2. 冷たいローズ



〇セシールと星の王子はモンマルトルの丘にいる。


「ここが、モンマルトルの丘よ。後ろに見えるのが、サクレ・クール寺院」

「りっぱですねえ。これって、何人くらいの人がいたら建てられるんですか」

「えっ。(小声で)星から来た人は発想が違うわ」


「ここからだと、パリの町がよく見えるでしょ」

とセシールは話題を変える。

「うわー、こんなに家がたくさんあるんですね。すごいなぁ。ぼくの星には、ぼくとローズしか住んでいないから、こういうのを見ると、こんがらがっちゃいます」

「こんがらがるの?」


「だって、あの家ひとつひとつに人が住んでいて、みんな喜んだり、悲しんだりしながら、生きているんだって思うとこんがらがります。この町には、今、いくつの悲しみがあるんだって思うんです」

「そうかぁ。王子は星で悲しいことがあって、おじさんを探していたんじゃない?そういう発想をする時って、そうよ。わたし、わかる」

「(小さな声で)はい。セシールちゃんは何でもよくわかりますね」


「王子さまはローズさんのことを世界一美しいと思っていたのよね。でも、砂漠のそばには、そっくりのバラが百本もあったのだったわね」

「よく知ってますね」

「パパから聞いたことがあるの」

「そうなんです。ぼくはローズみたいなきれいな花は世界に一本だと思っていたから、それが百本もあったんだもの、びっくりしちゃったんです」


「だから、王子はものすごくショックを受けたんだけど、でも、自分の星のバラは特別だと気がついたのよね。だから、帰ることにしたんだったわよね」

「はい。その時、ぼくが水をやったり、風よけの囲いをしたりして大切に育てたバラだから、ローズは特別だって思ったんです。そして、もっとやさしくすればよかったなぁって後悔したんです。だから、急いで、帰ることにしたんです」


「それで、星に帰って、どうしたの?ローズさんは、喜んでくれた?」

「はい。うーん、たぶん。ローズはあんまり心を顔に出さないんだけど、『ぼくが、ただいまって』って言ったら、『もう帰ってきたの。一生帰らないかと思ったわ』って。言葉はそうだったけど、でも、喜んでいる感じが伝わってきたから、ぼくはすごくうれしかったんです」

「それは、よかったじゃない」

「ローズは蜂さんと友達になっていて、全然さみしくなかったって言ってました。でも、花びらに涙が見えたから、ぼくが帰ってきたのを喜んでいるはずだったんです」

「はずだった?」


「ぼくはローズに会えたのがうれしくて、ローズが元気でいてくれたのがうれして、愛を告白したんです。地球で、まるでそっくりの百本のバラを見たけど、きみは違うって。特別だって」

「よく言えたわね」

「うん。ぼく、声がふるえちゃったけど、がんばって言ったんです。そしたら、ローズはわたしのどこが違うのって訊いたんです。だから、このぼくがきみの世話をして、長い時間をかけて育てたんだから、特別なんだって言ったんです」

「そう」

「そうしたら、ローズがいやそうな顔をして、花びらを震わせたんです」

「いやそうな顔?」

「すごくいやそうな顔です。そして、ぷんとあっちを向いてしまったんです。それからは、ずうっとローズのきげんが悪くて、もう何も話してはくれないんです。蜂さんとは楽しそうに話をするけど、ぼくを無視するんです」

「そうだったの?ひどいじゃない」


「(涙声で)ぼくが地球に王子服も全部おいて、みにくくなって帰ってきたから、嫌いになったのって訊いたんです。そしたら、違うって首を振るんです。蜂さんを好きになったの、って訊いたら、それにも違うって。でも、その目がとても冷たくて、ぼく、泣きそうになってしまった」

「そう。つらい話だわね」


「そんな日々が何日も続いたんです。明日はきげんが直るかなと思ったけど、冷たくなるばかりなので、ぼくは食べることも、眠ることもできなくなったんです。それでローズに思い切って訊いたんです。ぼくはこの星にいないほうがいいの。この星から出ていってほしいの、って。そしたら、ローズはうんと頷いたんです。涙を流しながら、『王子の顔なんか、見たくもないから、早く出ていきなさい』って言ったんだよ」


「でも、ローズさんは涙を流していたのよね」

「うん。ぼくはわけがわかんなくて、でも、悲しすぎるから、星を出てきたんです。なんだかよくわからないし、悲しいし、つらすぎて頭の中がふらふらしていたから、道を何回も間違えて、地球に届くのに、時間がかかってしまったんです。ぼくは砂漠で会ったあの親切なパイロットのアントワーヌさんのところに行って、話を聞いてもらいたかったんです。ぼくのどこが悪かったのか、教えてもらえるかもしれないと思って」

「そうなの。アントワーヌおじさんが生きていたら、よかったのにね」


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