第一章 6
女官たちは相変わらず冷たく、ティーアを馬鹿にしていた。王妃なのに、真の王妃になり切れていないという矛盾、砂漠の女ではないという彼女を異端視する考え、そもそもこの縁談が、空の国から無理矢理持ち込まれたものであるという噂が、ティーアを針の筵に置いていた。ヴェルジネとシュタムが側にいるのも、却って孤独を募らせた。
なによ、お付きの侍女なんか侍らせちゃって。いい気なもんだわ。気取ってるのよそういうとこ。持ってるものなんかみんな絹で、空の国の出身だからって馬鹿にしてるわ。花なんか飾って、花がここでどれだけ貴重なものかよくわかってないのよ。まったく困っちゃうわよね。だから嫌なのよ、お姫様って。
囁き声はひそひそ声になり、やがて聞こえるようにまでなっていった。
「きゃっ」
髪を櫛る女官の手がきつくて髪が引っかかってしまい、思わず声を上げたティーアが振り返ると、女官はぷい、と顔をそらす。それを見ていたフレイアが、
「……下がりなさい」
と言うと、女官は仕方なさそうに頭を下げて下がっていった。訳がわからなさそうにそれを見守っていたティーアに、フレイアが、
「申し訳ありません」
と言うと、
「いいえ……それはよいのです」
でも一体なぜ……? と首を傾げるティーアに、フレイアは困ったように微笑んだ。
「……代々の王妃の女官は、国王陛下の王妃候補の娘たちがなるものと、決められているのです」
「あ……」
ティーアはそれで思い当たった。
「もしかして殿と恋仲であった女性というのは……」
フレイアは悲しげに瞳を伏せた。
「残酷な慣習です。王妃にとっても、女官たちにとっても」
「……それも知らずにわたくしは……」
今の今までヴァリデスの目の前でフレイアを重用していたことの意味を思い知り、ティーアは青くなった。かつて恋人同士であった二人の前で、結ばれていないとはいえ妻として振る舞っていたなんて。
フレイアは面を伏せた。
「よいのです」
「フレイア……さん」
「もう、よいのです」
「あっ……」
フレイアはそう言い置くと、部屋から走るように出て行ってしまった。
八番目の月、花浅葱の月となった。夏真っ盛りである。
ある暑い寝苦しい夜、ヴァリデスはふと夜中に目が覚めて起き上がった。
そして枕元で羽団扇で自分を扇ぐティーアに気づいたのである。
「殿、まだ夜半でございます。お休みください」
「……なにをしている」
「寝汗をかかれていましたので、扇いでおります」
「お前はいつ寝る」
「じきに」
「寝ろ」
「はい」
とは言っても、新妻ははたはたと羽団扇を動かしていて、一向に寝る気配を見せない。 ヴァリデスは呆れて、
「寝ろというに」
と言ったが、ティーアはじきに寝まするの一点張りである。いらいらとして、ヴァリデスはにやりと笑ってこう言った。
「わからない女だ」
そして、
「寝ないと言うのなら、こうだ」
と、ティーアを組み伏せた。
「お戯れはおやめください」
「戯れではない。愛しい新妻の寝顔を見つめて三月、我慢の限界というものだ。俺とて若いのだ。こらえるばかりではない」
「おやめください」
ティーアは強く言った。
「殿には、想っていらっしゃる方がおられるのでしょう」
ヴァリデスの眉がぴくりと上がった。彼はティーアを放した。
「どこでそれを聞いた」
ヴァリデスは起き上がり、居住まいを正した。ティーアはただ、乱れた髪を直している。「そのような話は、嫌でも耳に入ってきます」
「昔の話だ」
ヴァリデスは吐き捨てるように言った。
「俺はもう忘れた。だからお前も忘れろ。俺には今お前がいる。それでいい」
「それで、よいのでございますか」
「いいのだ」
「……」
「ティーア」
「……はい」
「もう寝ろ」
言うや、ヴァリデスは寝具にくるまって眠ってしまった。
ティーアはこの夜、一睡もできなかった。
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