第16話

 分かった。理解出来た。ただそれを認めるのが難しいってだけで、頭ではしっかり自体の把握も出来ていた。


 終わる。何を以て終わるのかこの場合明白としていないけども、関係の終焉と言えば、恐らく一から百までそうなんだろう。ゆりかごから墓場まで、じゃないけどもだ、出会ったその瞬間からカウントされ、幕を閉じるに違いない。


 終わる。……本当にそうか?

 単に叱翅の口車に乗せられているだけで、実はまだ完了に至っていないんじゃないか?


「で、でも私今でもここにいますよ? 成仏だって、してませんし……」


 俺と同じ疑問を、化野もぶつけた。

 と言っても彼女の言葉は叱翅には届かない。伝えるには俺を介する必要があるわけだけども、しかしそれを待たずに叱翅は口を開いた。


「不思議そうな顔をしているな。化かされたような、そんな顔だ。まだそこに化野はいるというのに、しかしすでに解決したかのような口ぶりに、君たちは怪訝な様相を呈している」


 くつくつと、笑う。

 不気味、いやいっそモナリザのような、不気味ささえも美しさとして内包している微笑を携えていたと言っても、差異はないだろう。

 美しくもけれどどこかに必ず裏がある。それが叱翅という人間だ。その評価だけは絶対的に覆らない。


「一言で片づけるのは簡単だ。しかしそれでは君たちは納得しないだろうな」

「……おい、もういいだろ。いい加減に説明してくれ」


 これ以上意味深い言葉を続けられると心臓に悪い。決して苛つくタイプの人間じゃないと断っておくけども、さすがに今回は冗長過ぎるぞ。


「ふむ、そうだな。君にしては実にもっともな意見だ。時間も頃合いだろうし、そろそろ種明かしといこうじゃないか」

「……種明かし?」

「ああ、いや誤解しないでもらおうか。この場合の種明かしは奇術師がよく使うものじゃ無くてな。そういった全てを知った人間の言い方では無くて、単に説明するというだけのものだ。……さて、まずは」


 そう前置いて、叱翅は虚空を眺めた。何か考えている風でもあったし、ただぼんやりと見つめているだけな気もする。……叱翅のことだ、前者以外有り得ないだろうけども。


「それでは君たちに問おう。ずばり幽霊とは何だと思うね?」

「……今更なんだよ?」


 ニコリと。美少女に微笑まれながら質問をされれば、悪い気はしないものの、やはり俺の私心は変わらない。今更過ぎる質問に、溜め息を吐くだけのこと。


「まあ幽霊とはなんだって、改めてそう聞かれると難しい気もするけどな。まあ敢えて答えるとするなら、特別な人間だけがなれて、特別な人間にしか視えない存在ってところじゃないか?」


 適当にそう答え、化野の方へと顔を向ける。彼女も今まさに言わんとしているところだった。


「私自身が幽霊なんで分からないんですけど……、幽霊は寂しい存在なんだと、そう思います」


 寂しい存在。それそのものである彼女がそう言った胸の内を、俺は知る由もないけど、心臓に楔でも打ち込まれたかのように、俺の胸を痛みが襲う。

 同情なんかじゃない。俺にそんな資格は無いからな。これは単なる妄想で、偽善者ぶれるフィクションだ。

 他人事に、他ならない。


「幽霊は、寂しい存在。これが化野の返答だ。……それで、これがなんなんだ? ただの事実確認でしかないように思うけどさ」

「言う通り、単なる確認だよ。このやり取りに、それ以上の意味は成さないだろうさ」

「ならなんで……」

「簡単、明快、よくある話だ」


 俺と化野の疑念に応える様子も見せず、彼女はただ淡々と語る。変化はなく、そしてただ真実を述べるだけ。

 それが殊の外、際立って緊張させられる要因ともなる。


「実際それ以上、君たちから話を聞く必要は無いんだよ。意味がないからな」

「そりゃそうだろ。だって俺たちの話を聞いても、解決も何も……」

「違うな。そういう意味じゃない。ここでの無意味というのは、話が進まないとか更なる展開の進展が望めないからとか、そういったものじゃなくてな。本当に、意味がまるで無いんだよ。それに、解決ならもうしてる」

「解決って、だっておまえ、因果を断ち切ったって……」

「そうだな、確かに私はそう言った」


 尚も滔々と告げる彼女に、さすがに頭が痛くなってくる。

 なんだ、つまり何が言いたいんだ?

 まさかついに頭のネジが吹き飛んじまったとかか?

 思えばいつもこいつはこんな感じだから、ネジが弛もうが締まろうが関係無いこともないような気がするけど。

 ただこの状況、俺に何が出来るかと、自問したところで、解決策は思い浮かばない。ただ時間だけが浪費している感覚だ。

 ……こいつは、何かを待っているのか?


「それによる解決を図る以前に、終わってたんだ、この物語は。空絵 桜真。分かるか? 単純な話をしてやろう。もし今までの会話が、全くのデタラメだと言ったなら、君はどうする?」

「は……?」

「幽霊なんて存在しない。破魔刀は確かにここにあるが、これは因果の切断などという大それた能力を有していない。そもそもそんな怪現象自体が起こり得ない。それこれは全て性質の悪い妄想のようなものだと、そう断言したのなら、さて、君は一体どのような反応を取るだろうか」

「デタラメって……一体なんの冗談だ?」

「容易には、信じないか。まあ一般的な反応だな」

「質問に応えてくれ」


 声が震えている。

 それは自分でも分かる。別に物申すのが怖かったわけじゃない。馬鹿にされて怒った、というのともまた違う気がする。

 まるで既に終わったテスト用紙に赤点が上書きされたかのような理不尽。それを問い詰めるような、そんな感覚だ。

 一つ、わざとらしい溜め息を叱翅は溢し、応えた。


「デタラメが冗談だと、また別の結果になることが分からないか? 言っただろう、既に解決していると。この言葉の意味が分からなければ、小学生から出直すことを勧めるが」

「……じゃあ何か? 化野は既に幽霊として成仏は終えて、それで俺は在り来たりな日常に帰ってきてるって言うのか?」

「君は常に在り来たりな日常にしかいなかった、の間違いだな」

「……どういう、意味だ?」

「ふむ。なら少し現実を知ってもらうため、直接的に。包み隠さず言ってやろう。これまでのお話は、ほとんどが君の想像、妄言、絵空事、フィクションに過ぎない」

「……? だからそれじゃさっきと……」

「ずばりだな」


 叱翅はそのたおやかな指で指し示す。一人、いや本来そこにはいない人間の方へと、意識を飛ばした。


「化野 幽は君の妄想。幽霊では無く、脳が見せるまやかしだ」

「え……?」

「……………………は?」


 化野と俺の声は重なり、今度こそ、俺の中で時間はその機能を失った。

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