第4話
今までにも相談の中で世間話として、二人は互いの事は子供の年齢だとか住んでいるエリアなどちらほらと話していた。が、手料理が全く出ない家庭とは、料理が嫌いじゃない麻由子からしたら少し驚きだった。和弘は顔は甘くなくシャープな顔立ちでツンツンした黒髪、三十前後だろう年齢の割に体も引き締まり、どちらかというとスポーツマンタイプの精悍な見た目をしている。そんな悪くない見た目で家事も育児もしてくれるのに手料理ひとつ作らず文句ばかりとは。世の中には和弘のような男が旦那でも不満な女房も居るのか、ならうちの旦那はどうなる。
と麻由子はため息を付きながら思いつつ、車のエンジンを掛け家路に着いた。
「せっかくだからご主人、実際に作業少ししてみません?」
中年女性の施設責任者が提案すると、周囲に居た若いスタッフがこぞって祐志の手を取り「やってみて下さい!慣れたら楽しくなりますよ!」などと言いながらあっという間に祐志を椅子に座らせた。祐志は戸惑いながらも、老人だらけの通所施設と違いスタッフのみならず利用者も自分と同じ若い年齢という事もあり、気後れする事なくどちらかというと楽しそうにしている。
カフェで会った二週間後、和弘から日時を提案されこの日は麻由子は祐志を伴いB型事業所『あおぞらワーク』の見学に来ていた。和弘も紹介と立ち合いを兼ねて同行している。祐志がスタッフにシール貼り作業を教えて貰っている間、麻由子は和弘から別室に促され施設概要を書いた書類を受け取り簡単な説明を受けた。説明が終わる頃スタッフの一人が部屋に来て「あともう20分したら今日はおやつタイムにみんなでホットケーキ焼くんですけど、ご主人も良かったらご一緒しませんか?奥様も良ければ是非、それかお忙しい中来て下さってるでしょうから、奥様は少し早くお帰りになられますか?帰りはスタッフがご主人を車でお送りします」と提案してくれた。出来たら羽菜の為にしょっちゅう作るホットケーキをここでまで焼きたくないし、その時間をおやつタイムに付き合うなら早く帰りたい。麻由子は「でしたら、今日は娘が帰りが少し早いので私は帰宅させて頂けたら」と返した。
「じゃあ、麻由子さんは俺が仕事場戻るついでにお送りします」と和弘が言い、行きも和弘の運転だったが帰りは祐志は後から事業所スタッフの運転で、麻由子は一足先に和弘の運転で帰る事になった。
「ご主人、B型事業所でも上手くやれそうですね」
「昔は短気で人に合わせるなんて出来なかったのに、随分変わりました。多分利用させて頂くようになると思います。スタッフさん達も明るくて優しいし、本人もここに通うなら楽しいと思います」
「良かった、紹介した甲斐がありました。それから…」
そう言った和弘の言葉が一瞬途切れた。ウィンカーを出し右折するから黙ったのかと思ったが、その沈黙は麻由子が思うより少し長い。何を言おうとしているのだろうと麻由子が不思議に思った矢先、和弘は
「俺、異動するんです。同じ県内でも一番東端に」
と麻由子に伝えた。今の和弘の仕事場と麻由子の自宅のある場所は、県の最西端。そこから和弘の自宅はまっすぐ東に40分の場所、新しい仕事場は更に20分の場所。横一文字の端から端に異動になるという。異動になるという事は管轄する町も変わり、もう福祉相談で和弘は麻由子に関わらなくなるという事。数ヶ月世話になって最近はより打ち解けたので、相談員と利用者家族という間柄なだけだがもう関わらなくなると思うと少し寂しい。
「寂しくなります、森さんには随分お世話になりましたから」
「異動は年明けなんで、まだ数ヶ月ありますけどね。何となく麻由子さんには早めに伝えておこうと思って」
和弘は麻由子一人の時は窓口でもカフェでも麻由子を『江藤さん』と呼ぶが、祐志を同行している時は祐志も麻由子も下の名前で呼ぶ。それは他の福祉関連で関わる人間も同じだが、先程までそう呼んでいた名残りか、和弘は車内で二人の今も麻由子を下の名前で呼んだ。
「はっきり言ってここのセンターは激務だったんで、異動自体にはホッとしてるんです。でも俺も、麻由子さんとの関わりが無くなると思うと寂しくて。麻由子さん、俺が支援するご家族の中でも割りと大変なケースだし、俺と環境似てるから特に他人事と思えなくて」
「そんな風に思って下さっていたんですね、ありがとう御座います。私も同じ、一人で何もかも抱えてるのは森さんも同じだからお気持ちが少しは理解出来ます」
「LINE交換しませんか?良かったら今後も管轄は離れますけど福祉全般の相談には乗れますから。困ったら何でも言って下さい」
「エリア外になるのに、頼り続けるのはちょっと申し訳ないが気します」
「遠慮は無用です、施設を変わりたい、でもショートステイの利用をしたい、でも、何でも気軽に言って下さい。福祉以外の雑談でも大歓迎です」
「雑談の相手までさせるのはさずかに悪いわ」
「麻由子さん、ゲーム好きですか?」
「ゲーム?はい、昔よりはやる時間減りましたけど、今でもたまにやります」
「カフェで話した時見た麻由子さんが乗り込んだ車のフロントに、モンスターハンターのフィギュア飾ってたから。ご主人や娘さんの趣味で飾ってるのかなと思ったんですけど、もしかしたら麻由子さん本人が好きなのかなって。俺もモンハン好きなんです、だからそんなゲームの話も互いの息抜きに出来たら」
「あのフィギュアは私の趣味で飾ってるの、じゃあ今、森さんもライズやってるんですか?」
「やってますよ、まだ☆5のモンスターしか倒せませんけど」
「私も同じ、☆6に行けてないの」
「じゃあ今度オンラインで協力プレイしません?LINE使って待ち合わせて」
「いいですよ」
停車した車の中で、麻由子と和弘はLINEIDを交換した。
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