第一章 3
宮殿に到着してティーアがまずさせられたことは、荷解きもさることながら、居並ぶ女官たちとの顔合わせであった。
数十人を越える貴族出身の彼女たちの顔と名前を覚えるだけでも一苦労である。やれあれはオナシスだの彼女はアイリーンだの、ヴェルジネも相当苦労して暗記していたようだ。 もっともシュタムに至っては、いつも無表情で淡々と雑務をこなしているので、そういったことも苦にしているようには見えない。気がつけば、あの者はアイシスでございますだとか、あれはローズにございますだとかすらすらティーアに囁くので、ヴェルジネも驚いているようである。
そのなかでも、如才なくティーアに接する者がいた。
「王妃様、お初にお目にかかります」
金の髪が美しい、青い瞳の娘であった。
「フレイアと申します」
よく気が利いて、器用で、それでいて心優しく、文化や習慣の違うヴュステのやり方をさりげなくティーアに教えてくれ、それでいて押しつけがましくなく、謙虚で、話していて楽しい娘であった。
ティーアはすぐに彼女に心を許した。
フレイアもそれが嬉しいのか、悪くは思っていないようである。二人はすぐに友達のようになった。
ヴェルジネとシュタムという側近の侍女がいるとはいえ、友人がいないティーアにとっては、フレイアは心強い存在であった。
ある日、公務の合間をぬってヴァリデスがティーアを訪ねてきた。
「ティーア、元気でやっているか」
「まあ、殿」
ティーアは立ち上がって彼を迎えた。
「どうなされました」
周りの女官たちが、ひそひそと二人を見て囁き合っている。初夜になにも果たされていないのは、夜具を見れば一目瞭然であったから、このことはちょっとした公然の秘密でもあり、醜聞でもあった。しかし、ヴァリデスは平然としている。
俺は嫌がる女は抱かない、というのが彼の平生からのやり方でもあるからだ。
「これをやる」
それは小さな白い花であった。
「名は知らんが、ここでも花は咲くのだ」
花は、ティーアの故郷アルトゥムの名物だ。水と緑の豊かな土地なのだ。
「まあ……」
「じゃあな」
「あ……」
「オシリス、でございます」
「――え?」
「オシリス、という花でございます」
そこにいたフレイアが、そっと呟くように言った。
「そう……」
ティーアは嬉しそうに言った。あまりに嬉しかったので、フレイアがどこか悲しげだったのにも、気がつかなかった。
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