5. 人生の半分は探しもの


〇王子がセシールの様子を見ながら、呟いている。

「(実況放送ふうに)クロードが何か話しています。セシールちゃんも話しています。負けるな、セシールちゃん」


「セシールちゃんが話すのをやめて、腕組みして、下を向いて黙っています。でも、クロードは話し続けています。よく喋る男です。セシールちゃん、がんばって」


「またセシールちゃんが何か言い始めました。反撃でしょうか。そうだ、そうだ、その調子」


「セシールちゃんがまた黙ってしまいました。今度は彼の顔を見ています。なんか様子がおかしい。負けちゃったの?」


〇セシールが戻って来る。

「さっ、帰ろう。帰って、紅茶をいれて、デザートを食べようか」

「ダイエット中でしょう」

「今日くらいいいでしょ」


 歩きながら、セシールが上の空で、何か考えごとをしている。

「セシールちゃん、セシールちゃんたら」

「えっ、なに」

「何を考えているの。様子が変だよ。クロードから、またひどいことを言われたの?」

「そうじゃない。この間のこと、ごめんって謝っていた。そして、もう一度、つき合ってほしいって」

「そうなんだ。それで」

「もちろん、ノーよ。もう喧嘩はいや。いらいらして暮らしたくないもの」

「うん、そうだよ」


「でもね、(ちよっと笑って)クロードってら、おもしろいことを言ったのよ」

「なに、おもしろいことって」

「この間は喧嘩をして、ひどいことを言ってしまったけど、あの時は仕事でトラブっていて落ち込んでいたから、心にもないことを言ってしまったって。彼ね、小さなことで、すぐに滅入るんだって。それはわかっているんだけどね」

「どこがおもしろいの?」

「でも、ぼくはいいことだってたくさん言っているんだから、そのことは忘れてほしいって。許すべきだって」

「許すべきって、なに、その態度?えっ、どういうこと?」

「同じ人でも、普通の時と、喧嘩をしている時では違うから、喧嘩した時の自分だけ見て、全人格だと思わないでって」

「なんか、よく、わかんない」

「喧嘩した時には、相手を困らせたい気持ちがわき上がって、思っていないことを言っちゃったんだって」

「クロードって、正直、なのかな、(小声で)馬鹿なのかなぁ」


「だから、わたし、言ったのよね。白い絵具と黒い絵具を混ぜたら、もう白には戻らないって。傷ついた気持ちは戻らないって」

「いいこと言ったね、セシールちゃん。そしたら、」

「そしたら、絵具は乾かせば、その上に白い色が塗れるって」

「おお、そうきたか。言うねぇ」

「わたしは乾くのを待って、白を塗りたくないって。白のままがいいって言ったの。わたしは喧嘩のないおだやかな生活がいいんだって言ったの」

「うん、そうだよ、セシールちゃん」


「そしたらね、ポケットから紙を取り出した。用意してきたらしいの」

「準備してきたんだ」

「人間はパーフェクトではないって」

「よく言うよね」


「そしてね、セシールは何の会話もない生活でいいのかって。たとえば、彼が寿司を食べたいと言って、わたしがピザを食べたいと言って、そんな時、いろいろ話すだろって。ぼくはランチにピザを食べたから夜は寿司がいいんだとか、私が写真を雑誌で見たから、ミラノピザを食べたいんだとか、そういうことでお互いのことがわかって、おもしろいんじゃないかって」

「セシールちゃん、まるみこまれているんじゃない?」

「でもね、ちょっとそうかなと思っちゃった。クロードがなんでもわたしの思うとおりにしてくれて、何の会話のない生活だったらつまんないだろうって」

「それはあるけど。だから、セシールちゃん、しばらく考えていたんだね」


「クロードは、ぼくのよいところを見てっていうの。これからは、言葉にも、もっと気をつけるからって。もう傷ついちゃってるよ、って言ったら、また紙を取り出して」

「テキも、いろいろ考えてきてる。そしたら、」

「愛しているから、そこのところは、砂糖をかけて、大目に見てほしいって」

「へー。愛しているから、大目にか。クロードは、かわいいこと言うね」


「それで、付き合ってほしいって。また紙を見て、こんなことを言ってた」

「紙を見ないとだめなのかい」

「うん。それがね、ぼくの人生の半分以上は探しものをしていたって」

「人生の半分以上は探しもの?」

「そう。鍵はよくなくすし、パスワードは忘れるし、サングラスもしゅっちゅう。仕事にしても、レーサーになりたかったし、ゲーマーになりたかったし、シェフにもなりたかった。シンガーにはなれたけど、これが探していたものかどうかはまだわからない」

「へー」

「でも、愛だけはもう見つかったって」

「愛だけは見つかった?」

「それが、わたしだって」

「うわっ、キザ」

「フレンチだからね」

「でも、パンチはあるね、その言葉」

「うん、あった」


「セシールちゃん、付き合うって言ったの?」

「まさか」

「絶対だめって言ったの?」

「ぜったいじゃなくて、・・・・・・」

「何て言ったの?」

「時間がほしいって、考える時間が」

「あー、やっぱりまるめこまれてたんじゃない?」


「時間はどのくらいって訊くから、一ヵ月って言ったら、長すぎるって。ドイツにツアーに行くから、一週間にしてくれって。だから、わたし、ノーって言ったの」

「うん、そうだよ、セシールちゃん」

「一週間じゃなくて、五日って言ったの」

「それ、負けてるんじゃない?」

「でもね、これは喧嘩じゃなくて、デスカッションだから、勝ち負けはないのよ」


「じゃ、セシールちゃんは五日で、クロードと仲直りするかどうか決めるんだね」

「でもね、一緒には住まないから心配しないて。王子さまといると、わたしは癒されて、やさしい心になれるの。みんなに親切にしようと思うの。だから、王子さまがいい。いつまでも、一緒にいてね」

「うん。ぼくも、セシールちゃんのところに来てから、泣いたことがないよ。毎日が、楽しい。夢みたいだよ。ローズとはそうはいかないのに、どうしてだろうか」

「Amis (アミ)Amants(アモ)っていうフランス語、知っている?」

「知らない」

「友達以上、恋人未満という意味。王子さまとわたしはアミ-アモだから、うまくいくのかもね」

「アミ-アモ・・・・・・」



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