第一章 4

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 この大陸には三つの国がある。

 北に位置し、ルク大陸と交易する空の国アルトゥム。

 四季折々の彩が美しく、水と緑に恵まれ、花や農産物、それに大陸との交易で国益を得ている。

 真ん中にあるのは石の国ルドニークである。

 ほぼ地下にあるこの国は、鉱山に囲まれ、宝石と金の潤沢な資産でもってして国益を挙げている。大陸の通貨はこの国を必ず通ると言われている。

 そして南にあるのが砂の国ヴュステ。

 領地のほとんどが砂漠のこの国は、塩を売ることで国益を成している。少しの水と少しの緑、そして大量の塩で生きていると評される。三国では一番の軍事力を誇る。

 六番目の月、青白磁の月となった。

 この月は、死者を弔う月でもある。

 砂漠の民は死後の世界を殊の外大切にする。

 彼らは死者の国を『忘れられた地』と呼び、死後この地に降りることを理想としている。

 この地に降り立った死者たちは年中枯れない花に囲まれて暮らし、生きている者たちが死者たちのことをこの世で思うたび、『忘れられた地』のその死者の周りで花が降ると言われている。

 今年は先王が亡くなったばかりだから、特に盛大にこの催しが行われた。この死者を弔う祭りを『ル・シャ・レル』という。

「『ル・シャ・レル』では俺も亡き母上のことを思う。そうすると天上の『忘れられた地』の母上の周りでは花が降ると想像して大きくなった」

 と言われ、ティーアは会ったことのない舅の周りに花が降るよう祈った。

 最近、ヴァリデスの帰りは頓に遅い。彼はティーアに先に寝ているよう言い、大抵彼女はその言いつけに従って先に眠っているが、それで彼女が朝起きると、寝具は寝た跡があってヴァリデスはもういない。政務のことで、なにか難しいことが起きているらしい。

 なにかして差し上げたい、自分になにかできないか、とは思うが、なにも思い浮かばない。女官たちは冷たいし、誰にも頼れない。あ、そうだ。

 ティーアはヴェルジネを呼んで、フレイアを召喚させた。

「お呼びでございますか」

「殿が最近お疲れのようだから、なにかして差し上げたいと思って」

「はい」

「砂漠では、こういう時どうすればよいのかしら」

「そうでございますね……」

 フレイアは少し思案していたようであったが、しばらくして、

「ではこういうのはいかがでしょうか」

 と提案した。

 三日後、その夜も疲れて帰ってきたヴァリデスは、寝室の様子がいつもと違うことに気がついた。

「……」

 なにか、香りがするのだ。

「殿、お帰りなさいませ」

「ティーアか……」

 見ると、月の光の下でティーアが自分を待っていた。ベッドには、なにやら一面花びらのようなものが敷き詰められている。

「これは一体どうしたことだ」

 ティーアの元へ歩み寄って、ヴァリデスは尋ねた。

「薫香族の者に聞いて、疲れが取れる香りの花を選んでもらい、敷き詰めました」

「なんだと……?」

「それに、緑人族の者に頼んでよく眠れるお酒を用意してもらいました」

「……」

「政務も大事ですが、殿のお身体は一つです。あまり根を詰められては、お身体に障ります」

 今夜はぐっすりお眠りください、と言われ、ヴァリデスはふふふ、と笑った。

「これはしてやられたな」

 そして彼はティーアの顎に指を這わせた。

「一体誰の入れ知恵だ?」

「ふふ。秘密ですわ」

「礼の代わりにこのかわいらしい唇をもらいたいものだな」

 するとティーアはふっと瞳を伏せ、悲しげにうつむいてしまう。

 ふう、とヴァリデスはため息をつき、

「酒をもらおうか」

 と言って座り、ティーアに酌をさせ、ベッドに横になり、そして二人は並んで共に眠った。

 そんな二人の有り様を、シュタムが冷たい瞳でじっと物陰から見守っていた。


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