第13話:小さな紅葉
「…………」
「…………」
もぐもぐもぐ。近くのベンチに座り、黙って私達はシュークリームを食べる。
うん、やっぱり慣れない勇気を出したのは失敗だったかもしれない。さっきから沈黙が痛い。赤髪の子もあまり喋るのが好きじゃないのか、どこか不機嫌そうな顔でシュークリームを食べていた。おかしいな、甘い物は人を笑顔にするはずなのに。
「……美味しい?」
「……あー……アタシ、甘いのあんま得意じゃねーんだ」
「……そっか」
泣きそう。気を遣ったつもりだったけど、向こうが気を遣ってくれたのか。やっぱり知らない人からシュークリーム食べないって言われるのおかし過ぎるよね。
やばい、恥ずかしくて死にそう。今だけは自分が無表情女なことに感謝している。もし表情豊かだったら食事中のリスみたいな顔をしていただろう。
「……なんで初対面のアタシなんかに構うんだよ。金ならねーぞ」
シュークリームを食べ終えた少女は袋から二個目を取り出しながら尋ねてきた。
あれ? 甘い物得意じゃないのに二個目食べるんだ。やっぱりすごいお腹減ってたんだろうな。そりゃ分かるよ。私も魔力をたくさん使うとお腹が空くからね。
「このご時世、街でお腹を空かせた女の子が歩いてたら、それは大抵魔力切れを起こした魔法少女」
「ーーーーー同業者か」
私の言葉を聞いて少女の鋭い目つきが更に鋭くなる。
まるで殺し屋のようだ。今こうしてシュークリームを持っているだけでも全く隙がない。私なんてシューから噴き出したクリームを零しそうで慌てているというのに。
「マモノは討伐した?」
「アタシが獲物を逃すことなんざねえ……いや、最近ちょっとあったが」
「そう……優秀な魔法少女なんだね」
「はっ、あんたはどうなんだよ?」
少女は三個目のシュークリームを手に取る。私はようやく一個目を食べ終え、口元に付いていたクリームをハンカチで拭いた。
「私は弱いよ……一人じゃ何も出来ないくらい脆弱な魔法少女。多分皆の中で一番弱いんじゃないかな」
「おいおい根暗過ぎんだろ」
冗談と思ったのか、少女は鼻で笑った。
でも実際私はそれくらい弱いと思う。多分魔法少女に成り立ての子の方がまだ戦闘能力は上だと思う。私自身にマモノを倒す力は殆どないのだから。
三個目のシュークリームもペロリと食べ終え、ようやく落ち着いたのか少女は立ち上がり、腕を伸ばす。
「一応礼は言っとく。ちと飛ばし過ぎた……色んなとこでマモノ狩ってたからな」
言葉の通り、変身解除してフラついているくらいだから相当な数の戦闘をこなしたのだろう。立ち振る舞いから分かる。彼女は相当強い魔法少女だ。
「どうしてそんなことを?」
「ある魔法少女を探してる。そいつに問いたださなきゃなんねーことがあるんだ……場合によっては力づくで」
少女の目つきが今までで一番鋭くなる。何か嫌な思い出でもあったのか、地面の転がっていた石ころを蹴飛ばした。カン、と近くの電柱にぶつかる。
「正直それが正しいことかはわかんねー。でもアタシは単純だからよ、難しいことはいちいち考えてらんねーんだ」
数歩先を歩き、彼女は頭の後ろで手を組みながら言う。そして私の方をチラリと見た。
「だから悩むのはやめて、自分を貫くことにした。文句あっか?」
少しだけ笑みを見せてくれた。少女らしい可愛い笑顔を。でもすぐにそれは引っ込み、また鋭い目つきに戻ってしまう。
私は食べ終えて空になった包み紙をクシャリと潰し、口を開く。
「ううん、良いと思うよ……本当に」
私は少女に共感し、頷いた。
そっか、この子も同じように悩んでいたんだ。そして自力で答えを出した。立派だなぁ。私なんて甘い物食べて幸せな気持ちになったから悩みが吹っ切れただけなのに。う〜ん、なんか自分が恥ずかしくなってくる。
「かっこいいね。君は正しく魔法少女だ」
「なんだソレ。恥ずかしーよ。やめてくれ」
私が率直に感想を言うと、少女は痒そうに手を払う。あまり褒められていないのだろうか。少しだけ頬が緩み、先程の緊張感が薄まった。
それから急に少女は私に近づき、ビシリと指を突き出した。
「あとアタシは君じゃねー。赤井だ」
そういえば自己紹介もしていなかった。名前を明かしてくれるということは少しは心を開いてくれたということだろうか。魔法少女仲間は少ないから正直嬉しい。
「私は黒川景。よろしく」
改めて私も自分の名前を明かす。そしてジッと少女のことを見つめた。その視線が気になったのか、腕を組んでいた少女はキョトンとした表情を浮かべる。
「なんだよ……」
「下の名前は、教えてくれないの?」
「ッ……」
私は名前まで教えたんだから教えて欲しい。
魔法少女仲間との交流に飢えていた私はつい欲張ってしまった。すると少女は顔を赤くし、しばらく悩むように唸っていた。
「シュークリーム代だ……普段は絶対教えねーんだからな」
はぁと大きくため息を吐いた後、少女は諦めたように顔を上げる。そして小さく、本当に小さく音を発した。
「紅葉」
でもソレはしっかりと私の耳に届いた。
「赤井紅葉ちゃん……可愛い名前だね」
「ちゃん付けすんな! バカが! 気に入ってねーんだよ。コレ」
「そう? 私は良いと思うよ」
紅葉ちゃんは私の肩をベシベシと叩いてくる。すっごい痛い。この子小さいのにめっちゃ力強い。やばい、折れるかも。
怒りをぶつけ終わった後、紅葉ちゃんはもう一度ため息を吐き、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。
「じゃーな、景。精々魔法少女活動で死なねーよーに気をつけろよ。弱いんだったら」
「うん……またね。紅葉ちゃん」
「うるせぇ! 名前で呼ぶな!!」
べっと可愛らしく舌を出して紅葉ちゃんは逃げるように走り去ってしまった。私も大分軽くなった紙袋を手に持ち、紅葉ちゃんとは反対方向に歩き始める。
名前で呼び合う……すごい青春って感じ。なんだか濃い一日になっちゃったな。あと流石に甘いもの食べ過ぎた。夜ご飯食べれるかな。
「最初は怖かったけど……話してみたら意外と良い子だったな」
赤井紅葉ちゃん。最初は狼みたいに警戒心が高くて怖い印象だったけど、魔法少女として真面目に活動しているのが話していて分かった。
「あんな小さい子が魔法少女として戦ってるんだから、私も頑張らないと」
やっぱり私に悩んでいる暇なんてなかったんだ。魔法少女が犠牲にならない世界を一日でも早く作る為に、私は私のやり方で戦う。
改めて決意を固め、私は無人の地区から立ち去った。
◇
景と別れた後、細い路地道に入った紅葉は髪をクシャクシャと掻いていた。
いつもだったら魔法少女仲間にもそうそう教えない自分の名前。紅葉にとってそれは言わばウィークポイント。それを会って数分しか経っていない相手に明かしてしまった。
「はー、なんなんだよクソ……アタシらしくねー。普段だったら群れたりなんてしねーのに」
紅葉はブラックダイヤ程孤高という訳ではないが、単独行動を主とする魔法少女であった。
馴れ合いは弱さへと繋がる。それが長年魔法少女として戦ってきた彼女の持論。
仲間が多ければ油断が生まれ、仲間が傷付けば隙が出来る。魔法少女とは一人で戦える実力を持った者だけが選ばれるべきと彼女は考えていた。
それなのにも関わらず今日初めて会った相手に僅かながらも心を開いてしまった。それは弱さへと繋がる行為。紅葉はまた頭の中に沸いてきたモヤを払うように首を振った。
「変な奴だったな。同業者にしては魔力も感じなかったし、警戒心も薄かった。ホントに魔法少女なのか?」
改めて黒川景のことを思い出す。
長い黒髪をした清楚そうな少女。かと思えば意外と卑屈だったり、どこか達観したような言動も見られる。あとは表情があまり動かないのも気になった。真っ白な肌と相まって人形のようにも見える。
「まぁでも、あんなとこ歩いてる奴は魔法少女ぐらいしかいねーか」
この辺りはマモノの侵攻のせいで住めなくなった地区だ。危険なマモノが徘徊する場所でもある為、迷子にでもならない限り近づく者は居ないだろう。
「グエグエグエグエッ」
「こんなすぐマモノが出るとこだもんな……ここは」
紅葉の背後に巨大な蛙の姿をしたマモノ達が現れる。壁を這い、あっという間に逃げ道を塞ぐ。だが紅葉は慌てることなく言葉を紡いだ。
瞬間、彼女の身体は炎に包まれ、光り輝く。
「“加速”ーーーー2倍」
次に現れたのは鎌。熱風と共にその鎌は一瞬で蛙達を真っ二つにした。気がつけば蛙達の後ろ、路地道の入り口には紅い衣装を纏った魔法少女が立っていた。紅色の髪をツインテールで纏め、炎の装飾が施された意匠を身に纏っている。
「グゴガッ……ゴガアァァァアァ???」
「シュークリーム……意外と悪くなかったな。今度買ってみるか」
ランク2、クリムゾンルビー。
最速の魔法少女は僅か一秒でその場に居た複数の蛙型マモノ達を屠り、変身を解除した。蛙達は何が起こったのか理解することもなく、息絶える。
ジャンパー姿に戻った紅葉はふぅと短く息を吐き、まだ口の中に残っている甘い味を感じながら地区を後にした。
◇
マモノ達が悪魔の侵攻を受けていると認識してから数日、彼らは自分達の縄張りに紛れ込んだ“マガイモノ”を見つける為に捜索隊を派遣していた。
まずは侵攻があったと思われる村、地区を捜索。マガイモノの痕跡を見つけ、今侵入者がどこに潜んでいるのかを割り出そうとしていた。だが現状結果は芳しくない。何せ被害があった村はマモノが綺麗さっぱりいなくなっており、痕跡など全く残っていないのだ。
「次二捜索スル村は第十五地区のホウカ」
「アソコも連絡が途絶えた村ダ。悪魔の襲撃を受ケタと見て間違いナイダロウ」
捜索隊として編成されたマモノ達は肉の大地を進み、次の目的地へと向かう。
既に村は三つも確認しており、いずれも同胞が姿を消していた。成果が得られないことから彼らは怒りと焦りを募らせ、余裕がなくなっていく。侵略することが喜びであるマモノにとって、自分達の方が侵略されているというのは耐え難い不快感があった。
この状況を覆す為にほんの少しでも良いから結果が欲しい。マモノ達がそんな希望を抱きながら第五地区へと辿り着くと、目的の村へと辿り着いた。
「マテ……今までと少し様子が違うゾ」
村に入ると、やはり同胞の気配はなかった。最初はまた悪魔の被害に遭ったのだと判断したが、隊長のマモノが異変を感じ取る。ソレは村の中央にあった。
「ゲートだ」
肉の門。まだ起動しており、異界と繋がっている。
マモノ達はもしかしたら何らかの手がかりかもしれないと思い、そのゲートへと集まった。
「破壊されてイナイ……ということは侵入者はこのゲートから入ってキタということカ?」
「……だが妙ダ。何故ゲートを残してアル? 魔法少女ならゲートを破壊したがるハズダ」
ゲートを破壊すればマモノは人間界へ侵攻出来なくなる。それなのにわざわざ残っているのは何か違和感があった。隊長のマモノは本能的に何か嫌な予感を感じ取る。すると、ゲートが淡く輝き始めた。
「ミロ。ゲートが起動している。向こうカラ誰カガ来るぞ」
「マサカ、悪魔か?」
ゲートから魔力が溢れ出し、向こう側から巨大な影がやって来る。マモノ達は警戒して武器を構えた。
「待て! ……アレは、同胞だ」
巨大な影はこちら側へと辿り着くと、フラフラとその場に倒れ込んだ。
それは一つ目の巨大な怪物。その一体だけがゲートから現れ、魔力の渦が収まる。ゲートの使用が終了した合図だ。
「グゴ……うぐ、ぅ……」
「此奴ハ悪魔狩りに派遣されたサイクロプスだ」
「生き残って帰ってキタというコトカ?」
マモノ達は戻ってきたマモノ、サイクロプスに集まり、状態を確認する。
悪魔狩りに派遣されたマモノ達は皆戻って来なかった。その捜索隊を出しても音沙汰がなくなった。悪魔に関わった者は皆居なくなる。故に生還したと思われるサイクロプスは貴重な存在であった。
「様子がおかしいぞ。怪我をシテイルノカ?」
「話を聞こう。何か悪魔ノ情報を持ち帰ってイルかもしれない」
サイクロプスは苦しそうに呻いている。マモノ達はすぐに拠点へ連れて帰ろうと彼の身体に触れようとした。その時、隊長のマモノは鼻が曲がるような嫌な臭いを感じ取った。
「ーーーー待テ! 此奴、魔力暴走シテイル!!」
マモノ達がサイクロプスに触れると、彼の身体が赤い魔力に覆われた。それはどんどん肥大化していく。サイクロプスの身体が内側から崩壊し、肉が溢れ出す。
「離レロッッーーーーーーー!!!!」
隊長が声を荒げるが、もう遅い。
辺り一帯は光に包まれ、マモノの村は消失した。残ったのは影だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます