第5話

「さっそく、俺今日宿直でいつもみたいにチビの寝かし付け無く仕事場でゆっくり過ごせるんで、夜オンラインで一狩り行きませんか?」


事業所見学から二日後、麻由子のLINEに和弘からメッセージが来た。麻由子は仕事としての関わりは無くなってしまうが、代わりにこうしてLINEを教え合い個人的な繋がりが持てている事が素直に嬉しかった。


もう自分を偽れなかった、麻由子は和弘を異性として意識していた。好き、とまでは行かないかも知れない。けれど和弘に普段の頑張りを誉められる事、LINE交換を望まれた事、社交辞令ではなく本当にメッセージをくれた事、それらを嬉しく思うという事は少なからず和弘を良く思っている証拠だ。ただ麻由子は自分を良く分かってもいる。和弘はおそらくまだ三十路丁度くらいの歳で自分は四十路。歳だけでなく、麻由子はいくら身を多少飾ろうが元来男性からちやほやされるような容姿ではない事も自分で痛感していた。それでも昔はただ若いというだけで男性からのお誘いはあったが、結婚し子育てする中で色気など更に無くなり、この十年男性から声など掛けられた事も無い。


和弘はただ単に介護者としての自分を福祉事業に携わる者の目から見て誉めてくれているだけ、LINE交換は相談役としての善意から、来たメッセージはただのゲームの誘い。


全て勘違いせずにおかなくては。麻由子はそう自分に言い聞かせた。オンラインプレイの誘いを了解し、その日の夜。ゲームの中でも文字を使ったチャットが出来るので遊ぶ傍ら麻由子から「お疲れ様」と送信した。するとあちらからは「ありがとう」でも「麻由子さんもお疲れ様」でもなく


「ゲームん中だけど、会えて嬉しい」


と返る。会えて嬉しいとはどういう意味なのだろうとさすがに思うが、とりあえず「一緒のゲームで遊べて、私も嬉しいです」と返す。


「その髪型可愛い」


「たまに現実でもポニーテールするから、ゲームの中でも飽きると変えてる」


「へえ、ポニーテールしてる現実の方も見てみたいな。俺も似てない?アバター」


「似てる」


「ゲームの中で本名呼ぶと他の人にも公開されちゃうから、呼び方はユーザーネームの『まゆ』でいい?俺も『かず』でいいよ」


「了解」


ひとしきり会話しクエストをこなす。その後はゲーム機の中ではなくLINEに和弘からのメッセージが入った。


「一緒にクエストやったり防具や武器見せて貰って楽しかった」


「私も。かずの武器凄い強いね」


「でしょ、素材集めるの苦労した!まゆはいつもこの時間空いてる?俺は宿直の夜は風呂とか飯済ませて今くらいの時間がモンハンやりやすい。合わせて貰えるなら、また次の宿直ん時も一緒にやらない?」


「OK、私もこの時間だと遊びやすい」


ゲーム内でのチャットの延長で、LINEでの会話でもいつの間にか敬語が無くなり呼び名も江藤さんから麻由子さんになり、今日はまゆになっている。相談員と利用者家族という立場は変わらないが、ゲームを介して少し距離が縮んだ気がして嬉しい。不倫をする勇気も見た目の自信も無いし体は今後も誰からも抱かれないままだが、この歳でゲーム仲間が出来た。それだけで退屈な日常が変わり張り合いになる。


その翌日は、ゲームに関係なく朝和弘から


「おはよう、今日はこれから他県に日帰り研修行ってきます」


とLINEが来た。素直に「いってらっしゃい、私は仕事お休み」と返す。そして夜には「結構疲れた、まゆは一日家に居た?」ともメッセージが入った。その日を境に和弘からのメッセージは朝夕決まった時間、恐らくあちらの出社前と退社時に来るようになった。嬉しい反面、勘違いさせないで欲しいと麻由子の心境は複雑になった。親しく話すメッセージを毎日あちらから貰えば、ただでさえ異性として気になる和弘の存在は麻由子の中で更に大きくなってしまう。それを押さえる為に和弘はマメで社交的なだけ、そう思う事にした。思うついでに「かずは他の利用者さんやその家族ともこうしてLINE交換して交流してるの?だとしたらマメだね。ここまできめ細かにケアして貰ってみんな嬉しいはず」と言ってみると、和弘からは「個人的にLINE交換したの、まゆが初めて」と返った。


スマホの角を唇に当てたまま、麻由子は固まった。嘘かも知れないが、LINEでやりとりしている利用者家族は自分だけとは和弘はどういう意図で…と思ったが、その答えはすぐに出た。自分が和弘と同じゲームをプレイしているから、でしかない。


「モンハンやってる利用者家族は私だけだったんだね、狩り仲間が出来て私も有り難いし楽しいよ」


「それだけじゃないよ、話してて楽しいからモンハン関係ない時もメッセージしてる。でも迷惑か、旦那さんいる身の女性に気軽にメッセージするの、迷惑なら言ってね、控えるよ」


「迷惑じゃないよ」


「よかった!」


迷惑ではない、でも勘違いしてしまいそうになるのである意味迷惑でもある。麻由子の心境はますます複雑になった。ただ久しく男性とは仕事上や手続き上でしか会話する事が無かったので、気軽に話せる相手が出来た事はやっぱり嬉しかった。


「まゆ!」


仕事を終え家に帰る前にコンビニに寄ろうと思い駐車場に車を停めて出ていくと、そう声を掛けられた。聞き覚えのある和弘の声に振り向くと、彼が少々バツが悪そうに苦笑している。


「ごめん、ゲームん中とかLINEで呼び慣れたからとっさにまゆって声掛けちゃった。本来ならちゃんと敬語で、名前も『江藤さん』て呼ばないとな」


「相談窓口とか他に人居る時は、ね。でもそうじゃない時はもう別にこのままの口調でいいんじゃない?」


「お、お許し出た。まゆは仕事帰り?」


「そう」


「俺は残業前に腹ごしらえする飯買いに来たの。んでまた会社にとんぼ返り。あと明日も宿直、だから明日は一緒にモンハンしよ」


「わかった、これからまた仕事かあ、お疲れ様」


麻由子が言うと、和弘は


「ダルかったけど、まゆに労われたから元気出た!」


と言い車に乗り込み、手を振り走り去った。


自分があと10歳若かったら、完全に自分を良く思っていると自惚れてしまっている所。それに歯止めが掛けられているのは、やはり自分が老いたから。麻由子は自分を卑下したくはないがそう考えつつも、天真爛漫で懐っこい大型犬のような和弘を可愛いと感じながらコンビニに入った。

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