第三章 6
人が入り乱れ、混乱を極める長廊下で、ゲオルグはあちこちを探しに探し回ってようやくフレイアを見つけることができた。
「フレイア殿」
誰しもが叫び合う混沌のなかで、その言葉は聞き取りづらかった。それでも、声は届いた。
「ゲオルグ様」
フレイアに追いついて、ゲオルグは息を切らして辿り着いた。
「やっと見つけました」
「このようなところにいらしてよろしいのですか」
「今はよいのです」
背の高い彼を見上げて、フレイアは硬直した。
彼が自分を、まっすぐに見ている。
その瞬間、周囲の音がすべて消えた。
叫び声も、物が割れる音も、なにもかも消えて、まるでそこに二人だけがいるような幻想にとらわれた。
「――」
「今生のお別れにございます」
彼はそっと言った。
「フレイア殿」
「は、はい」
「貴女に、私の子を生んでほしかった」
「――」
そしてゲオルグは、そっとフレイアの腰に手を回した。
二人の唇が静かに重なった。
フレイアは思い切り背伸びをして、背の高い彼に合わせた。そしてそれが終わると、そのうす青い彼の瞳を覗き込んで、そっと囁いた。
「……私も、あなたの名前を名乗りたかった」
フレイアはそっと身を離すと、胸元にしまっていた白い花の押し花を彼に見せた。
彼は低く言った。
「では、『失われた地』《あちら》で会いましょう」
「さあ、行かれてください」
ゲオルグはそれにうなづいて、玉座の間に走っていった。
振り返ることはしなかった。
「行ってきたか」
「はい」
「奴らは間もなく来るぞ」
「なんの悔いもありません」
「よし。俺の側を離れるな」
「地獄の果てまでもお供します」
ふふ、ヴァリデスは不敵に笑った。
「ゲオルグ。俺たちが行くのは『失われた地』だ。地獄に行くのは奴らだ」
「そうでした」
斥候の報告によると、敵の数は首都陥落のみに絞ったものなのか総勢数千と見られる。「三国一の軍事力も甘く見られたものだな」
「数千なら、なんとか対抗できます」
「しかし侍女女官、長たちがいる。守りながら戦うのではやはり違うぞ」
「死ぬ気で行けばやれますよ」
ほら貝の笛が鳴って、蹄の音が聞こえてきた。しばらくして鬨の声が聞こえ、そして叫び声がそれに重なる。剣戟の響き、血の匂い。
ヴァリデスは剣を抜いた。
「来るな」
ゲオルグも側で剣を引き抜いた。
玉座の間の扉が開いて、敵が突入してきた。
敵味方が入り乱れて、血飛沫が舞い散った。
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