二。昼のリリィVSアルバート叔父さん。
「さて、このあたりでいいだろう。アキラくん、リリィ嬢に連絡をしてくれるかね」
「了解。救難信号発信」
僕は腕時計型の携帯端末からSOS信号を出した。
この信号は、自動的にリリィのAIへ直接送られる。
すぐさま、折り返しリリィから通信が来た。
以下、端末の音声通信機能によるやりとり。
『アキラ、大丈夫ですか? いったい何があったんです?』
「いいから早く助けに来てよー。悪い叔父さんに拉致られて悪の結社に引きずり込まれちゃうよー」
僕は感情のこもってない台詞を発して救助を求める。
横で見ている叔父さんが苦い顔で笑ってた。
『すぐに行きます! アキラには指一本、舌一枚たりとて触れさせない! アキラのすべては私のものです!』
僕のすべては僕だけのものだと思いながら、端末の通信を切ってリリィを待つ。
三十秒も待たないうちにリリィがやってきた。
メイド服がノースリーブ、ミニスカートに変わっている。
朝の裸エプロンを思い出して僕はちょっと憂鬱になった。
「私が目を離している間に、好き勝手やってくれたようですね、真空のアルバート!」
空に向かって葉巻の煙を吹くアルバート叔父さんに、リリィが芝居がかった啖呵を切る。
ちなみに「真空のアルバート」というのは、リリィが叔父さんにつけた二つ名だ。
意味はおいおいわかると思うので省略。
「やあリリィくん。もう一度、君に会いたい。そう思って眠れぬ夜を過ごしたよ。願いが叶って何よりだ」
人のいい叔父さんは、こんな無意味な茶番に律儀にも付き合ってくれる。
「それはお気の毒に。でも心配いりませんわ。私がとこしえの眠りをあなたにプレゼントして差し上げます!」
リリィの場合、本気なのか冗談なのかわからないから物騒だ。
僕は巻き添えを食わないよう、離れて二人のバトルを観賞することにした。
よく見ると、ランチバスケットとビニールの敷物、水筒が用意されている。リリィが持って来たんだな。
ちょっと早いけどお昼ご飯にしよう。バスケットの中身はバラエティ豊かなサンドイッチ、飲み物はミルクティーだ。
「叔父さーん、先にお昼にしようか?」
リリィとにらみ合っているアルバート叔父さんに僕は声をかけた。
「む、心惹かれるものはあるが、遠慮しておこう。ブランチを済ませてきたものでね」
そんなところまで英国式なんだな。
「そうですよアキラ、この人の分なんて用意してないんですから、気を遣わなくてもいいんです」
主人の親族に対して、何たる言い草だこのメイドは。
「そういえば叔父さん、メイドもサンドイッチも英国発祥でしたよねー?」
「確かにそうだが、私の目の前にいる口の減らない破廉恥ロボットが、メイドであろうはずはないぞ! 本物のメイドに失礼だ!」
その意見には僕も全面的に同意せざるを得ない。
仕事ぶりだけを見れば、リリィは文句のつけようもないんだけどね。
アルバート叔父さんが僕の家に来ることも、演技とはいえ、僕がさらわれてここに連れてこられるのも、リリィには全部お見通しのはずだ。
なんたってリリィは地球を見張ってる人工衛星のデータとも、リアルタイムでリンクしている。
仮に多摩やベイサイドを含む関東一円で、直下型地震でも起こる予兆があれば、リリィはすぐさまそれを感知して僕を避難させると思う。
もちろん、本職の家事だって毎日ちゃんとこなしてる。
このサンドイッチも美味しそうだし、栄養バランスも良いんだろう。
家事ロボットとしてもボディガードとしてもリリィは完璧。
本気になれば、兵器としても活躍できるに違いないほどのスペックを持っている。
問題なのはそれ以外の言動、エロエロで人を食った人格AIのみなのだ。
そしてその問題が、アルバート叔父さんとリリィが決闘を行う原因でもあったりする。
「おしゃべりはここまでだ。今日という今日は覚悟してもらうぞリリィくん。すぐさま君を不燃ゴミに生まれ変わらせ、東京湾に埋め立ててやろう」
「ふん、返り討ちになる運命も知らずに気楽なことですこと。玉田アルバート三郎ごときに遅れをとるような、バトルメイドロイドではありません!」
「私をフルネームで呼ぶなあっっ!」
おそらくは演技でない怒号とともに、アルバート叔父さんが勢い良く駆け出した。
そして矢のような右ストレートを放った、と思う。
何せ速すぎてよく見えなかった。ビシッ、パチッ、という空気を切り裂く衝撃音がこだまする中、僕は一つ目のサンドイッチを口に入れた。
さて、今日の叔父さんは何分頑張るのかな。ちなみに先週は二十分くらいだった。
二人の勝負は、常人である僕の目で見ても何が何やら、さっぱりわけがわからない有様だ。
かろうじてわかるのは、半透明と言っていいほどの速さで、アルバート叔父さんのパンチやキックがリリィに浴びせられていること。
それをリリィが必要最小限の動きで避けていることくらいだ。
たまに避けきれなくて、リリィの肉体……人工皮革樹脂と言うんだけど、それがパックリと切り裂かれる。
アルバート叔父さんの攻撃は、そのあまりの速さで真空状態、いわゆるカマイタチ現象を生み出すのだ。
真空のアルバート、と呼ばれるゆえんである。リリィが呼んでるだけなんだけど。
それでもリリィは痛覚をシャットダウンできるからあまり意味がない。
リリィはロボットだけど痛みを感じる機能自体は持っている。
「痛いのもイイですよ、だんだん気持ちよくなってきますから……」
とか言ってることがたまにある。
今回のような戦闘局面では、必要のない感覚は遮断してあるだろう。
それより何より、人工皮革はちょっとの傷くらいなら自動的に癒着してふさがってしまう。
皮膚の下を支える骨格は特殊チタン鋼で、カマイタチ程度じゃ傷も入らない。
叔父さんの攻撃が直接当ったら、どうなるかはわからないけど。
一度も当たったことがないからなあ。
今日の対戦でも、アルバート叔父さんにとって涙目な展開がいつも通り続いているようだ。
その間に、どうしてリリィとアルバート叔父さんが、週に一度の決闘を行なうのか、その経緯を話したいと思う。
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