第二章 10
ベルトヒルト・シルヴァ・ヴィノグラートⅤ世はいらいらとしていた。
使いの鴉は依然としてやってこない。最後の知らせは、もう数か月前だった。
「陛下、これはどうしたことでございましょうな」
側近が訝しげにそう尋ねると、ベルトヒルトは肩にかかる髪をひらりと払って杯を手に取った。
「心配はしていない。ティーアは私には逆らえない。あの女は美しい以外なんの魅力もない、取り柄のないパッとしない女だ。所詮、女は女でしかない。男と寝て誑かすだけが能なのだ。失敗したらどうなるかわかっているから、死に物狂いでやるだろう」
「しかし、知らせは相変わらず届きません」
「ゆっくりやるだろう」
「そのことですが陛下、気になる知らせが別の間者から入っております」
「なんだ」
「は。なんでも、砂の国では先日、王妃付きの侍女の選定が行われたそうでございます。 かの国では、初夜が滞りなくすまされると行われる行事だそうで」
「なに?」
ベルトヒルトは振り返った。
「ティーアはもうあの国王と寝たと申すのか」
「そのようでございます」
たとえようもない怒りが、彼の全身を震わせた。
裏切り。
あの気の小さい妹、冬を前に怯えるだけであった小鳥のような妹が、よもや自分を謀るとは。
激怒に打ち震えていたベルトヒルトの唇が、ふふと突如笑いに成り代わった。
「ふふふふふ……なるほど、あれも女よ。兄より男を取ったか。あっぱれだ。このベルトヒルト、してやられたわ。しかし我々は常に一歩先にある。ティーアめ、今に見ておれ。 今にお前とあの国王の首をあの城の城門に掲げ塩の権利の一切をこのベルトヒルトが掴んでくれようぞ。そのために砂の国の先代国王を秘かに毒殺せしめたのだからな」
ベルトヒルトはそう言って高らかに笑った。
笑い声は寒空に吸い込まれていった。
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