第13話

 叱翅 纂について。

 まず初めに断っておくとすれば、彼女には容易に話し掛けられない。

 物理的にではなく、話し掛けにくい雰囲気を常に放っているのだ。

 よって学生でありながらコミュニティは一切持たず、またその他クラスメイトからは腫物扱いを受けていた。魔女と呼ばれるようになった所以は、俺の知る限りではないけども、その他になびかない孤高を貫き通した態度に、才色兼備もあいまって、それは実に相応しいと言えるだろう。


 彼女が唯一校内で、話し掛けられる場。それが空き教室で行われている苦悩の解消。魔女だなんだと言われているものの、しかし彼女に持ち掛けた相談はその全てが百パーセント解決に至る。

 放課後の空き教室には生徒や教師が度々出入りしているのを、目撃したことがあった。


 それらもまた彼女の特徴として挙げられるのかもしれないけど、しかし問題はどうしても付いて回る。百パーセントの解決力を誇る叱翅だが、その相談事は当然必ず、初めの段階に話したことが達成するわけだ。

 ただそこが問題でもある。

 つまり、何が言いたいかと言えば、途中の変更はきかないということ。たとえ悩みを解決している途中で、相談者の意志が変わったとしても、それは叱翅には反映されない。

 カウンセラーのようなものならば何も問題視するべき点は無いんだが、彼女が直接絡む事柄。それらについては、絶対に確実に、話が複雑化していた。

 例えば誰かに復讐をしたいなんて持ち掛けた日には、その次の日から彼女は動き出して、そして完璧に依頼を遂行する。


 彼女はそういう人間だ。俺が初めて彼女と出会ったのも、相談を持ち掛けたのがきっかけだったんだけども、結果は惨憺たるものだった。彼女が誰かの物語に入り込めば、あとはもう出来る限り良い方向に転ぶことを、神に祈ることしか出来ない。

 正直に言おう。

 彼女、叱翅 纂は最悪だ。最低ではなく、最凶でもない。最も悪く、物語を再構成するのが、彼女だ。


 だから。

 俺は彼女のことを好きにはなれない。いやこの言い方は語弊があるな。叱翅 纂が嫌いなわけではなく、人間として距離を置いておいた方が良いと、判断しているだけだ。

 そんな距離を置きたい彼女と、しかして俺は相対していた。暗く淀んだ教室に、叱翅 纂はやはり行儀良く椅子に座っている。


「やあ、待っていた。君のことだ、もしかすると来ないんじゃないかと思っていたんだが」


 いつも通り。この言葉がしっくりくる人間も、彼女以外にはいないだろう。全く崩さない笑みに、凛としながらもその奥におぞましい何かを孕んでいそうな態度。

 俺が小動物ならば彼女を見た瞬間に、本能が働いて逃亡を企てることはまず間違いない。


 ただそうは言っても、人間相手だ。取って食うようなマネはしないだろうし、彼女は性格に難はあるものの、良識を常に持ち歩いているような人間だ。それに何度も顔を合わせて普通に会話もこなす間柄に、なりつつある。

 何も怖がる必要なんてないんじゃないかと、そう自分自身に言い聞かせながら、ようやく言葉を絞り出した。


「俺だって来たくなかったんだけどな。折角の呼び出しに応えないと失礼だろ」

「そうか。いやなに、何度前か忘れてしまったが、来なかったことがあったからな。少し心配になっただけのことだよ」

「絶対憶えてるよな……」


 秀才にして異才な彼女が約二カ月前のことを覚えていないはずもない。俺は顧客であることも忘れて、いつもの調子で言葉を交わす。

 あるいは。気を紛らわせたかっただけなのかもしれないけどな。


「というか、制服なのか。いやここは学校なんだから別に間違ってもいないんだけどな。休日にまで制服っていうのは違和感というかアンバランスというか」

「いや実は制服というのは機能美に優れていてな。動きやすさもありながら、通気性に優れている点が一番の高評価ポイントだ。この時期ならばそれもいらないがな」

「じゃあ制服でいいポイントが無いだろ。ファッションセンスは人の数だけあるから、もう何も言えないけどさ」


 ゲームや漫画のキャラクターじゃあるまいし、それに性格上着替えるのが面倒臭いという人間でも無いだろう。


「ふむ。だが服装については他者の意見こそが真価を発揮すると、私は思うがね。今日では対外的評価を得るためのものばかりなんだしな。……さて、もういいかな」


 彼女が一つ息を吐いた。ただの呼吸、あるいは溜め息だ。特別性は一切ないはず、なのに。

 俺は不必要に緊張してしまった。喉の奥が干上がるのが、分かる。


「君はいつもそんな調子だな。自分の相談事の時はそうでもないくせして、他人のこととなれば、私との会話を忌避する嫌いがある。私が何か君に失礼なことでもしたか?」

「いや、俺にはされてないけどな……」

「ならば、そこまで緊張する必要も無いだろう。いつも通り、私は依頼者の相談を享受するだけだ。残虐の真似事はしない」


 そうじゃない。俺が良いから、他を蔑ろにするのは間違っている、たったそれだけの話なんだよ。ただし、そんな俺の想いが届くはずも無く、叱翅は本題を切り出した。

 つまり、今回呼ばれたその目的。幽霊の成仏を成し遂げるというものだ。


「さて、私がここに君を呼び出したのは、もう言わなくても分かるだろう。実は、幽霊やその手の類の超常を解消する術が見つかってな。君の相談事解決に打って付けだと思って、連絡した次第だ」

「なんとも嬉しくないラブメールだな」


 色々と嬉しくない要素はあるものの、こうして彼女と直接会っていることそのものが、結果を決めているようなもんだ。


「おいおい、滅多な事を口にするなよ。そもそもさ、君が成仏させたいと言ったんだ。私のことを悪人のように言うのは、心外というものだな」

「それは、まあその通りなんだけどな……」

「君の心底など、私には分からない。もしかしするとその幽霊の彼女に情を移した、という心理があるのかもしれない。しかしけれど、私自身の判断としても、君は私に感謝をした方がいい」

「……まだ何もしてもらって無いのにか?」

「これからすると言っている。話を本筋に戻そうか」


 彼女は佇まいを直す。ただ顔を俺では無くその正面に見据えただけなんだけども。その全てが様になりすぎていて、何より美しかった。

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