第9:ゴールドクイーン


 肉の壁が集まり、城のような形を成した場所にマモノ達が集まっていた。それもただのマモノではない、上級種族の長達が集まり、会議を行っているのだ。

 普段は本能のままに暴れる彼らだが、何故かその表情は暗い。それは会議の内容が彼らの生存に関わる重要な問題だからだ。


「報告にヨルト、下層の第四地区から第七地区までマモノが居なくなっているヨウダ……」


 マモノの長の一体が重苦しい声でそう言う。ただでさえマモノの声は錆びた鉄同士が擦れ合うような不快なものだというのに、それが更に重々しくなって耳障りなものとなっている。


「マタ村のマモノ達だけが姿を消してイタ」

「コレで何度目ダ? もう大勢の同胞が被害にアッテイルゾ」


 他のマモノ達も議題に上がっていることで騒めく。

 大量のマモノ達の突然の消失。本当にある日突然、村からマモノが消えているのだ。その被害規模は徐々に広がっていっている。

 一体何が起こっているのか? マモノ達は口々に疑問を飛ばす。そこで一体のマモノが、皆を鎮まらせる為に黒曜石で出来たテーブルを叩いた。


「間違いナイダロウ……コチラ側に“ナニカ”が来ている」


 その言葉を聞き、マモノ達は一瞬言葉を失う。それだけあり得ないことなのだ。マモノの世界に異物が入り込むということは。


「そんな馬鹿ナ。人間はゲートを通るコトハ出来ない。魔法少女も攻めてコレナイハズダ」

「ナニカ侵入して来る方法でも見つかったのか? だがどうやって気ずかれずに……」

「ーーーー…………“悪魔”ダ」


 マモノ達が動揺している中、また別のマモノがある言葉を口にした。

 悪魔。それを聞いた瞬間マモノ達の光のない目に恐怖が灯る。ソレは彼らにとって天敵とも言える、正体不明の魔法少女。今最もマモノ達にとって危険な敵であった。


「僅かに情報ガ手にハイッタ……悪魔は使い魔らしきカイブツを使役しているソウダ」

「ナンダト……!?」

「この情報を入手するタメニ、我ら種族の二百の同胞が犠牲とナッタ……」


 悪魔の目撃情報は非常に少ない。理由は単純、目撃したマモノ達がそのまま悪魔に殺されているからだ。それでも僅かなマモノ達はその地獄から瀕死状態で逃げ帰り、悪魔の情報を長へと伝えた。そこでようやく悪魔がマモノと似た姿をした怪物を使役しているという情報が手に入った。

 そこから点と点が繋がり、今マモノの世界に起こっている異常現象の原因が、片鱗だけ分かり始める。


「“イブツ”が我等の世界に入り込んでいる……異なる世界を喰らうノハ、我等だけではナカッタということダ」


 敵勢力がこちら側に侵入して来ている。だが魔法少女ではない。人間ではないナニカが送り込まれてきた。そしてバケモノを使役するという情報の悪魔。一連の異常現象の犯人は奴と見て間違いないだろう。


「早急に悪魔を討伐スル必要がアルナ」

「マズは奴の正体を暴くノダ……コレまで以上に人間界に侵攻し、炙り出せ」


 まだ姿も名前も判明していない。分かっているのは黒衣の魔法少女が多くの同胞を葬り去っているということだけ。その魔の手は遂にマモノの世界にまで届き始めた。

 事態は想像よりも深刻だ。マモノの長達は今しなければならない最優先事項を定める。


「我等マモノの恐怖を思い出させてヤレ……ーーーー悪魔狩りだ」








 ガタンゴトン、と古臭い音を立てながら電車が揺れる。

 昔はただ窓の外を眺めているだけだったこの狭苦しい箱の中も、今は夥しい量の広告にモニターも付いている為、退屈することはない。まぁ結局携帯を見ている時間が一番長いのだけれども。


「見ろよ、魔法少女クリムゾンルビー、また上級マモノを討伐だってさ」

「流石ランク2だよな。今週で三体目じゃないか? 活躍し過ぎだろ」


 前に座っている男子生徒達が魔法少女達の話で盛り上がっている。私もちょっと気になって携帯を取り出し、ニュースを確認する。

 最速の魔法少女クリムゾンルビー、ウォーゴーレムを討伐する。

 黄金の魔法少女ゴールドクイーン、百体のマモノから街を救う。

 魔法少女黒姫、その正体とは? 味方か、それともマモノか。

 

 ……うん、一つだけおかしいのがあったけど気にしないでおこう。最近はどのニュースも魔法少女のことばかりだ。良くも悪くも私達は話題になる。

 なにせ現実の世界でヒーロー活動を行なっているのだ。魔法という非現実的な力を駆使し、マモノという悪者と戦う。皆その戦いに心を躍らせ、羨望の目を向ける。現実など知らずに。


(今この瞬間も魔法少女達は犠牲になっている……私達はヒーローなんかじゃない。ただの兵士だ)


 電車の窓から見える外の景色。復興が間に合わず、所々崩壊したビルが並ぶ街が、E地区。この壊れ掛けている街こそが今この世界の現状だ。

 対抗手段が間に合っていない。魔法少女は絶えず誕生し続けているが、明らかに数が足りない。少し前まではただの少女だった子達が戦場に駆り出されているのだ。経験も実力も、何もかもが不足している。

 そして魔法少女は組織ではない。ランカーという実力者がおり、ランク1がリーダーとされているが、個々の活動が尊重されている。良くも悪くも魔法少女は慈善活動。マモノという大軍を相手に今はギリギリ抵抗しているが、いつかはそれも限界を迎えるだろう。


(ゴブゴブー!)

(ん……下層の一部は制圧出来たね。じゃぁ一度群れを集結させて、守りを固めて。もう少し数を増やそう)


 頭の中にゴブリンからの念話が届く。向こう側に送り込んだゴブリン軍からの報告だ。侵攻は問題なく進んでいるらしい。

 既に幾つかの村は攻め落とし、拠点となる場所を作り上げている。これならば予定通り計画を第二段階に移行しても良さそうだ。私は少しだけ安堵し、肩が軽くなったのを感じた。


(思ったよりも順調に侵攻は進んでる……後はどれだけ気づかれずに軍隊を大きく出来るか)


 この世界を真に平和にする方法はマモノを一体残らず狩り尽くすことだ。そしてその根源となるマモノの世界、向こう側を侵略してしまえばそれは実現出来る。少し飛躍し過ぎな部分もあるが。だが現状異界と繋がるゲートがマモノ側の手によって発生しており、それを止める手立てが判明してない以上、侵略を優先目標として進むしかない。

 先は長い。私が生きている内に果たすことが出来るか分からない。これが本当の戦争だ。


「ーーーー警告。付近にマモノが出現しました。緊急停止します」


 突如、不安を煽るような多げなばブザー音と共に電車が急ブレーキを掛けて止まる。電車内が大きく揺れ、思わず倒れてしまう乗客が居た。


「えっ、マモノ!?」

「どこどこ、え、やば……!」


 人々は騒めき、何事かと止まった電車内から外の様子を伺おうとする。特に先程魔法少女の話題をしていた男子生徒達はどこか緊張感のない様子で、マモノを見ようと窓側に移動していた。

 

(まぁ当然……こっち側の戦いにも集中しないとね)


 とにかくマモノは数が多い。ゲートを通って何百体というマモノ達がこちら側に毎日やって来ているのだ。とにかく倒し続けなければあっという間にこの国はマモノだらけになってしまう。


「緊急事態により扉が開きます。ただちに避難してください」

「おい、マモノどこだよ」

「アレじゃね? うわ、でか!」


 電車の扉が開き、人々が避難を始める。

 マモノの出現はよくあることの為、こういった時の避難方法も既に把握している。線路の近くに緊急時用の出口があり、それを使ってとにかく遠くへ避難するのだ。かくいう私もこのような避難は三回目である。

 だが慣れというのは恐ろしいもので、緊急事態でも何度も経験すると心に余裕を生む。そしてその余裕が油断へと繋がっていく。現にマモノの出現が日常となってしまった男子生徒達は、命の安全よりも自分達の好奇心を優先してしまっている。


「オオオオオォオオオオオオオォオォォォッ!!」


 その時、大地を震わせる程の大きな咆哮が響き渡った。電車内の窓に波紋が伝わるように揺れが広がっている。その咆哮を聞いて人々は恐怖の声を上げ、思わずその場に屈んだ。

 私は咆哮が聞こえた方角を確認する。するとビルの合間から巨大なマモノが出て来ていた。

 人型。しかしその大きさは十階建てのビルと堂々。身体中が鋭利な形状をした鉱石に覆われており、まさに怪獣と称するにふさわしい見た目をしている。


(ギガント……! 上級マモノでしかもあのサイズ……厄介だな)


 見た目通りの怪力と、ミサイルを撃ち込んでも傷一つ頑丈さを誇り、純粋にその強さから上級マモノとして認定されている。要するに弱点が少ないせいで搦手が効き辛く、戦える魔法少女が限られているのだ。


(不味い……アレに対抗出来るレベルのゴブリンが近くに居ない)


 おまけに今配備しているゴブリン達は皆小型、索敵に特化させている。あんな規格外のマモノが相手では、流石に数を武器とするゴブリン達も蟻のようにただ踏み潰されてしまうだけだ。奴と戦うには少し時間が要る。


「ウオオォオオオオオオオ!!!」

「おいおいおい、やばい! こっち来たぞ!」

「逃げろ逃げろ逃げろ!」


 非情。マモノはそんなことお構いなしに、丁度電車から避難しようとしていた私達に狙いを定めた。人が多かったからだろう。もしくは本当にただの気まぐれか。

 近づいて来たギガントはその剛腕を振るい、線路の上に居る私達に向かって振り下ろす。辺りが暗闇に覆われ、突風が起こる。


「ゴールドインパクト!!」


 だが私達にその腕が直撃することはなかった。突如眩い閃光が走り、岩の腕が弾かれる。衝撃で腕が後ろまで吹き飛ばされたギガントはよろめき、近くのビルにぶつかった。ガラガラと瓦礫とガラスが散り落ちていく。

 そしてその近くのビルに一人の魔法少女が降り立った。


「オーホッホッホ! 下賎なマモノはわたくしがぶち転がして差し上げますわ!」


 言うなればそれは黄金。後光でも差しているかのようにその姿は光り輝いており、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 髪色も同じく黄金。それをポニーテールで纏め、衣装は太ももや脇が見える露出の多い金の鎧と、魔法少女としては少し変わっている。容姿端麗でキリッとした目つきをしており、赤いアイシャドウがトレードマーク。

 そのヒーローは堂々とビルの屋上に立ち、自身よりも遥かに巨大なマモノと臆することなく対峙していた。


「あれは……! ランク5、魔法少女ゴールドクイーン!」

「うわ、俺生で見るのは初めてだわ……! 写真撮らなきゃ!」


 民間人は突如出現した救世主に騒ぎ出し、彼女がランカーの魔法少女であることに気がつくと、先程までの恐怖など忘れ、その姿を拝もうと集まり出した。

 黄金の魔法少女、ゴールドクイーン。派手な見た目に派手な戦い方、そしてその独特なお嬢様言葉から人気の魔法少女だ。

 クリムゾンルビーの次にマモノとの戦闘目撃数が多く、SNSなどでもよく動画が上がっている。クリムゾンルビーと違ってファンサービスなども積極的に行っており、メディア露出が一番多い魔法少女だ。


「魔法少女……キサマが“悪魔”か?」


 ビルにめり込んでいたギガントが体勢を立て直し、ゴールドクイーンを睨みつけながら尋ねる。

 え、悪魔? それってまさか私のこと? あのマモノ、私を探していたのか?

 

「悪魔ですって? この高貴たるわたくしが悪魔の訳ないでしょう! わたくしは豪華絢爛、最強無敵の魔法少女、ゴールドクイーンですわ!!」


 ダンと床を蹴りながらゴールドクイーンは大声でそう言い放つ。まるで台本でもあるかのような台詞だが、彼女の場合はあれを素で言っている。色々と情熱的な性格なのだろう。その真っ直ぐさにファンになる人は多い。


「悪魔でないのナラ用はナイ……シネ!!」

「死ぬのはそちらでしてよ! マモノ風情が!!」


 ギガントは再び剛腕を振るう。ゴールドクイーンも跳躍し、ガントレットに黄金の光を纏わせながら拳を奮った。まさしく像と蟻がぶつかり合うようなスケール差。それなのにも関わらず、ゴールドクイーンの拳からは黄金の光が放たれ、ギガントの腕に傷をつける。ビキビキと硬質な肌が破壊され、腕に亀裂が入った。


「ヌ……ッ!!」


 だがその程度ではギガントも引かない。マモノの回復力は高い。すぐに腕は元通りになり、近くのビルを破壊して瓦礫の雨を降らす。すかさずゴールドクイーンはその場から高速で移動し、瓦礫の雨をすり抜けてギガントの足元へと滑り込んだ。


「ゴールド……クラッシュ!」


 飛び上がり、拳を振るってギガントの腕を殴る。ガントレットから黄金の閃光が放たれ、ギガントの腕が衝撃音を立てて内側から破壊されていった。


「ゴア……ッ!」

「あらあら、ご自慢の拳がなくなってしまいましたわね。上級マモノと言ってもその程度ですの?」

「舐めるナ……下等生物如きガ!」


 流石に跡形もなく破壊されてしまえば再生は出来ない。だが片腕がなくなった程度ではマモノは止まらない。ギガンと依然変わらず圧倒的な攻撃力で街を破壊しながらゴールドクイーンを倒そうとする。ゴールドクイーンもそれを真正面から受け止め、時にはいなし、攻撃を確実に当てていく。


「すげー! 圧倒的じゃん、ゴールドクイーン!」

「動画アップしよ。これめっちゃいいね付くぞ!」


 線路の上でその様子を眺めていた乗客の一部が盛り上がり、携帯を取り出して動画を撮っていた。つい先程まで死にかけていたことなんて完全に忘れているらしい。


「君達、早く避難しなさい!」

「平気だって、ランカーの魔法少女が戦ってるんだし」

「それよりこんな熱い勝負見逃す方が馬鹿だろ。やっちまえー、ゴールドクイーン!」


 魔法少女が助けにきてくれたことで心に余裕が生まれてしまったのだろう。避難するように指示されても全く聞く様子がない。仕方なく私は数体のゴブリン達を線路に呼び寄せる。


「ゴブゴブ」

「えっ……ひ!? マ、マモノ!?」

「な、なんでっ、離せ! うわ、誰か助けて……ッ!」


 乱暴に乗客達を持ち上げ、安全な所まで運ばせる。乗客達はマモノのゴブリンをかなり怖がっているようだが、逃げる駄賃だと思って我慢してもらおう。戦いの余波で死ぬよりはよっぽどマシなはずだ。


「はぁ……ああいうのが居るから魔法少女はいつも全力で戦えないんだよ」


 私は避難している乗客達に気付かれないよう、その場から離れて建物の陰に身を隠し、ゴールドクイーンの戦闘を観察する。

 彼女がこのままギガントを倒してくれるなら良い。ランク5の実力は伊達ではない。簡単に言ってしまえばランク6の私より強いことになるのだ。だがどんな戦闘にも絶対というものは存在しない。


(まだ一般人の避難が済んでいない……ゴールドクイーンは周りに被害が出ないように戦っている)


 己の力を制限することなく、好きなだけ街を破壊しながら戦うギガントと違い、正義の味方であるゴールドクイーンはギガントを人気のない場所に誘導しながら戦っている。人に直接被害が出る攻撃を回避せずにわざわざ受け止めている程だ。派手な言動とは裏腹にかなり繊細に戦っている。

 

 ーーーー加勢すべきだろうか?

 だがゴブリンを投入したところで敵のマモノだと判断され、攻撃されてしまうかもしれない。それにまだギガントに対抗出来るゴブリンは到着していない。

 ここは今自分に出来る最善の行為をすべきだろう。そう判断した私はパチンと指を鳴らした。すると私の元に無数のゴブリン達がどこからともなく現れ、頭を垂れる。

 ……いちいち頭は下げなくて良いのに。


「一班は逃げ遅れた人達の保護。二班は安全な避難経路を確保。残りは他にマモノが居ないか確認……一分でやって」

「ゴブゴブ〜!」

「ゴー!」


 私が指示を出すとゴブリン達はきちんと聞き分け、班に分かれて街へと散っていく。

 まだ逃げ遅れた人がそこら中に居る。落ちてきた瓦礫で身動きが取れない人も居る。そういう人達を助けるのに、小回りが効いて数の多いゴブリンはうってつけだ。問題はマモノと思われて怖がられるということだが。

 私は改めてゴールドクイーンの方に視線を向ける。黄金の閃光が舞い、その中心で構えを取っている彼女が居た。そのガントレットは光が増していき、振り抜くと同時に眩い光が放たれ、ギガントを吹き飛ばす。


「確か……ゴールドクイーンの固有魔法は“怪力”。筋力を増強する魔法」


 私のゴブリン生成のように、その者だけが有する特別な魔法。

 更にゴールドクイーンの固有魔法は魔力自体に怪力魔法を掛けることで黄金の光を纏わせ、破壊効果を持った攻撃を行える。

 シンプルで強力な力だ。応用も効くし、理論上ではどこまでも攻撃力を上げることが出来る為、魔法少女の中でも最も瞬間火力の高い魔法少女と呼ばれている。だがもちろん、どんなに強大な力にもデメリットというものは存在する。

 私は少しだけ視線に不安を混じらせ、絶え間なく攻撃を続けているゴールドクイーンを見つめる。


「さっきから出力全開で戦っている……保つのか? 上級マモノ相手に」


 遠目だが彼女の表情に僅かな焦りが浮かんでいる気がする。

 もしもこのまま魔力が枯渇すれば……ーーーー少し良くない状況になるかもしれない。

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