サボテン人間

みずかきたろー。

第1話 遭遇

茶色く錆びた街ラストシティー。

その中でも最もどす黒く、野良犬すら寄せ付けない禁足地に、まるで似合わない小さな音が一つ優しく響き渡っていた。


シャー


きっと単なる好奇心だったのだろう。奴は覚束無い足取りで、なるべくガラクタを避けながら音の鳴る方へと歩き出した。


奴が音の正体を知るのはそう遅くはなかった。やけにドラム缶の多い建物の中に入った奴は、中で何かを発見する。


そこには、この街で見ることはありえない鮮やかな緑と、如雨露を両手でしっかりと持ち、それに水をやる少女の姿があった。


ドンッ


予想外の光景に動揺した奴は、ドラム缶に少しばかり足をぶつける。しかしそれは、水音すらよく響くこの場所において、あまりにも巨大な音だった。


「きゃっ」


少女は大きく目を見開きながら、小さな叫び声をあげた。急いで音のした方を振り返り、少しばかり狼狽えた後、ガタガタと口を開いた。


「だ、誰!?お願いします!どうか、この子達だけは殺さないで!ほしいです...」


少女はぎゅっと如雨露を握りなおす。口の震えは一向に収まってはいないが、精一杯勇気を振り絞って放った一言だったようだ。


しかし、その言葉を放った相手は彼女の想像していた人物とは違う、異形の存在だった。


全身深い緑色で、服を着ておらず、顔と呼べるものすら存在しない。体全体に細かい棘がびっしりと生えているそれはまるで、サボテンのようだった。


不気味なサボテン人間は、ゆっくりと少女に歩みよる。


ガチャンッ


少女は力強く握りしめていたはずの如雨露を、無意識のうちに床に落とす。まだたっぷりと如雨露の中に入っていた水は、彼女の靴をぐちょぐちょにした。


しかしそんなことには目もくれず、少女は目の前のイレギュラーな存在から決して意識をそらさなかった。


ただ、その顔は意外なものとなっていた。


先程までの怯えた顔が嘘だったと言わんばかりの、笑顔だったのである。


少女の足が一歩前に出た。「ズチョッ」と濡れた靴が音をたてる。


ズチョッ ズチョッ ズチョッ


少女の方から急ぎ足でサボテン人間に歩み寄る。あと数歩で奴の棘に刺さりそうだという距離で立ち止まり、その代わりに次は口を動かした。


「あなたは!妖精さん!ですよね!わたし知ってるんです!命を大切にする子の元には、いつか妖精さんが現れるって!」


少女はキラキラとした目で、サボテン人間の頭と思われる部位を見上げる。


つい先程まで怯えていたはずが、急に大声ではしゃぎ出す彼女を前に、サボテン人間が抱いた感情は「困惑」だった。
















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