第14話

「空絵 桜真、君はきちんと件の幽霊を連れて来たよな」

「ああ、丁度あんたの真正面にいる」


 俺は先程から置いてけぼりを食らっている化野 幽の方へと向いた。


「化野 幽っていう名前らしい。化かすの化けに野暮の野、下は幽閉の幽だ」

「あ、あの。よろしくおねがいします!!」


 化野は律儀にも頭を下げて礼をした。そんなことをしても恐らく彼女には視えないだろうに。

 ……いや、視えるのか? 魔女というあだ名を付けられるぐらいだ。それに妖しい雰囲気を常に放っている。霊視が出来たとしても、なんら不思議では無い。

 しばし視線を化野の方へと向けている叱翅に、尋ねる。


「……視えるのか?」

「視える? 君はどうにも私のことを勘違いしている節があるな。いいか、普通の人間には幽霊は視えない。世の中の大半は平凡なわけだから、精々霊視を持っている人間など全人類で見てもゼロに限りなく近いだろうさ」

「そうか。いやまるで化野が視えてるみたいだったからさ。それに叱翅は何でも出来る印象があるから、霊ぐらい視えても不思議じゃないんだよな」

「まるで人間じゃないような言い草だな、まったく……」


 そう言う彼女は呆れた様子もなく、けれども怒った調子でもなく、微笑を讃えている。それは真夜中の学校で見るには不釣り合い、いや状況に則し過ぎているせいで余計に浮いて見えるんだ。

 ……そういえばと、俺はあることに考えがいたる。当たり前すぎて気が付かなかったけど、しかし普通ではありえないその状況に疑問を呈した。


「ところで叱翅。どうしてここなんだ? わざわざ申請を取ったんだろうけど、どこか別の、例えば公園とかだとそんな手間いらないんじゃないか」


 そう、あまりにも自然すぎてツッコむことを忘れてしまうほどだったけれども、学校で状況の解決を行う理由が分からない。深夜の学校なんて、それこそ幽霊か警備員ぐらいしか似つかわしくないだろう。

 いや、訂正。叱翅には妖艶という言葉が似合いすぎるぐらいに相応しい。そしてそれはこの場においてもあてはまる。夜の学校は確かに、彼女の聖地なんじゃないかってぐらいに、溶け込み過ぎていた。

 一方で、彼女はさもそれが自明であるかのように振る舞う。


「君こそもう少し脳の信号を働かせたらどうだ? 適材適所という言葉があるだろ。生物には能力の得手不得手があるように、環境による実力の発現具合も変化するものでな。私を最大限に活かせる場というのが、たまたま学校のこの教室だったというだけの話だ。あと別に、申請は取っていない。そもそも取れないだろう、深夜の学校の使用許可なんて」

「堂々と不法侵入じゃねえか!!」


 幸い明かりもついていないおかげで、ばれることはないだろうけど、しかしそれでもこうして話をしているだけで誰かがやってくるんじゃないかと、気が気でない。

 深夜の学校という非日常感は味わえたものの、しかしリスクが大きすぎる。

 一応、叱翅がいるわけだからそれだけは心強いんだけどな。その発端がこれまた彼女なわけだからなんとも手放しでは喜べない。

 俺はあれやこれやの心配事をひとまず脇に置いて、そうして幾分か落ち着いた心持ちで叱翅の澄ました顔を見やった。


「それで、化野の成仏が可能だっていう話だったよな。実際どうしようっていうんだ? 一応俺たちも色々と試したんだけど、どれもこれも成果は上がらなかったぞ?」

「君たちが何をして効果がなかったと言っているのか、私には見当もつかないが、私の方法は絶対だ、安心してくれ」


 絶対に成仏出来る。

 俄かに俺の胸中が苦しくざわついた。横目で化野を見れば、不安からか、それとも叱翅への警戒からか。手を握り締めて目の前の不敵な魔女様から目を離そうとしない。

 そして、勇気を振り絞るように、化野は口を開いた。


「……本当に、成仏出来るんですか?」


 小声で紡がれた言葉は、しかし夜の学校では十分過ぎるほどに響く。

 ただやはり、視えないと言った化野に彼女の質問が響くはずもなく、俺がそっくりそのまま伝えてやる。

 まるで翻訳家になった気分だ。それを受けた叱翅は、虚空に向かって言葉を放つ。


「化野と言ったな。こちらの言葉が届くかどうかは知らないが、まあ聞き取れなければそこの空想愛好家にでも訊くといい。質問に答えるとするのなら、出来る出来ないで言うのであれば、成功率は限りなく高い。確実に成仏出来る、と。そう断言しよう」

「……そう、ですか」


 化野は僅かに顔を伏せた。

 なぜ少しだけ寂しそうな面持ちになるのか。これで永劫の一人ぼっちは回避出来るわけだから、もっと感情豊かに喜んでもいいんだぞ? いや喜ぶべきなんだ。せっかく願いが叶うっていうんだからな。


 そうは思っても、しかし化野はただ俯くだけ。しばらく、無言の空間が続いた。

 時計もなく、日を跨ごうという時間なので、外からの音も聞こえない。無駄に、時間だけが過ぎていっている気がした。

 今は何秒経った? 何分過ぎた? 何時間経過した?

 残念ながら時計を持ち合わせていない俺には分からなかった。

 そして永遠に続くかと思われたその時間は、叱翅の声によって破られた。


「さて、そろそろ時間だ」

「……っ」


 叱翅は椅子から立ち上がり、向かい合う化野の体が跳ねた。

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