第三章 4
2
四番目の月、
王妃ティーアの命名日の準備が近づこうとするある日、それはやってきた。
第一報は、玉座の間にもたらされた。
「陛下、大変です!」
「どうした」
「アルトゥム王国の軍勢が、砂嵐に紛れて国境付近にやってきています。今にも攻め入って来そうです!」
「なに……!」
国王は立ち上がった。
一気に緊張がその場に奔った。王妃は青くなり、長たちは顔を見合わせ、兵士たちは腰の剣に手をやった。物々しい雰囲気に誰しもが開戦を口にし、軍事力三国一のヴュステに喧嘩を売るとはいい度胸、こてんぱんにしてくれると口々に言った。
宰相が苦い顔になり、十二氏族の族長たちがひそひそと囁き合い、騎士たちが走り回り、玉座の間は慌ただしい空気に包まれた。
「これは一体どうしたことだ。ゲオルグ、斥候を」
「はっ」
「誰か、国境からの報告はないのか。騎士たちはどうした」
ヴァリデスが忙しく指示する間、ティーアは頭のなかで考えていた。
兄が。兄が動いた。
ティーアは手をぎゅっと握った。
とうとうやってきた……!
どうしよう。どうすれば? 止めなければ……! でもどうやって?
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
横ではヴァリデスが慌ただしく立ち働いている。それを遠くに聞きながら、ティーアは停止しようとする思考を懸命に励まして考えていた。
そうこうする内、アルトゥム側からの鴉が遣わされた。それにはこうあった。
『ヴュステの全面降伏を望む。それが望めないのなら、全国民以下、皆殺しだ。女はみな犯し、連れて帰って奴隷にする。それが嫌ならば塩の利権を渡し、降伏するがいい』
国王はその書状を握り潰した。
「くそっ」
「陛下……」
「……一人で考える時間がほしい」
彼はそう言って一人で私室に戻っていった。王妃がそれを追った。
「殿……」
彼の背中に、ティーアはそっと話しかけた。
「ティーアか……」
彼女はその背中に寄りかかった。
「……迷って、おいでなのですね」
ティーアには、もうわかっていた。夫がどうしたいのか、痛いほどわかっていた。
しかし、それには多くの犠牲が伴う。それは、正しい選択なのか。
「……俺のわがままに、みなを付き合わせるわけにはいかない」
「……」
そのぬくもりに、ティーアは目を閉じる。そして覚悟を決めた。
「わたくしが、参ります」
ヴァリデスは振り返った。
「なに……?」
「わたくしが行って、兄に命乞いを致します。妹の頼みなら、兄も聞いてくれるでしょう」
「ティーア」
ヴァリデスはその細い肩を掴んだ。
「そんなことをしたらお前は……」
「よいのです」
その、思いの外強い声に、ヴァリデスは
「――」
「よいのです」
殿、ティーアは彼を見上げた。
「お慕いしております」
「ティーア……」
二人はそっと抱き合った。そして唇を重ね合った。
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