第8話:美味しいご飯
夜空と水面だけが広かる幻想的な空間。そこに二人の魔法少女がテーブルを囲んでいた。
一人はランク1、ホワイトクォーツ。いつもなら剣を地面に立てて鎮座している彼女だが、今回は優雅に紅茶を飲んでいる。もう一人はランク2、クリムゾンルビー。相変わらずテーブルに脚を乗せ、不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「そう……それで、ブラックダイヤには逃げられちゃったのね」
「ああ……ちっ、あいつめ。死体みたいに冷たい目してやがった」
今回は集会ではなく、臨時で開かれた報告の場に過ぎない。ブラックダイヤの情報収集は最優先事項の為、遭遇したクリムゾンルビーがすぐに連絡を行ったのだ。
自分が体験したことを事細かく説明し、クリムゾンルビーは標的を捕まえ損ねたことを悔しがるように舌打ちをした。それを聞いてホワイトクォーツは口からカップを離し、小さくため息を吐いた。
「ルビー、貴女がすぐ熱くなる性格なのは分かっているけれど……もう少しだけ友好的に接しられなかったの?」
「ッ……だってアイツ、明らかに怪しかったんだよ。ゲートをすぐに壊さないで何かしてたんだぞ。魔法少女なのに」
指摘にバツが悪そうな表情をし、クリムゾンルビーは視線を逸らす。まるで悪戯がバレた子供のような振る舞いだ。彼女が小柄なことも相まって本当に幼く見える。ただそれも指摘すればますます機嫌が悪くなるだろう。それが分かっているホワイトクォーツは、音を立てずにカップをテーブルに戻した。
「何か理由があったかも知れないでしょう。すぐに攻撃体制に入る必要はなかったはずよ」
「くっ……う〜、分かったよ。アタシが軽率だった。わりぃ」
「うん、素直に認めてくれて嬉しいわ」
二人は上位ランカーなだけあって付き合いが長い。新人の頃から共に戦ってきた仲だ。故にクリムゾンルビーもホワイトクォーツには頭が上がらなかった。普段は強気な態度を取っている彼女も今は大人しくなり、自然とテーブルの上から脚を下ろす。
「ただ……やっぱりブラックダイヤはマモノを操っている可能性があるのね?」
「ああ、はっきり見た訳じゃないが、操作系魔法の可能性は高い」
彼女に独自の目的があるのはこの際良い。魔法少女は組織ではない。単独で戦い続ける者も居る。だが無視出来ないのは彼女の固有魔法だ。一般魔法と違って特別な固有魔法の中には大きなデメリットを持つものもある。
「だとしたら、危険性があるのは否めないわね……出来る限り早くコンタクトを取りたいわ」
「だったら今度こそアタシが捕まえる」
「友好的に、よ。あくまでも私達は同じ魔法少女なんだから」
この後に及んでも好戦的な態度を変えないクリムゾンルビー。これも長い付き合いだからホワイトクォーツは分かっていた。
少し疲れたように息を吐く。冷えてしまったカップに魔法で温かい紅茶を淹れた。甘い匂いが少しだけ心を落ち着かせてくれる。
「それに最近は“反魔法少女団体”の活動が過激になってきている……出来るだけ魔法少女間で波風立てたくないのよ」
「ちっ、うざったい奴らだぜ。アタシらが戦ってなきゃとっくにこの国はマモノに侵略されてるってのに」
反魔法少女団体、という言葉を聞いてクリムゾンルビーは嫌悪感を剥き出しにした。
様々な人間がこの世に居るように、誰もが魔法少女という存在を受け入れてくれる訳ではない。中には過激になって敵意を向けてくるものもいる。
「人間は追い込まれている時、何かに鬱憤をぶつけたくなるものなのよ。無力な自分を認めたくないからね」
ホワイトクォーツはその澄んだ青い瞳を揺らさず、静かに紅茶を口にした。
問題が起こることは仕方がない。それが世の常というものだ。大切なのはその問題をどう対処するか。それが分かっている彼女は、動揺せず、ただ冷静に思考を働かせて次の一手を考える。
「とにかく、ブラックダイヤの件は慎重に進めるわ。ルビーはもう警戒されているかもしれないから、出来るだけ彼女を刺激しないようにして」
「確約はできねえ。アタシはまだあいつを疑っているからな」
「はぁ……分かったわよ。でも報告だけはして頂戴」
クリムゾンルビーは変わらずブラックダイヤを捕縛するつもりのようで、それだけはホワイトクォーツでも制止することは出来なかった。
小さく頷いた後、話は終わりだと言わんばかりに彼女はテーブルの上に置かれていたカップの紅茶を一口で飲み干し、去っていく。紅色の魔法少女が空間の歪みに吸い込まれていき、消えていった。
「ブラックダイヤに、反魔法少女団体……問題は山積みね……世界平和にはまだまだ程遠いわ」
残されたホワイトクォーツはパチリと指を鳴らし、テーブルに置かれていたカップを消す。そして自らも立ち上がり、波打つ空間に向かうと姿を消した。
◇
料理は面倒だけれど、やらなきゃ美味しいご飯にはありつけない。
スーパーで籠を片手に、私は特売中の野菜と睨めっこをしている。今夜は野菜炒めか……でももう三日連続野菜炒めだし、流石に飽きてきた。でも安く済ませられるなら安く済ませたい。難しいところだ。
「うん……やっぱり鍋にしよう。さっぱり食べたい気分だし」
熟考した末、私は白菜を籠に入れて今夜は簡単な鍋料理にすることにした。
鍋は良い。お手軽に作れるしヘルシーだし、最後に雑炊にすることも出来る。無駄のない完璧な料理だ。
「あれー? やっぱり黒川さんだ」
「……ん」
ふと、後ろから声を掛けられる。聞いたことのある声だ。後ろを向くと、そこには私と同じく籠を持ったクラスメイトの木梨さんの姿があった。
うん、ようやく名前と顔を覚えて来た。私服姿だったから一瞬誰か分からなかったけど、声で分かった。私の記憶力も少しは機能し始めてきたか。
木梨さんは手を振りながら嬉しそうに私の方へ駆け寄ってくる。なんか小型犬みたいだ。
「偶然だねー。黒川さんもおつかい?」
「うん、そんなとこ……今日の夜ご飯の」
「へー、晩御飯かー」
そう言って木梨さんはおもむろに私の籠の中に視線を向ける。
白菜、豚肉、板チョコ、マシュマロチョコ、チョコクッキー、チョコ、チョコ……あ、木梨さんが目を細めた。いつも明るく元気な彼女がそういう表情をするのは珍しい。
「なんか……チョコ多くない?」
「糖分は脳を活性化させてくれる……栄養補給だよ」
「だからってチョコばっかりは身体に悪いよー」
ビシーと手で私の肩を軽く小突いてくる。変身していない状態の私はひ弱な為、それに抵抗することも出来ず軽くよろける。まぁ変身しててもひ弱なのは変わらないけれど。
「そういえば黒川さん、お昼休みの時いつも教室居ないよね。どこでご飯食べてるの?」
「…………」
ふと思い出したかのように木梨さんは首を傾げてそう尋ねてくる。
なにサラッと爆弾発言かましくれてるんだ。そんなの友達居なくて一人で食べてるの見られたくないから教室に居ないにきまってるだろ。いつも屋上とか人気の居ない校舎裏とか、そういうとこで隠れて食べてるよ。
「……静かなとこで、食べてる」
「そうなんだ。あ、そうだ。せっかくだから明日一緒にお昼ご飯食べない?」
「……ーーーー!」
唐突な提案に私は思わず固まってしまう。
え、なんで急に一緒にご飯を食べる話になったんだ? 私達接点なんて全然ないのに。そんな風に戸惑っている私を察したのか、木梨さんは言葉を続ける。
「あ、嫌だったら全然良いよ。でも私、黒川さんともっと仲良くなりたいんだ。せっかくクラスメイトなんだし、友達のこともっと知りたいじゃん」
友達……ああそうか、彼女の中では私はもう友達なのか。
やっぱり陽キャは心が広いな。生きている世界が全然違う。本当は私なんかより、木梨さんの方がよっぽど正義の魔法少女が似合っているのだろう。
「……良いけど、私話すの得意じゃないから、退屈だと思うよ」
「ううん、大丈夫。ありがと! じゃあ明日約束ね!」
慣れないことなんてするべきじゃないのに、私は了承してしまった。すると木梨さんは本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、手を振って去って行った。
私も少しだけ手を振りかえす。木梨さん程大きくブンブンと触れないが、何かに応えるかのように、数回だけ小さく振った。
それからレジでお会計を済ませた後、私はチョコを口にしながら家へと帰る。野菜やお菓子が入ったマイバッグはズッシリと重たい。ひ弱な私は少し手が痛くなるのを感じた。
「木梨さん……意外と変わってるな。私なんかと一緒にご飯食べたいなんて」
路地裏に進んで行きながら、私は独り言を零す。
こんな根暗の私とご飯なんて食べて楽しいのだろうか? 何か面白い話のネタでも用意しておいた方が良いだろうか? ああ、やっぱり安請け合いするべきじゃなかったかな。でも今から断る方が印象悪いだろうし、やっぱりコミュ障だとダメなことばっかりだな。
「ニンゲン、食う……ニク……ニク!!」
「お弁当……少しはちゃんとした物にした方が良いよね。お肉ばっかりとかは引かれそうだし」
突如背後から巨大な一つ目の怪物、サイクロプスが現れる。
怪力を誇るマモノだが知能が低く、片言でしか喋れないマモノ。それでもその巨体を隠し、人気のない場所で人間を襲うだけの地力はある。まぁ無駄なのだが。
サイクロプスが私を捕まえようと腕を伸ばすが、その手が私を捉えることはなく、突如その巨体は上空から舞い降りたゴブリン達の棍棒によって地面に叩きつけられる。
「ゴブバァアッ……!!?」
「マモノにも好き嫌いはあるの? 女子供をよく狙うけれど……やっぱり味の違いとかがあるのかな」
抵抗する暇も与えず、ゴブリン達はサイクロプスの上にのし掛かり、鎖を用いて拘束する。私は食べかけの板チョコをパキリと一欠片、口にした。
「オマエ、何者ッ……マサカ、魔法少女ッ……ギィァアァアア!!?」
鎖で拘束されても持ち前の怪力で脱出しようとするサイクロプスだが、その腕にゴブリン達が容赦なく槍を突き刺す。それも何本も。地面に固定され、動けなくなったサイクロプスはただ悲鳴を上げることしか出来なかった。
「皆食べて良いよ……お残しはダメだからね。血の一滴までありがたく頂戴しよう」
「「「ギャッギャッギャッギャッギャッ!!!」」」
明日のお弁当はそうだな……気合いを入れて少し豪華な感じにしてみようか。
久しぶりにだし巻き卵を作ろう。野菜はブロッコリーと人参、メインは炊き込みご飯のおにぎりかな。早起きしなくちゃ。
私はチョコレートを全て口に入れ、まだ柔らかくなっていない固いチョコを噛み砕いた。甘くて美味しい。
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