第2話 真似っ子
困惑するサボテン人間を前に少女は、はっとした表情を浮かべて、一歩後ろへ下がった。
「ごめんなさい!急にびっくりしましたよね。わたしはナナホシ!年齢は13歳で、血液型は確かA型!あなたに会えて光栄です。妖精さん!」
一歩下がってまで何をするかと思えば、どうやら自己紹介をしたかったようだ。幼いながらもカーテシーを行う様子からは、育ちの良さが垣間見える。
その様子を面白く思ったのか、サボテン人間はナナホシの真似をして少し屈む。思ったよりも可愛らしい存在なのかもしれない。
「あはは」
何も着ていないのに、何かをスカートのようにつまもうとするサボテン人間が少しばからしくて、ナナホシは小さく笑う。
ザザザ...
突然、遠くからノイズ音が聞こえてくる。
「午前5時です。午前5時です。安全区域の外にいるものは、直ちに戻りなさい。繰り返します...」
午前5時を知らせる放送を聞くや否や、ナナホシは落胆した表情を見せる。
「げっ、もう5時なの...楽しい時間はあっという間だね...サボテンの妖精さん、また明日ここで会える?また会いたいんです」
サボテン人間は何も言わない。正しくは何も言えないのだろうが。
「そろそろ戻らなきゃ、お父さんにバレでもしたら、きっともうここには戻れないや。絶対明日また会いましょうね!今日はさよなら!」
ナナホシは早口で別れを告げると、急いで安全区域の方へと走り出した。濡れた靴が今になって強い不快感を与えてくる。
(まだ話したかった!!!)
お預けを食らった感覚に襲われ、しばらく走った後にナナホシはまた禁足地へ戻りたくなっていた。しかし今日の出来事は夢じゃない。また明日も会えると我慢して、更に足の回転を早めた。
振り返ることもなく一目散に走ったナナホシはついに安全区域へとたどり着く。
(だいたい、なんであそこは禁足地なのかな?お父さんは危険な野犬が沢山いるからって言ってたけど、未だに出会ったことないよ。実はあそこも安全区域なんじゃない?)
ナナホシは少しばかり強引な考えを抱きながら、寂しそうな表情を浮かべた。そしてゆっくりと禁足地の方を振り返る。
「えっ」
サボテン人間だ。遠い禁足地にいるはずの奴が何故か今ナナホシの正面にいた。
「つ、ついてきちゃったの!?」
サボテン人間はただ突っ立っている。ナナホシがゆっくりと一歩下がった。すると奴も一歩下がる。どうやら物真似が好きらしい。走るナナホシを真似て、ここまで来たのだろう。
ナナホシは焦っていた。根拠はないが、何となくサボテン人間のことを住民に知られるのは良くないと感じていたのだ。
「あっ!」
ナナホシの頭に一つの名案が浮び上がる。焦りで下がっていた彼女の眉毛が、ぐいっと上がる瞬間をサボテン人間は見た。
「わたしたちの秘密基地!あそこならきっとバレないよ。そうだ!明日わたしの友達を紹介してあげるね。彼らならきっと仲良くなれるよ」
ナナホシは鼻歌を歌いながら歩き出す。人目のない所を通って。その後ろには、辺りを見渡しながら同じ速度で歩くサボテン人間の姿があった。
しばらくして、ナナホシの足が止まる。続いて、サボテン人間の足も止まった。
「ついた!ここだよわたしたちの秘密基地!」
振り返って自慢げな顔でサボテン人間を見つめるナナホシの背後には、ボロボロな小屋があった。風が吹く度に屋根が少し揺れ、薄い金属製のドアがガタガタと悲鳴をあげていた。
ギギィ
ナナホシが両手でドアを開ける。中は意外にも整理されていた。強いて言うならボードゲームの駒が少しばかり散らかっている程度で、他はかなり綺麗だった。
二人が中に入ると、突然ナナホシは険しい顔つきでサボテン人間の方を見る。
「お願い!すぐに戻ってくるから、少しここで待ってて!真似してついて来ないでね!」
ナナホシは、小屋の中にあるありったけの玩具をサボテン人間の元に集めて少しばかり遊んでみせた。サボテン人間はすぐさま手に取って同じように遊び出す。
(背は高いけど、まるで子供みたい。可愛いな)
にこっと笑ったナナホシはその後ゆっくりと小屋から出た。そして壁の小さな穴から中を覗く。どうやらサボテン人間は今、本を逆さに読んでいるようだ。
(お父さんがわたしを街中で泣き叫びながら探し出す前に、お家に戻らなきゃ)
サボテン人間が何もしないことを祈りつつ、ナナホシは今度こそ一人で走り出した。
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