第12話:魔法のスイーツ
「今日のニュース見たか? E地区やばいことになってたな」
「ああ、あれってマモノが大量に攻めてきたのか?」
「いやなんか魔法少女とマモノの戦いの余波でああなったらしいぜ」
翌日、学校ではどこの教室もE地区の出来事で話題がいっぱいだった。ほんの一日経っただけで街一つが消えているのだから、そりゃ皆気になってしょうがないだろう。当事者である私は相変わらずぼっち状態で椅子に座り、周りから嫌でも流れてくるその話題を聴くしかない。
「ゴールドクイーンはどうなったんだよ? 確かE地区と戦ってた魔法少女って彼女だろ?」
「動画を見た感じ、最初はゴールドクイーンがマモノと戦ってたぽいけど、その後黒衣の魔法少女が出て来たんだよ」
あ、携帯を取り出してる。多分動画を流しているのだろう。ギガントとの戦いは多くの人に撮影されていたらしく、ネットにたくさん出回っている。まぁかなり遠くからなので、私の詳細な姿やゴブリンのことまではきちんと認識出来ていないようだが。
「なにこの……黒い津波? みたいなの」
「遠過ぎてわかんねえ。この魔法少女の固有魔法なんじゃね?」
「なんか、思ったよりヤバいな」
動画を見ていた男子達は段々と顔色を悪くしていく。思ったよりショッキングな映像だったのだろうか。まあビルより大きいマモノとの戦闘は色々とインパクトが強いか。もしくはゴブリン軍団をぶつけた時にギガントの一体の身体をバラバラに引き千切らせたかもしれない。モザイク掛かってないのかな?
「これってひょっとして噂の“黒姫”か?」
「多分そう。ニュースでもそう言ってたし」
男子達は以前話していた黒姫のことを思い出したようだ。それからも彼らは他の動画を回し、色んな映像から魔法少女の正体を探ろうとしていた。
今のところ私はランク5ブラックダイヤではなく、正体不明の魔法少女黒姫として知られている。ランカーは私の正体を知っているはずだが、それを政府に流さないということは混乱を避ける為だろうか。
サクラシェードの情報によると黒姫の正体が私だということもランカーにしか明かされていないらしい。ランク1はなるべく穏便にこの混乱を片付けたいのかもしれない。
(やっぱり一度集会に出て説明するべきかな……いや、絶対上手く話せない自信がある。それにクリムゾンルビーにも私に関わるなって言った手前、自分から会いに行くの恥ずかしすぎる)
例え説明したところで納得してくれる訳ではない。私が使役しているのはマモノなのだ。魔法少女達からしたら憎むべき敵。その主である私はさぞ異形に映ることだろう。実際助けた魔法少女から刃を向けられたこともあった。
(サクラシェードに頼んで連絡のやり取りをしてみるとか? うーん、信用出来ていない状態じゃ彼女も疑われるかもしれないしなぁ)
全てではないが私のゴブリンに理解を示してくれているサクラシェード。彼女の顔を思い浮かべながら連絡方法を考える。だが結局どのやり方も上手くいかない気がし、私は頭の中のモヤモヤを払うように机を軽く叩いた。その勢いのまま席を立つ。
「……外の空気でも吸ってこよう」
休み時間はまだある。気分を帰る為に少しだけ外に出よう。
ただでさえ教室の中はE地区のことばかり話題になっているのだ。ずっと同じ話を聞いていると段々頭がおかしくなりそうになる。
私は逃げるように教室の扉を開き、ほんの少しだけ静かな廊下へと出た。なるべく教室から離れつつ、でも休み時間が終わる前には戻れるくらいの場所を探す。中庭だ。この時間帯ならそこまで人は多くない。
「青葉ちゃん、そんなに心配しなくてももう大丈夫だって」
「貴女が楽観的過ぎるのよ、柚黄。いくらエメラルドさんに治療してもらったからって、傷は残ってるんだから」
ーーーーと思ったらちゃんと先客が居た。
中庭のベンチに座り、何やら片方がもう片方の傷の状態を確認しているらしい。というか今の会話ってひょっとして……。
「でもまさかクリムゾンルビーさんと会えるなんてね。私も話してみたかったな〜」
「本当に凄かったわよ。流石最速の魔法少女と呼ばれるだけはあるわね。全然見えなかった」
二人の会話を聞いた瞬間、思わず私は壁に隠れて姿を見られないようにした。
やっぱりあの二人魔法少女だ。別に驚きがある訳ではないが、私の近くに魔法少女が居るというのが困る。正体がバレる可能性があるからだ。
そもそもあの二人、こんな学校の中で堂々と魔法少女の話をしないで欲しい。隠す気ないの?
「それにしても黒姫っていう魔法少女……なんだか大変なことになってるね」
「ギガントを複数倒せる実力は凄いけれど……正直同じ魔法少女とは思えないわね」
「……うん、ちょっとだけ怖いね」
おもむろに携帯を見ながら二人はそんな感想を零す。
やはり魔法少女側からも私の存在は恐れられているようだ。こうやって真正面から言われるとショックが大きい。いや、隠れてるから正面じゃないけれど。
仕方がないことと割り切るしかない。これまでゴブリンを見せてどの魔法少女からも拒絶されてきた。サクラシェードのような例が稀なのだ。
(これならやっぱり……集会に出ないでこれまで通り一人で戦ってた方が混乱が少ないだろうな)
少しだけ視線が下を向いてしまう。ふと地面を見ると一匹の蟻がいた。どこからか中庭に入り込んだようだ。巣への帰り道が分からなくなってしまったのか、ウロウロと色んな場所を歩いている。
私はすぐにそれから視線を逸らし、気づかれないように中庭を後にした。
やっぱり学校だと落ち着ける場所が少なくて困る。ぼっちだからなお恥ずかしいし。もうこのままトイレにでも直行しようか。
「あ、黒川さんだ」
と、考えていたら後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこに立っていたのは木梨さん。明るい表情で手を振りながら駆け寄ってくる。眩しいな。
「ん、木梨さん……」
「なにしてるのー? もうすぐ休み時間終わるよ。一緒に教室戻ろう」
木梨さんは自然に私の横に並び、教室へ向かって歩き始める。私もつい彼女と同じ歩幅で歩き始めてしまった。
なんてナチュラルな誘導なんだ。流石は陽キャの筆頭。
「黒川さん、何かあった?」
「え……なんでそう思うの?」
「ん〜、なんかいつも無表情なのが更に無表情って感じがして。勘違いだったらごめんね」
歩きながら木梨さんは軽い口調で尋ねてくる。
無表情に違いってあるのか。よく見ている。しかも私に負担を掛けないように気遣ってくれている。やっぱり木梨さんは良い人だ。うぅ、眩し過ぎて目が潰れそう。
「まぁ、ちょっとだけ……不安というか、心配ごとがあって……」
当然魔法少女のことなど言えるはずもないので、私は言葉を濁した。
良くないな。説明出来ないのならそもそも心配ごとがあるなんて言わなくて良いのに、木梨さんに心配して欲しいのかつい弱音を零してしまった。らしくない。
「そっか、じゃぁさ……今日帰りに一緒にパフェ食べない?」
「……ーーーーえ?」
◇
「ここの新作パフェが本当に美味しくてさ〜。黒川さん甘いもの好きなんでしょ? 是非知って欲しくて」
「ん…………」
今私は学校帰り、木梨さんとスイーツ店にやって来ていた。
テーブルに置いてあるのはジャンボチョコレートパフェ。中々のサイズでアイスクリームがたくさんのっており、その上にたっぷりにチョコレートソースが掛かっている。うん……女の子には可愛くない大きさだろう。まぁ私はさっきからパクパク食べているが。
「確かに美味しいけど……なんでスイーツ店に来る流れになってるの?」
「私もさー、テストの点が悪かったり、友達と喧嘩しちゃったり、何か嫌なことがあるとモヤモヤしちゃうの」
木梨さんはパフェに添えられたチョコスティックを手に取り、口で噛んでパキンと食べながらそう言う。
「そういう時は甘いもの食べてリフレッシュ。甘味って幸せな気持ちにしてくれるじゃん。特にチョコレートとか、頭が蕩けて思わず笑顔にならない?」
うん、分からなくもない。確かに私も甘い物を食べると幸せな気持ちになる。なるほど、これは木梨さんなりの励まし方だったのか。
私もパフェに添えられているチョコスティックを口にした。濃厚なチョコの味が口に広がる。うん、幸せ。
「あ、今ちょっとだけ頬が緩んだ。黒川さん本当に甘い物好きなんだね」
「うん……そうだね。好きだよ」
「おお、肯定した。良いね〜」
両手でサムズアップし、木梨さんは嬉しそうな顔をする。
今私はどんな顔をしているんだろう? いつか木梨さんみたいに明るい笑顔を作れる日が来るのだろうか。来ると良いな。
それから私達はお腹いっぱいになるまで堪能した。木梨さんが紹介してくれたスイーツ店は本当に美味しかった為、思わずお土産にシュークリームを買ってしまう程だった。商売上手なお店だ。
「ありがとう、木梨さん……美味しいスイーツ店教えてくれて」
「ううん、黒川さんが元気になったなら良かったよ〜」
「……ちょっとだけ、頭のモヤモヤも晴れた。私、頑張ってみるね」
「お〜、よく分からないけど応援するよー」
お店前で私達は別れ、手を振ってそれぞれ別の道を歩いて行く。
少しだけ木梨さんと仲良くなれた気がする。こういうことはあまり経験してこなかったから新鮮だな。特に悩みを相談した訳でもないのに不思議と頭の中はスッキリしている。
「学校のクラスメイトとスイーツ食べる……青春っぽい」
私はシュークリームが入った紙袋を握りしめ、心なしか朝よりも軽い足取りで道を進んだ。
そうだ。最初から答えなんて決めていたんだ。私はマモノを全て狩る。それだけは絶対に揺るがない目的。うだうだ悩んでいる暇などなく、ただ突き進むのみ。ーーーー懺悔は後でいくらでも出来る。
(ゴブゴブ……)
「ーーーーん、作戦は順調に進んでいるね。じゃぁそのまま占領しておいて」
向こう側のウィザードゴブリンから報告が入る。どうやら私の計画は問題なく進んでいるようだ。これならマモノ達が動く前に攻撃を仕掛けることが出来るだろう。後必要なのは盛大に花火を打ち上げる火薬が必要といったところか。
「火薬……出来るだけ大きいマモノが良いな。理想はギガント程。まぁその分捕まえるのも面倒だけど」
とりあえず手頃なマモノを捕まえて実験しよう。その結果から今後の作戦も決まっていく。私はゴブリン達に指示を飛ばし、携帯を取りだした。近くにマモノが出現した情報はないだろう。なんて考えながら歩いていると、いつの間にか人気のない場所まで来てしまっていた。よく見たら周りは廃墟だらけ。そういえばここもマモノに破壊されて人が住めなくなった地区だったか。
「ーーーー……ん?」
人気のない場所、と思っていたのだが厳密にはそうではなかった。一人だけ人間は居た。
私の前でフラフラと歩いている小柄な少女。目立つ赤い髪を長く伸ばし、狼のような目つきしている。服装もジャンパーを半脱ぎで着ており、なんというか不良娘みたいな見た目をしている。
正直コミュ障の私からしたら相手が小柄な少女でも怖くて近付き難い。あとああいうのは大抵強いって相場が決まってるのだ。多分不良グループの二番目に強いキャラとかだと思う。
「…………」
う〜ん、本当だったらさっさと逃げたいところなんだけど、あの子さっきから調子が悪そうなんだよね。歩き方がぎこちないし、身体もフラついている。コミュ障の私でもあんな状態を放っておける程心が冷たい訳ではない。
仕方ない。私は一握りの勇気を出すことにした。
「ねぇ……君」
「ーーーーあ?」
恐る恐る私が声を掛けると、赤髪の少女は予想通りギロリと目つきを鋭くさせ、私のことを睨んできた。
やっぱりめっちゃ怖い。なんならマモノよりも怖いかもしれない。なんでこんな小さいのにプレッシャー強いの?
「大丈夫? フラついてるけど……」
「……ほっとけ。ちょっと調子悪いだけだ……さっさとどっか行け」
「…………」
取り付く島もない、と言った態度で少女は私を拒絶する。本当に獣のように警戒心の強い子だ。でもそんな彼女のお腹から可愛らしくグーと音が鳴った。
しばし、私と少女の間に沈黙が訪れる。
先に動いたのは私だった。持っていた紙袋を掲げ、口を開く。
「お腹空いてるんでしょう? シュークリームあるんだけど、食べない?」
「……なんだお前?」
心底変な人を見るような、なんなら少しだけ哀れみを含んだ瞳で少女は私のことをもう一度睨んできた。
うん、泣きそう。
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