由子も和弘の背に手を回ししがみ付く。
愛している男に身も心も支配され、麻由子は女に生まれて良かったと心の底から思えた。そして普段穏やかで優しい和弘が、雄になり激しく自分を求める様を下から眺め、支配される喜びとピストンで与えられる快楽にうち震えながら深いオーガズムに達した。
麻由子が絶頂した直後、和弘の息が荒くなり小さい声で「いきそう」と言うと和弘は麻由子の中に精を放った。射精後も和弘は麻由子の上にしばらく乗ったまま、二人は重なり合いキスをした。
「やっとまゆが俺のものになった、その上まゆの中を俺の精液で満たせて本当に幸せ」
横向きに寝る麻由子の体を後ろから抱きながら、和弘が満足そうに言った。それは麻由子も同じで、麻由子も後ろから回された和弘の腕を撫でると
「私も、今凄い幸せ」
と和弘に伝えた。一度は上がっていた雨がまた降りだしたらしく、永久にここでこうして居たい、そう願う二人を現実に戻す雨音が静かな部屋に響いた。雨脚が強まる前に帰らなくては、頭に過った麻由子が気だるさを覚えながら半身を起こすと、和弘が腕を引っ張り再び自分の胸に麻由子を戻した。
「もう帰らなきゃ」
「あと少しだけ」
些細な我が儘を言い麻由子を離さない和弘はやっぱり可愛く、そして時に荒々しい大型犬のように麻由子の目に映った。妻が在る身なのは百も承知、だが願わくばこれ以上誰も他の女は求めないで欲しい。彼は私一人が愛玩していたい。彼が辛い時も楽しい時もセックスを求める時も、いつも私が傍に居たい。居させて欲しい。
麻由子はそう強く願った。
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