第三章 4

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 四番目の月、天色そらいろの月となった。砂嵐の季節である。毎日毎日、巻き込まれれば息もできないほどの砂塵が渦となって荒れくるった。

 王妃ティーアの命名日の準備が近づこうとするある日、それはやってきた。

 第一報は、玉座の間にもたらされた。

「陛下、大変です!」

「どうした」

「アルトゥム王国の軍勢が、砂嵐に紛れて国境付近にやってきています。今にも攻め入って来そうです!」

「なに……!」

 国王は立ち上がった。

 一気に緊張がその場に奔った。王妃は青くなり、長たちは顔を見合わせ、兵士たちは腰の剣に手をやった。物々しい雰囲気に誰しもが開戦を口にし、軍事力三国一のヴュステに喧嘩を売るとはいい度胸、こてんぱんにしてくれると口々に言った。

 宰相が苦い顔になり、十二氏族の族長たちがひそひそと囁き合い、騎士たちが走り回り、玉座の間は慌ただしい空気に包まれた。

「これは一体どうしたことだ。ゲオルグ、斥候を」

「はっ」

「誰か、国境からの報告はないのか。騎士たちはどうした」

 ヴァリデスが忙しく指示する間、ティーアは頭のなかで考えていた。

 兄が。兄が動いた。

 ティーアは手をぎゅっと握った。

 とうとうやってきた……!

 どうしよう。どうすれば? 止めなければ……! でもどうやって?

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

 横ではヴァリデスが慌ただしく立ち働いている。それを遠くに聞きながら、ティーアは停止しようとする思考を懸命に励まして考えていた。

 そうこうする内、アルトゥム側からの鴉が遣わされた。それにはこうあった。

『ヴュステの全面降伏を望む。それが望めないのなら、全国民以下、皆殺しだ。女はみな犯し、連れて帰って奴隷にする。それが嫌ならば塩の利権を渡し、降伏するがいい』

 国王はその書状を握り潰した。

「くそっ」

「陛下……」

「……一人で考える時間がほしい」

 彼はそう言って一人で私室に戻っていった。王妃がそれを追った。

「殿……」

 彼の背中に、ティーアはそっと話しかけた。

「ティーアか……」

 彼女はその背中に寄りかかった。

「……迷って、おいでなのですね」

 ティーアには、もうわかっていた。夫がどうしたいのか、痛いほどわかっていた。

 しかし、それには多くの犠牲が伴う。それは、正しい選択なのか。

「……俺のわがままに、みなを付き合わせるわけにはいかない」

「……」

 そのぬくもりに、ティーアは目を閉じる。そして覚悟を決めた。

「わたくしが、参ります」

 ヴァリデスは振り返った。

「なに……?」

「わたくしが行って、兄に命乞いを致します。妹の頼みなら、兄も聞いてくれるでしょう」

「ティーア」

 ヴァリデスはその細い肩を掴んだ。

「そんなことをしたらお前は……」

「よいのです」

 その、思いの外強い声に、ヴァリデスは気圧けおされた。

「――」

「よいのです」

 殿、ティーアは彼を見上げた。

「お慕いしております」

「ティーア……」

 二人はそっと抱き合った。そして唇を重ね合った。


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