第10話:悪魔と呼ばれる者


「全く、上級マモノとの戦いは嫌になりますわね……!」


 飛んでくる電車を回避し、電柱を蹴ってビルを駆ける。まるで天変地異のようにその場一帯が破壊され、ギガントの剛腕が振り下ろされる。大地が揺れ、大きなクレーターが地面に出来上がった。その衝撃波に吹き飛ばされそうになるが、黄金の光を纏わせたガントレットを振るい、同じく衝撃波をぶつけて相殺する。

 まさしく怪獣の見た目をしたギガントに、ゴールドクイーンは少女の身でありながら勇ましく戦っていた。


「こちとら明日はテストなんですのよ。勉強の時間がなくなったらどうしてくれやがりますの!」


 当然ゴールドクイーンも変身前は普通の女子学生だ。普通の女の子と同じように学校に通い、友達と遊び、真面目に勉強をしている。彼女にも日常がある。それを守る為に、彼女は拳を振るう。

 固有魔法“怪力”によって強化された拳は魔法のガントレットと共鳴し、黄金の光を纏う。直後に閃光が放たれ、凄まじい衝撃波がギガントに直撃する。だが、頑丈さを誇るその身体には僅かにヒビが入るだけで終わる。


「悪魔をダセ! 我等マモノのイカリを思い知らせてヤル!!」

「さっきから悪魔悪魔と……誰のことを言ってらっしゃいますの?」


 片腕になってもなおギガントの破壊力は衰えず、拳を振るってビルを破壊する。街に瓦礫の雨が降り注ぎ、乗り捨てられた車を潰していった。

 なるべく被害を最小限に抑えたいと思っているゴールドクイーンは歯噛みする。先程からギガントはわざと街に被害が出るような攻撃を行っている。人間を襲いたいのか、何か策でもあるのか、いずれにせよ早急に討伐しなければ街が壊滅してしまう。


(ちっ……今日は朝からマモノ退治の連続でしたから、残り魔力が少ないですわ)


 登校時に二体、お昼休みに三体、下校中に五体。既に三度の戦闘を経てゴールドクイーンの魔力は枯渇し始めていた。今は魔力回復が間に合っているが、それも限界はすぐに訪れる。


(一気に勝負を決めようと全力出してるのに、こいつちっとも倒れませんわ……流石に上級なだけはありますわね)


 怪力魔法は消耗が激しい。高い攻撃力を得られる分その反動も大きいのだ。故にゴールドクイーンは最大出力の火力で短期決戦に持ち込むのが常套手段となっている。だが今回の相手は頑丈さとタフさが売りのギガント。相性が悪かった。


「キエロ! 下等生物が! 貴様のヨウナ虫ケラの相手をしている暇などナイ!!」

「はっ、わたくしが虫ですって? 笑える冗談ですわ」


 ギガントが足で踏み潰そうとする。しかしその動きは鈍く、ゴールドクイーンは簡単に回避することが出来た。ギガントの足が固いコンクリートの上にぶつかる。その瞬間、地面が崩壊した。

 ただ踏み抜いただけでその場に巨大なクレーターが出来上がる。ゴールドクイーンはその崩壊に巻き込まれてしまい、ギガントの射程から逃れられなくなってしまった。

 その隙を逃さず、ギガントは全力を注いで拳を振るう。


「ウウウウオオオオオオオオ!!!」

「ぐっ……ーーーー!!


 まるで隕石でも落ちて来たかのような途方もない衝撃。ゴールドクイーンはそれを真正面から受け止め、両腕に怪力魔法を掛けることで何とか踏み止まった。続けて残り少ない魔力をフル稼働させ、両足にも怪力魔法を掛ける。地面が抉れ、地下深くまで押し潰されていく。

 ゴールドクイーンは苦しそうに歯を食いしばった。思わず唇が切れ、血が垂れる。それでも、彼女の瞳はまだ絶望には染まっていなかった。


「覚えておきなさい……わたくし達は正義の魔法少女。貴方達マモノを打ち倒す人類の守護者!」


 再度両腕に魔力を注ぎ込む。怪力魔法によって強化され、それに共鳴してガントレットが黄金の輝きを放つ。

 ゴールドクイーンが咆哮を上げ、地面を踏み抜いた。ギガントの拳を弾き返し、構えを取る。


「か弱き人々が居る限り、わたくし達は戦い続ける!!」 


 ギガントの懐はガラ空き。攻撃を弾き返されたせいで反応も遅れている。絶好の機会であった。今この瞬間に勝負を決める為、前魔力を拳に込める。

 奏でる言霊は魔力の源。唱える呪文は力の証。黄金の魔法少女が煌めく。


「“ゴールド・ゴッド・ゴーン”!!!」


 両腕から放たれた彗星の如き閃光。眩い黄金の光がギガントへと直撃する。そのまま上空まで吹き飛ばされ、ギガントは閃光と共に星となっていく。


「ヌガッ……ば、バカナァアアッァ……ーーーーー!!!??」


 抵抗も虚しく、ギガントは断末魔を上げると同時に爆発し、空から黄金の綺羅星が街に降り注いだ。破壊された街が美しくも儚げに黄金色に染まる。


「はー……はー……文字通り、必殺技ですわ……わたくしの魔力もすっからかんですけれども」


 両腕をダランと垂らしながら、重たい脚を引きずって何とかクレーターから脱出し、ゴールドクイーンは平らな地面の上に倒れ込む。

 魔力は完全に使い切ってしまった。無茶な必殺技のせいで身体もボロボロ。しばらくは魔法少女活動はお休みだろう。それに明日のテストも。


「ソウカ。ではもう脅威デハナイナ」

「ーーーーは?」


 ゴールドクイーンに巨大な影が被さる。

 まだ夜ではないはず。だが視界が真っ暗だ。ーーーー次の瞬間、ゴールドクイーンは吹き飛ばされた。地面を何度もバウンドし、ビルにぶつかる。


「あがっ……な、なぜ……」


 ドサリと地面に倒れ込み、血を吐く。今ので肋骨が何本か折れた。

 いや、それよりも目の前の光景の方が衝撃だ。ゴールドクイーンの前には今、倒したはずのギガントが立っていた。ーーーー三体も。


「戦いに集中し過ぎたナ。敵は一体ではナイ……奴は“尖兵”ダ」

「そん、な……」


 魔力探知を怠った。否、そんな余裕がある戦いではなかった。そもそも上級マモノ一体が街を破壊するレベルなのだ。ランカーの魔法少女ですら苦戦する。それなのにそのクラスのマモノが三体も。絶望など軽く笑い捨てられる程の現実。ゴールドクイーンは思わず笑った。その顔は泣いているように見えた。


「さて、悪魔が見つからなかったのは残念ダガ」

「厄介な魔法少女は始末デキル……確かランク5だったカ?」

「こうなってしまえば最早そこらの雌とカワランナ」


 ギガント三体はゴールドクイーンを囲み、徐々に距離を詰めていく。まだ警戒しているのだ。勝敗は最早見えているが、それでも彼女は同胞を倒したランカーの魔法少女。油断せず、確実に潰す。


「ぐっ……ううぅ」


 ゴールドクイーンは立ち上がろうと力を込める。ブチリ、と脚の方で何かが切れるような音がした。力なくまた地面に倒れ込む。冷たいコンクリートが自分を嘲笑っているような気がする。


(動け……動け動け動け、動きなさい! わたくしの足!!)


 足を何度も叩き、無理やり立ちあがろうとするが、それでも身体はもう言うことを聞いてくれない。魔力はもうない。変身時の姿を保つので精一杯だ。これではもうただの一般人とそう変わりはない。

 ゴールドクイーンにはもう、ただ苦し紛れにギガント達を睨みつけることしか出来なかった。


「三対一が不服そうだな。ヨモヤ卑怯とは言うまい。これは戦争なのだから」


 ギガント達はその醜い顔を更に歪ませ、嘲笑する。

 ゴールドクイーンもそれは理解していたはずだった。これまで何度も卑怯なマモノ達とは戦ってきたのだから。そしてその犠牲となった仲間の魔法少女達も見てきた。

 だからこれもよくある普通のことだ。敵が複数居た。敵が人間を人質にしていた。敵が魔法少女に擬態していた。それを対処出来なかったから負ける。それだけのこと。

 戦いには勝つか負けるしかない。それはどんな生物にも抗えない使命。受け入れるしかない。


「そうだね。これは戦争だよ」

「「「ーーーー!!!」」」


 それはマモノ側も然り。

 突如その場に流れた、妙に耳に入ってくる静かな声。抑揚がないというか、機械のような、そんな冷たい言葉が、その場を塗り替えた。

 ギガント達はすぐさま声がした方を見る。ゴールドクイーンも。視線の先は崩壊した建物の上。丁度ギガント達を見下ろすように、そこには黒衣の魔法少女が立っていた。


「だから私はなんだって利用する……マモノを全て狩り尽くす為なら、何を犠牲にしたってしょうがない」


 長い銀色の髪を靡かせ、血のように赤く染まった瞳でギガント達を見抜く。その表情は何を考えているのか一切読み取れず、まるで絵本でも読んでいるかのように、相手に話しかけているのではなく、ただそれを読み上げているだけのような雰囲気があった。どこか、ズレている。


「そう思うでしょ? 皆」

「キサマ……ーーーーーーーー!!!!」


 ギガント達は彼女を見た瞬間、すぐさま戦闘体勢に入ろうとした。だがとっくに遅かったのだ。

 その魔法少女が姿を見せた時点で、自分達はもう手遅れな状態であることを気付けなかった。彼ら自身もゴールドクイーンに意識を向けすぎて注意を怠っていたのだ。ーーーー既に囲まれ、攻撃を仕掛けられている。


「「「グギャギャギャギャギャギャギャァアァアァッギャッギャッギャ!!!」」」


 黄金色に染まっていた街が、闇に染まる。

 瓦礫から無数に現れたナニカが、ギガント達を包み込んだ。まるで蟻が群がるかのように、ギガント達は闇に飲み込まれる。

 ゴールドクイーンはその光景を僅かに見ただけで、もう意識を保っていられずに気絶した。耳に残ったのは、マモノ達の悲鳴だけ。










「ーーーーーーはっ!」


 ゴールドクイーンが目を覚ました時、場所は変わらずビルの真下で倒れていた。身体は未だに全身がハンマーで叩かれているような痛みが走っている。それでもある程度魔力が回復したおかげか、先程よりも身動きが取れるようになっていた。


「なっ……マモノは……え? ここは……」


 軋む身体をゆっくりと立たせ、ビルの壁にもたれ掛かりながら立ち上がる。そこで彼女は疑問を覚えた。ーーーー景色が違う。

 何故遠くに山が見えるのだろう? このE地区は復興中で所々建物が崩壊していたが、それでもビルが密集している都会だった。それにもたれ掛かっているビルの壁だと思ったのは瓦礫だった。さっきまであったビルはどこに?


「さっきまで、わたくしが居た街ですの……?」


 何もない。全てが瓦礫の山と化していた。まるで災害に飲み込まれた後のように、街は変わり果て、ゴールドクイーンに絶望を与えた。

 ギガントはどこに行ったのか? 逃げ遅れた人は居ないか? そもそも自分は何故助かっているのか? それらの疑問の答えを見つける為にゴールドクイーンは歩き出そうとする。だが答えは自ら歩み寄ってきた。


「目、覚めたんだ」

「ーーーーー!!」


 抑揚のない機械的な声。気絶する前に聞いたのと同じ声だ。

 勢いよく後ろを振り返ると、そこには黒衣の魔法少女が立っていた。相変わらず何を考えているか読めない表情で、静かにその場に佇んでいる。ゴールドクイーンは息を呑んだ。


「その姿、“黒姫”……いえ、ランク6、ブラックダイヤ」

「…………」


 その容姿と自分の知らない魔法少女である点、そしてマモノ達を倒す際に見せたあの蠢く闇……それらの情報からゴールドクイーンは彼女がブラックダイヤであると確信する。

 警戒。彼女に関しては分かっていない点が多すぎる。とにかく一人でマモノを狩り続け、その一人ではとても成し遂げられるとは思えない大きすぎる戦果には仲間の魔法少女ですら尊敬を通り越して恐怖を覚える程。実際に彼女と遭遇した魔法少女は何を見たのか、ショックを受けて脱退してしまう者が多い。

 敵ではないが友好的な味方とも言えない。ゴールドクイーンは慎重に言葉を選び、口を開いた。


「まさか貴女が、コレをしたんですの? 街が、消えてますわ……っ」

「……ギガント三体は流石に手こずる。手段は選んでいられなかった」


 やはりギガント三体を討伐したのは彼女であった。ゴールドクイーンは分かっていたこととはいえ驚愕する。

 魔力が消耗してはいたが、ランク5の自分がギガントを一体倒すのに苦戦したのだ。それを三体、ランク6の魔法少女が倒した。疑う訳ではないが信じる根拠がない。疑念が増える。


「あのマモノ達は、“悪魔”とやらを探していましたわ……」

「………」


 そこでゴールドクイーンはギガント達が度々口にしていた単語を思い出す。

 悪魔。最初は特に意識していなかった。そもそも怪物の姿をしたマモノ達の方がよっぽど悪魔なのだ。悪魔を出せと言われたところで、何をふざけたことを言っているのかと思っていた。だがソレがもし、ある魔法少女のことを指していたのだとしたら? 彼らが恐れる程の特定の敵に名を付けていたのだとしたら? その相手は一人しか考えられない。


「貴女が、悪魔ですの?」

「……」


 踏み込み過ぎか? と不安を抱きながらゴールドクイーンは尋ねた。確かめなければならない。ずっと表に姿を出さないブラックダイヤ。その本当の姿を今ここまで見極めなければ、その機会は一生失われてしまう。そんな危機感があった。


「貴女、マモノ達に何をしたんですの? 何故奴らに悪魔と呼ばれているんですの? どうやって奴らを、倒したんですの?」


 一度口にしてしまえば溜まっていた疑問を次から次へと口から吐き出された。だが肝心のブラックダイヤは無表情のまま、ただ静かにその紅い瞳でゴールドクイーンのことを見つめ返すだけだった。本当に魂のない人形のようだ。


「答えてくださいまし!!」

「……言う理由はない。どうでも良いこと」


 ゴールドクイーンが拳を握り締め、声を荒げて尋ねる。その問いに対してブラックダイヤは興味がなくなったように視線を外し、その場から歩き出した。


「私の目的はマモノを一体残らず狩り尽くすこと……それだけ分かっていれば、良い」


 彼女の脚に魔力が集中していく。

 跳躍する気だ。すぐにゴールドクイーンは彼女を引き止めようと脚を前に出した。だが力が入らず、その場に膝を付いてしまう。


「お、お待ちを……! ブラックダイヤ!!」

「さよなら」


 伸ばした手が届くことも、掴まれることもなく、ブラックダイヤはその場から跳躍して遠くへ移動してしまった。すぐに姿は見えなくなってしまう。


「くっ……!!」


 ゴールドクイーンはその場に崩れ落ち、弱々しく拳を握り締めて地面を殴った。ガントレットが鈍く光る。


「恨み言も……お礼も、言わせてくれないんですの」


 彼女に何も伝えることが出来なかった。対話することが出来なかった。彼女の血のように深く紅い瞳は、自分を見ているようで見ていなかった。きっと彼女は自分の存在などどうでも良かったのだろう。言葉の通り、マモノを狩り尽くすことだけが彼女の目的。その為ならば何が犠牲になってもしょうがない。

 ゴールドクイーンは己の無力さを呪った。雨など降っていないのに、視界は水に覆われていた。

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