3. 一緒に暮らそ

〇セシールと王子さまは、エッフェル塔の近くに来ている。


「ほら、あれがエッフェル塔よ」

「エッフェルって、なぜそういう名前なんですか?パリ塔ではなくて」

「エッフェルという人が作ったからよ」

「そうかぁ。ぼくの星にはこういう塔はないけど、火山があります。名前はないけどね」

「火山は爆発しないの?」

「うん。火山はね、ちゃんとすす払いしてやれば、ドカーンとはこないんだよ。その火山のことやバオバブの芽のことは、心配はしているんです。でも、(声を落として)ローズに出て行けって言われたから・・・・・・」



「わたしね、王子さまが、星に残してきたバラは自分が育てたから特別なバラだとわかって、急いで星に帰ったってっていう話をパパから聞いたことがあるの。その時、ちょっと違うなと思ったのよ」

「ちょっと違う?」

「パパはすごく感動していたみたいだけど、わたしは違うなって、思ったわ。男子は女心がわからないから。だから、ママがパパと別れたんだって思ったわ。うちの両親は離婚しているのよ」

「セシールちゃん、どこが違うのか、教えてください。ぼくはそこが知りたいんです」


「わたしがバラの花なら、ぼくが大切に育てたからきみは特別って言われても、ちっともうれしくないもの」

「そうなの?どうして?」

「わたしがローズさんだったら、どうしてわたしがほかの百本のバラと同じなの、って思うわ」

「えっ」

「他の人には同じに見えても、好きな人だけには、わたしの違うところがわかってほしいもの。同じような人が百人いても、百万人いても、王子さまにだけは、わたしがわかってほしいもの」

「(ちいさな声で)ああ、そうか」


「ほんと(ため息をついて)、男って、自己中よね。これ、王子さまのことではないから、気にしないでね。自分がずっと目をかけてきたから、きみは大切な存在だなんて、よくそんなことが言えるわ。もうっ、わたしを何だと思っているの」

「セシールちゃん、落ち着いてください。急にどうしたんですか。顔が赤いですよ」


「ごめんなさい。わたし、興奮しちゃった。実はね、わたしもそういう経験したから。そういう人と付き合っていたから」

「このTシャツの人ですか」

「よくわかるわね」

「だって、セシールちゃん、ぼくの胸のところをにらんでいたもの、すごい目で」

「ごめん。そういうつもりじゃなかった」


「その人のことで、さっき会った時に、泣いていたんですか」

「気がついてた?」

「うん」


「彼も、悪い人じゃないのよね。ただね、女心がわからないの。あんぽんたんの浮気男」

「あんぽんたんって」

「うーん、つまり、思いやりがないのよね。全然ないというわけじゃないけど、ずれている。自己中心で、女子の立場になって、考えてることができない」


「セシールちゃんの彼って、どんな人ですか」

「ジャン・クロードというんだけど、ふたつ年上で、子供の頃から知っていて、歌がすごくうまいの。高校の時に、わたしが勧めてタレントショーに出たら、スカウトされちゃって、あっという間に、人気ものになっちゃったわ。アルバムも二枚も出しているのよ」

「すごいじゃないですか。だから、顔のついたTシャツもあるんですね」

「そう。クロードの周りには、いつも女の子がいっぱい。クロードも女子が好きで、でれでれしちゃって、しようがないあんぽんたん」

「セシールちゃん、それジェラシーじゃないですか」

「違うわよ。つまり、わたし達は幼馴染だったというだけで、男女としては、合わなかったということね。相性の問題よね」


「ぼくとローズも相性が悪いんでしょうか。合わないんでしょうか」

「きっとそうね。王子さまとローズも離れていたらお互いが好きなのに、一緒に暮らすとイライラしちゃうタイプなんだと思う」

「そうかぁ。離れていると、愛いたくて仕方ないのに、会うといらいらして喧嘩しちゃうって、それは本当です」

「そういうことよね」


「セシールちゃん、ぼく、どうすればいいと思いますか」

「そんなことわかったら、こんなにじくじく悩んでいないけど。わたしの場合には、クロードのことはすっぱり忘れて、別の道を進むべきだって、それはわかっているの。わかってはいるんだけど、時々は、無性に会いたくなっちゃうんのよね」

「ぼく、わかります。セシールちゃんに話してよかった。会いたい時は、どうしているんですか」


「空の星だと遠すぎて、すぐに会いには行けないから、いいけど」

「よくはないですけど、それで」

「クロードとは同じパリに住んでいるんだから、そこが問題よね。会いたくなったと思ったら、彼のアパートに向かって行っちゃったりするの、この足が、勝手に」

「行って、どうするんですか」

「窓の下から、灯を眺めているだけ」

「ああ。そうなんですか」


「問題はね、人間の世界では、こういうのはストーカーといって、悪いことなの。見つかったら、逮捕されちゃうのよ」

「見ているだけでも」

「そう。よその人にしたら、見ているだけなのか、何かやりだすのか、区別がつかないもの。見られている相手だって、迷惑だろうし。わたし、会いに行きたくてしかたのない時があって、これ異常なのかなと思って、病院に行こうとしたことあるよ」

「行ったんですか?」

「行かない」

「どうして」

「高いのよ、医療費。わたし、バイト暮らしだから、精神科は無理」

「それで、どうしたんですか」

「食べ過ぎて、太ったわ。食べてる時はいいんだけど、でも、太る。太ると、生きるのつらくなっちゃうし」

「どうして」

「太ってパンツがきつくなって、大きなサイズを買いに行ったのよね。でも、鏡に映った自分を見ると、いやになっちゃうの。それで気滅入って、また冷蔵庫をあけちゃうという話。負のスパイラルというやつよ」

「セシールちゃん、太ってないですよ」

「今、がんばって、運動しているところなの。だから、マカロンも我慢しているのよ」

「ああ、それで」

「そういう時にかぎって、おすそ分けをくれる人がいたり、結婚式に呼ばれたりして、食べるチャンスが多いから、我慢するのが、大変。でも、もう太りたくはないしね。運動と食事は大切だって知ってる」


「セシールちゃんはいいことをたくさん教えてくれたから、何か力になりたいです。ぼくに何かできますか」

「わたしね、正直に言っちゃうと、自分の気持ちがわからないの。クロードと、元に戻りたいわけじゃないのよ。たとえばの話、クロードと結婚できたとしても、そこからずっと幸せに暮らせるとは思えない。シンガーなんだから、ファンの女の子はいつもそばに寄ってくるだろうし、毎日、いらいらして暮らしたくはないわ」

「そうなのかぁ」


「王子さまは、これからの計画はある?」

「ないです」

「それじゃ、わたしのところで一緒に暮らさない?そしたら、夜も寂しくないし、わたしの足がクロードのところへ行こうとしたら、止めてくれない?」

「いいですよ、セシールちゃんの足にしがみついて止めます。ぼくは住むところもないし、帰るところもないし、セシールちゃんと一緒に暮らせるなら、すごくうれしいです」

「じゃ、決まり。一緒に、暮らそ。わたしね、王子に、おじさんのスケッチにあるようなかわいい王子服を作ってあげるわ」

「うれしいです。ぼく、パリに来れて、よかったです」


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