第7話

「本格的に分かっていない顔じゃないか。ならば一つの真実を説いてやろう。私はただの人間だ。陰陽道に通じているわけでも、実家が寺でも、オカルトに精通しているわけでもない。そこら辺りに普通にいる、美少女なんだ」

「……ええとつまり」

「理解は及んだか。言いたいことは一つだけだ。私に、幽霊をどうこうする力は無い。私は魔女じゃないからな」


 叱翅という女生徒について、まあ端的に語るとするなら魔女なわけだ。それはクラス中でも広まっている呼称であるし、寧ろ教師の間でもそう呼ばれているのを、何度か聞いたことがあった。


 魔女、という呼び名はもちろんその本質にまで抵触しているわけじゃない。呪術や儀式を行い、魔法を行使するからその呼び方になったわけではないんだ。飽く迄も魔女的だというだけの話。

 人間だと、そう思ってきたにも関わらず、俺はやはりどこかで彼女のことを、自分とは違う人種なんじゃないかと考えていたのかもしれない。


「幽霊がいるということは、認めよう。そういう観測例が、無いこともないんだ。世の中は広く、未だ解明されていない領域も多々ある。いない、と。断言出来ることは私には不可能だ」


 恐らくそこら辺にいる美少女は、幽霊の存在をすんなり肯定もしないと思うが、その事実を口に出す寸前で留まった。

 ともあれ、信じてもらえているだけでも重畳モノだ。自称幽霊であるところの化野 幽はきっと、そもそもにおいて誰にも観測さえされてこなかったんだからな。


 ただ、俺としても彼女の解答には項垂れるしかない。期待して来たんだが、アテが外れた、いや前提として叱翅ならば解決出来るなんて根拠は何処にもなかった。勝手に俺を導いてくれる存在だって、そんな都合のいい解釈をしていただけだ。

 俺が彼女に期待外れだという感情を抱くのは、傲岸不遜という話だろう。


「空絵は幽霊がどうして視えるのか、そのメカニズムは知っているか?」

「え? なんだよ急に」

「メカニズムなんて大層なものじゃなくてもいい。また普通なら視えないだろうというツッコミも無しとしよう。ただ純粋にどうして視えるのか、考えたことはあるか?」

「いや、よく分かんないけど。霊感があるとか無いとか、そういう次元の話じゃないのか。そもそもそういった能力とかが無いと視えないんだろ、幽霊っていうのは。俺のイメージだけどさ」


 霊感がどうとか、体質がどうとか。そんな都市伝説レベルの話を、どこまで信じても構わないのか、皆目見当もつかないが。

 しかし、恐らく。百人中九十人辺りが、俺と同じイメージを抱いているに違いない。知識は無かったが、自信はあった。

 彼女も概ねその通りなのか、俺の返答に頷いて見せた。


「霊感云々ははっきり言って後付けによるものだ。いや、後付けというのも違うな。一般人に広く知れ渡って欲しいがための、言い換えと言ってもいいかもしれない。だがそれが、普通。解釈としては、なんら間違ってはいないんだよ。いいか、空絵。幽霊の解釈は千差万別だ。決められた解答、用意されたゴールなんて無い。私の発言も一個人によるモノだと考えて欲しい」


 そこで一旦言葉を区切る。俺は何も口を挟まない。ただ黙って首を縦に振るだけだ。


「幽霊というのは、磁場の揺らめきだ。本来幽霊というモノは原子レベルでは存在し得ない」

「磁場?」

「磁石とか、電流が流れている場所には必ずと言っていいほどに存在する力の場だな。別に磁場に関しての知識はいらないな。電気の周囲に発生するということだけを知っていれば、何も困ることは無い」


 馬鹿にしないで貰いたい。磁場ぐらい知っているとも。小学生でも習うことだ。まあ忘れていると言えば、それはその通りなんだけども。


「しかし、磁場と幽霊の関係性か。俺も噂ぐらいでは耳にしたことがあるけど」

「ふむ、確かに少し有名なのは違いないな。幽霊というのは、本来誰も彼もが視えないはずなのに、きちんと生活してきた人間その大半がそういうものがいると、知識として獲得している。磁場と幽霊の関連性も、ほんの僅かにオカルトを齧った人間ならば、珍しくもない情報だ。特に、非日常への憧れを抱いていた君ならば、今更聞くべき言葉じゃないのかもしれないが」

「抱いていた……ね」


 別にその部分を殊更抽出して耳に通したわけじゃないけど、やはりどうしても気に掛かってしまった。

 昨日の丁度この時間、俺は叱翅に現実を叩きつけられた。そして、俺自身もそれを願っていた。漫画やアニメに出てくるような、そんな世界があるなんて幻想を、破壊して欲しかったんだ。

 そう、だから。

 俺は無事に卒業出来たと、そう思っちまったんだ。妄想から空想から絵空事からその全てから、足を洗って現実を見れると思っていたんだよ。

 ただ、そんな日に限って。俺の望んだ非日常は顔を覗かせた。俺が望んだ時には、全く来ないってのに。


「……大丈夫か? 嬉しさと憂いが混在したような微妙な顔をしているが。ああ、顔は元から微妙だったが、より酷くなっている」

「うるさいな。俺の顔が中の中ってことぐらい知ってるから。改めて言うな」


 そんなに酷いか? 俺の顔。自分で言うのもアレだが、整ってはいると思うんだが。

 あれこれと、顔のパーツを触ってみる。いや特に異常も見られないけどな。


「時に空絵。君は幽霊に出会ったと言っていたな。話す前にそう確信したきっかけを教えて欲しんだが」

「ああ、それなら簡単だ。モノを透過するんだよ。投擲物でもなんでも、公園にいたんだけどな、そいつは何も触れなかった」

「……それは、君もか?」

「俺は、何故か知らないけど触れる。霊感とか、そういうのは無いはずなんだけどな」

「詳らかに、昨日何があったのか教えてくれないか」

「何があったって何も無いぞ。本当に出会って終わりだ」

「なら出会ってからの過程でいい。私もその幽霊が何なのか、知りたい」

「分かったよ」


 いつになく真面目、というか喰い付きを見せる彼女へ俺は語る。昨夜のことを、思い出しながら。

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