第11話:魔法少女でいられない
「緊急速報です。E地区が魔法少女とマモノの戦闘で壊滅しました。幸いにも避難は既に済んでおり、死傷者はゼロ。現場では自衛隊が調査を行っております」
映像が流れる。場所はE地区、だったもの。見渡す限りが瓦礫の山で、危険区域としてテープが貼られている。記者と思われる女性はヘルメットを被ってその前に立っており、マイクを手に中継を行っていた。
「ドローンの撮影から判明したことは、この戦闘でランク5ゴールドクイーンが重傷を負ったとのことです。しかしマモノを討伐したのは別の魔法少女……“黒姫”と呼ばれる者」
映像が切り替わる。ドローンで撮影された画質の新い映像だが、そこには黒衣の魔法少女がギガント三体と対峙している姿が映されていた。そして次の瞬間、黒い波のような物がビルごとギガント達を飲み込んでいく。そこで映像は途切れた。
「SNSでは黒姫と思われる魔法少女がE地区でマモノと戦う動画が出回っております。この戦いでE地区は瓦礫の山と化しました……現在政府は危険な魔法少女として黒姫の情報収集に尽力しているとのことです」
プツンと画面が真っ黒になる。宙に映し出されていた映像は水面が波打つように消えていった。それを見ていた二人の魔法少女は重苦しい雰囲気のまま椅子に座っている。
「これが……E地区で起こった事件だってよ」
片方の魔法少女、クリムゾンルビーが頬杖をつきながらもう一人の魔法少女、ホワイトクォーツに伝える。
今彼女達が居る空間は集会の間。E地区が壊滅したという情報を受けて急遽開かれ、ランク1とランク2である彼女達が状況を整理することとなった。
「ゴールドクイーンの容態は?」
「エメラルドの奴が治療してる。命に別状ないらしいが、魔力の使い過ぎで身体がボロボロ。しばらくは安静だそーだ」
負傷していたゴールドクイーンは無事クリムゾンルビーが保護。そのまま治癒魔法に長けた魔法少女の元へ連れていった。
駆けつけた時、瓦礫の上で倒れているゴールドクイーンの姿を見て背筋が凍った。また仲間を一人失ったかと思った。クリムゾンルビーはギリッと拳を握りしめる。
「彼女は“黒姫”……ブラックダイヤと遭遇したはず。何か言っていなかった?」
「…………」
当然意識のあるゴールドクイーンから報告は聞いた。何よりクリムゾンルビーが一番現状を知りたかったのだ。身体に負担が掛からない程度に聞き出した。だが結局得られた情報はいつもと同じ。クリムゾンルビーは呆れたような、悲しむような、様々な感情を含めた笑みを浮かべ、口を開いた。
「バケモノだってさ」
「……そう」
バケモノ。これまでブラックダイヤと遭遇してきた魔法少女達は皆口を揃えてソレを言った。それが厳密に何を指しているのか今までは分からなかったが、今回の事件を経てその片鱗を感じることが出来た。
彼女は規格外過ぎる。魔法少女としての型に収まり切っていない。理解し難い別の存在と形容する方が正しいのだろう。
ホワイトクォーツは落ち着く為にカップを口にする。既に紅茶は冷たくなっていた。
「やはり映像とこれまでの情報から察するに、ブラックダイヤはマモノ、もしくはそれに近い魔法生物を操る魔法を有している。そしてその数は……」
「街一個ぶっ壊せる程の数。しかも上級マモノ三体おまけで、だな」
「……異常ね。彼女は」
今回の戦いはかなり規模が大きかったことから、ブラックダイヤの姿も今までよりは鮮明に捉えることが出来た。SNSで動画が出回っている程だ。これまでは都市伝説のように扱われていた“黒姫”も、実在する異常な魔法少女として認識されるようになった。今後は彼女への対応も考えなければならない。
ホワイトクォーツが頭を悩ませていると、クリムゾンルビーが立ち上がり、彼女の前まで移動すると座っている椅子に寄り掛かり、詰め寄るように顔を近づけた。
「クォーツ、今回の件、アタシはブラックダイヤが善だとか悪だとか決めつけるつもりはねえ。マモノとの戦いは常に命懸けだ。どんな結果だって起こりうる」
彼女の瞳は真剣だ。冷静に現状を理解している。
クリムゾンルビーは魔法少女の中でも特に多くの戦闘を経験して来た強者だ。そしてその結果どのような犠牲があったかも、彼女は嫌になる程経験している。故に今回のような事件が過去にあったことも知っている。だから決断しなければならない。
「ただ奴が危険な魔法少女ってことだけは確かだ。未知の力を所持して、それが簡単に街を破壊出来るものだって分かった。そんな奴を野放しにしておくことは出来ねえ」
魔法少女は人々を救う希望でなくてはならない。日々マモノの侵攻に怯えている一般人には救世主が必要なのだ。その救世主がただの殺戮兵器だと気付かれてしまえば、魔法少女達の居場所はなくなる。マモノと同じ、バケモノへと堕ちる。
「アタシはブラックダイヤを捕まえる。友好的にじゃねーぞ、本気でだ」
故にクリムゾンルビーはブラックダイヤへの対応を決めた。
捕獲。単独行動を続ける彼女を捕まえ、行動を規制する。本来は魔法少女の自由を奪うようなことはしたくないが、ことが大きくなり過ぎた。制限を設けなければまた事件が起こり、世間が魔法少女達に向ける視線はより冷たいものへとなっていく。それは避けなくてはならない。
ホワイトクォーツは眼前にあるクリムゾンルビーの瞳をただ静かに見つめ返していた。そして諦めたように息を吐くと、手にしていたカップをテーブルに戻す。
「……ええ、分かったわ。どうせ貴女が本気になったら誰も止められないわよ。好きにしてちょうだい」
了承を得るとクリムゾンルビーはこれ以上何も言うことはないと顔を離し、スタスタと歩き去っていく。彼女の姿がユラリと消えていくのを見届けながら、ホワイトクォーツは魔法でポッドを操り、カップに紅茶を注いだ。
「出来ればもう少し慎重に動きたかったけれど……ルビーが動く以上、他の魔法少女達にも通達しないとダメね」
これまで均衡だった天秤は傾いた。あまり良くない方に。温かい紅茶を口にし、少しでも気分を落ち着かせようとする。
紅茶の味は少し苦く感じた。
◇
「ーーーー観測シタ」
マモノが笑う。
赤い水面に映し出されたのは、黒衣の魔法少女がギガントを黒い闇で葬る光景。密かに人間界へ送り込んでいた虫が記録したものだ。
今回は二つの作戦が同時に行われていた。一つはギガント四体という巨大な戦力を投入することで悪魔を誘き出し、討伐すること。これは失敗に終わった。だがもう一つの作戦、悪魔の詳細な姿、能力を観測することは成功した。
人間界の虫と同程度のサイズしかない最下級のマモノ。それをギガント投入と共に送り込んだ。そして見事目的は達成された。
「ヤハリ“悪魔”は実在した……この黒衣の魔法少女コソ、我等の敵ダ」
長い銀色の髪、漆黒のドレスのような衣装、死人のように冷たい表情をした少女。これこそがマモノ達を苦しめてきた魔法少女。周りのマモノ達は宿敵の姿を初めて認識し、咆哮を上げる。
「ギガント四体の犠牲は大きいが……ソレ以上の成果はアッタ」
「敵の姿はワカッタノダ。コレカラは悪魔をコロス為に刺客を送り込ム」
マモノの長が腕を掲げ、これからの行動を周りに伝える。皆それに触発され、地面を叩いて感情を爆発させる。
「オレに行かせてクレ! 悪魔を葬り去ってクレル!!」
「いや我が行く!同胞を何人も殺されタノダ。この恨み奴を磔にセネバ収まらぬ!!」
「ならば我らも!!」
口々に同じことを言う。唾を飛ばし、牙を剥き出しにして叫ぶ姿はまさに獣だ。
ここに居るどのマモノも悪魔によって屈辱を味あわされた者達。故に彼女に対しての殺意も大きい。その仇が目に見える存在と分かった以上、居ても立ってもいられないのは仕方ないことであった。
「鎮マレ。ゲートは無限には生み出セン。全員が人間界には行けナイ」
だが中には冷静な者も居る。マモノの長は巨大な拳を掲げ、力を象徴することで周りを落ち着かせる。弱肉強食の世界で生きている単純な彼らは自らより強い者には従順だ。
「マズハ悪魔が操る“マガイモノ”を減らすノダ。我らコソが本物のマモノだと思い知らせてヤレ」
マモノの長は指標を示す。悪魔を倒す道を。
皆が腕を掲げて雄叫びを上げた。その中に一体だけ彼らが言う“マガイモノ”が紛れ込んでいることに、まだ誰も気付いていない。
「グギャギャ……マ、ザー……ノタメニ」
◇
ギガントめっちゃんこ強かった。
なにあの怪物。魔法少女の敵としてふさわしくないでしょ。もう巨大怪獣だよ。出る番組間違ってるよ。
しかもギガントの奴ら、私が悪魔だと分かった途端に大暴れして殺そうとしてくるし。なんか最後の方は破壊光線みたいなの出して街破壊してたし。マジバケモン。
本当によくゴールドクイーンは一人で一体倒せたものだ。私はゴブリン軍団を大量に投入して物量に頼るしかなかった。
「ていうかゴールドクイーンと話すの緊張したなぁ。恥ずかしくてまた質問に答えられなかったし……は〜、絶対変な奴だと思われた」
本当はもっと丁寧に説明したかったんだけど、相変わらずのコミュ障でろくに会話出来なかった。でもゴールドクイーンも一気にたくさん質問してくるんだもん。あんなのいっぺんに答えられないよ。頭がパニックになる。
「ゴブリンも結構減らされちゃったし、ギガントも殆ど鉱石だから食べられる部分がなくて悪いことばかりだよ」
「シネ! 悪魔!! マモノの怒りをウケロ……ッ!!」
目の前にゴロンと転がっている岩、ではなくギガントの頭部。ギョロッとした目玉がこちらを睨みつけてくる。
宿敵の私を殺したくて仕方がないのか、身動きが取れない状態にも構わず叫んで威嚇している。なんか玩具でこういうのあったな。
「頭だけでよく喋れるね。恐ろしい生命力……ねぇ、なんで私のこと狙ってるの?」
「悪魔! アクマ! アクマグマァ!!」
今回のマモノ達には明確な目的があった。悪魔ーーーー私のこと。
マモノ達から悪魔と呼ばれるのはいささか不満があるが、まぁ恐怖しているのならば良しとしよう。着実に私という魔法少女が影響を与えているということなのだ。計画は順調に進んでいる。
「どれだけの規模が私の存在に気付いた? そっちに侵攻してるゴブリンのことも知ってるの? 私を殺して侵攻を止めるつもりだった?」
「アクマ……! アグ、マァァ……ッ!」
私は情報を聞き出そうとするが、ギガントはただ同じ言葉を連呼するだけで会話に応じてくれない。いつもと同じだ。マモノは人間を完全なる格下として認識しているのか、対話してくれない。人間が地面に居る蟻を気にしないのと同じことなのだろう。
「ガァァァアァ……!」
「流石に限界か。良いよ、壊しちゃって」
「グギャギャギャギャギャギ!!!」
電池が切れた玩具のようにギガントの声が掠れていく。ようやく死ぬのだろう。私が合図を送ると周りに待機していたゴブリン達が暴れ出し、武器を叩きつけ始めた。あっという間に岩の塊だったギガントの頭は砕け散る。
さて、結局まともな情報を得ることは出来なかったが、今回の動向でマモノ達の侵攻に変化があることは分かった。
私は腕を組みながらトントンと指で自分の腕を叩く。森の中で吹いている冷たい風が私の頬を撫でた。
(わざわざ偵察用の虫も撒いているぐらいだし……今回の目的は“私”を見つけ出すことだったんだろう)
ギガントと戦っている際、周りに小さな虫のマモノが飛んでいた。アレは視界を向こう側に送る特殊なマモノ。要するにカメラで撮られていたという訳だ。
破壊しても良かったのだが、どうせギガントとの戦いはドローンや一般人が撮っていた映像で知れわたる。なら敢えてマモノ側に私の存在を知らしめても良いと判断した。その方が都合が良い。
「マモノ達がようやく私のことを観測した……計画を第二段階に移行する。ウィザード、向こうの子達に連絡を」
「ゴブゴブ」
待機していたウィザードゴブリンは頷き、手にしていた杖を掲げて呪文を唱える。周りのゴブリン達も私の指示を聞いて戦いが近いことを悟ったのか、ギャギャギャと声を上げて小躍りしている。多分彼らなりに指揮を高めているのだろう。うん、踊りは可愛い。
「……ん」
魔力探知に反応があった。こちらに向かってきている……ああ、あの子か。
今日は約束していなかったけど、この様子だと焦っているみたいだな。やはりギガント事件のことか。
仕方ない。私はパンパンと手を叩いてゴブリン達に森の奥へ行くよう指示を出す。当然ギガントの死体も運ばせた。その直後、私の前に桜色の魔法少女が降り立った。予想より三秒早い。また成長してる。
「ブラックダイヤさん!」
「……どうしたの? サクラシェード。今夜は特訓の予定はないけど……」
額に汗を浮かばせ、サクラシェードは息を乱れさせながら歩み寄ってくる。相当急いで向かって来たようだ。私はあたかも今気がついたかのように彼女の方に顔をむけた。
「特訓の話じゃありませんっ……ギガントのことです! ニュースを見ました……どこも今回の事件はブラックダイヤさんに責任があるように報道してます。ギガントが暴れたせいなのに!」
ああやっぱり、彼女は優しいからそう思ってくれるんだ。
確かに私もニュースは見た。魔法少女とマモノの戦いで街は壊滅。その反応は当然ながら良くない。一部では黒姫のせいで街が壊された、ゴールドクイーンならもっと上手くマモノを倒した、と言われている。
「なんで抗議しないんですか!? 多くの市民を守ったのにこんな扱い……! それにランカーの間ではブラックダイヤさんを捕縛するよう指令が出ているんですよ!?」
「………」
サクラシェードは怒りをぶつける場所がなくて困っているのか、力一杯拳を握りしめていた。それだけで彼女の魔力も上昇していく。やめてくれ、後ろにいるゴブリン達が魔力に当てられて興奮してしまう。
本当なら私に弁明の余地などないので大人しく帰ってもらおうと思っていたが、これは宥めないと駄目そうだ。
「戦いでは結果が全て」
「だったらブラックダイヤさんは勝ったじゃないですか!」
「……ゴールドクイーンは街への被害を最小限に抑え、ギガントを倒す際も必殺技で街を破壊しないようにした……あれが本来魔法少女の正しい姿」
ピンと一本サクラシェードの前に指を立てる。そしてそれをゆっくりと折り、私は言葉を続ける。
「対して私はゴブリンの軍団をただギガントにぶつけただけ。街を平らにし、火の海にした……多くの人々が帰る家を失った」
大きな力は使い方を誤れば人を傷つける。例え正義の為の行いだったとしても、犠牲が多ければ周りはそれを悪と断ずるだろう。
今回は偶々死傷者は出なかった。でも次は分からない。それを危ぶんで魔法少女側もランカーに私の捕縛を命じたのだ。
「魔法少女は人々の希望でなくてはならない……今回私はその理想になれなかっただけ」
「で、でも! ブラックダイヤさんが戦っていなければもっと被害は大きかったはずです……!」
「皆はそれで納得しないよ。言ったでしょ……戦いでは結果が全て」
「そんなの、あんまりです……」
サクラシェードはまるで自分のことのように悲しんでいる。胸元の前でギュッと手を握り締め、今にも泣きそうな顔をしていた。
本当に純粋で優しい子だ。私はそんな彼女を少しでも安心させようと、慣れない手つきで頭を撫でてあげた。
「気にしないで。慣れてる……それに私の目的は依然変わらない」
私が撫でながらそう言うと、サクラシェードはちょっとだけ興奮がおさまったように握り締めていた手を緩めた。痛々しく残った爪痕が私の瞳に映る。視線を変え、月夜を見上げた。三日月様が嘲笑っている。
「マモノを一体残らず狩り尽くす……その為なら私は悪魔でも何にでもなる」
なってみせるさ。この小さな身体一つではマモノを滅ぼすことなど出来ないのだから。
そうすればきっと、もう誰も傷つかないで済む。
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