第7話:大切な育成
夜の森は怖いと思う人が多いと思う。多分幽霊や怪奇現象を彷彿とさせるからだろう。後は単純に危ないから。
だが常にマモノと戦っている私からすれば、地形さえ頭に入っていれば森は恐怖に繋がらない。むしろ暗さは闇討ちに持って来いだ。幽霊もゴブリンが四六時中周りに居るから気にしたことがない。だからピッタリなのだ。人気のないこの森に拠点を作るのは。
「昨日はびっくりしちゃったな……まさかクリムゾンルビーと遭遇するなんて」
森の中で綺麗な夜空を見上げながら私はため息を吐く。
ランク2、クリムゾンルビー。小柄な見た目とは裏腹に好戦的な性格で、マモノとの戦闘が最も多く目撃されている魔法少女。私は昨日、彼女と遭遇してしまった。よりにもよってゴブリンをゲートで向こう側に送り込んでいる時に。
驚いている私は質問されているのにろくに答えることが出来なかった。何せこっちは集会を毎回サボっている不真面目魔法少女なのだ。塾に行かないで本屋で立ち読みしていたのを目撃されたようなものである。そりゃ気まずくて何も言えなくなる。
しかも護衛で忍ばせていたゴブリンがクリムゾンルビーを攻撃してしまうし。隠密に特化したゴブリンだから姿は見られていないと思うけど。ゲートを通っていたゴブリンの足は見られてしまったかもしれない。
「怪しまれるよね……はぁ、正直に言った方が良いのかな。でもかなり怒ってたし……絶対色々質問されるだろうし。面倒臭いなぁ」
当然だが魔法少女はマモノに対して敵意を向けている。中には過激とも呼べる程憎しみを持つ者も。それは大切な人を失ったとか、両親をマモノに喰われたとか、必ず重たい理由がある。クリムゾンルビーにもそういった過去があるかは分からないが、戦績から見て積極的にマモノを狩っているのは間違いない。
そんな魔法少女達に私はゴブリンを操って戦います、と言っても納得してくれないだろう。酷ければ私をマモノの擬態だと思って殺しにくるかも知れない。
「そもそも私がコミュ障だから説明出来る訳がない。詰んでる……ねぇ、どうした良いと思う?」
「グッ……ガ……!!」
ふと、私は地面に転がっているソレに話しかける。
硬い鱗に覆われた巨大なトカゲ、リザードマン。いや、雌だからリザードウーマンと言うべきなのだろうか? まあここは普通に種族名で呼ぶことにしよう。
その鱗は魔法少女が撃つ魔力砲など全く通らず、口からは炎を吐き、人型らしく武器を扱う厄介なマモノ。ソレが今私の前で、鎖に繋がれて地面に縫い付けられている。
「コノ……劣等種如きガ……ヨクモ私をこんな目に……!」
「あっちの世界でも村とかはあるんでしょ? マモノ達ってどんな風に過ごしてるの? 学校とかある?」
「今すぐ拘束をトケ……ッ!」
「はぁ……やっぱり会話にならないか」
拘束したリザードマンは私の話など全く聞かず、鰐のように口を大きく開けて私を噛もうとしている。もしくは炎を吐きたいのだろう。残念ながら炎袋はもう摘出しているので、今の彼女に戦える術はもうない。それを理解していないのか、それとも理解したくないのか。どちらにせよ滑稽なことだ。
「残念だよ。マモノ達とも対話が可能なら共存の道を探せたかもしれないのに……」
「貴様ラは我らの食い物ダ! 家畜風情が奢るナ!!」
「うんありがとう。そこまではっきり言ってくれると私も迷わないで済むよ」
これまで何度もマモノとの対話は試みてきた。だが結果は全て失敗。どのマモノも敵対心剥き出しで、こちらのことを見下してくる。きっと生まれた時からそういう生き物なのだ。多くの人間が蟻を踏み潰しても何とも思わないように、マモノ達にとって私達は虫ケラ以下なのだ。
ならば私のするべきことは一つ。
「マモノは一体残らず狩り尽くす。お前達は私の子達の苗床に過ぎないんだから」
「ギッ……ハラがっ……ギャ、ウギィィアァァアアァアアアッ!!?」
リザードマンの腹が尋常ではない程膨らみ、肉を切り裂いてゴブリン達が産まれる。血の噴水を浴びながらゴブリン達は地面に降り立ち、私の方を見てくる。そしてその醜い顔を更に歪ませ、手を掲げた。
「ゴブ……ゴブー!」
「おはよう、ニューゴブリン。今日からよろしくね」
「ゴブゴブ〜!」
ゴブリン達は私を母と認識している。まだ学生なのに母というのは複雑な気分だが、私は彼らを生み出した責任がある。彼らが私を母と呼んでくれるのなら、私はそれに全力で応えよう。
まだ産まれたばかりの赤子だが、ゴブリン達は既に戦える肉体に成長している。私は血だらけの彼らの側に寄り、そのゴツゴツとした腕をそっと撫でた。
「リザードマンを母体にしてるから皮膚が硬いね……魔力も潤ってる。うん、強い子になりそう」
「ゴブー」
ゴブリンは母体となったマモノの特徴を受け継ぐ。今回はリザードマンのその強固な鱗と、豊潤な魔力。成長性も素晴らしい。また強い軍隊を作れそうだ。
「ゴブゴブ」
「ん? ああ……お客さんか」
周りに配置していた護衛のゴブリンが私に報告してくる。
もうそんな時間か。時間が経つのは早い。何事も予定を立ててテキパキ進めないとね。
「皆は巣に戻ってて。巡回もよろしく……私は少しお話ししてくるから」
私はパンパンと手を叩き、リザードマンの後始末と今後の予定を指示する。そして自分はその場を後にし、森の入り口近く、明かりのある開けた場所に出る。丁度そこに、ヒラヒラと衣装を揺らしながらサクラシェードが降り立った。
「ブラックダイヤさん! こんばんは!」
「こんばんは……元気そうだね。サクラシェード」
「それはもう! 憧れのブラックダイヤさんに稽古をつけてもらえるんですから、はりきっちゃいますよ!」
まるで妖精のように幻想的な光景だ。流石正当派魔法少女。月夜に照らされて神秘さに拍車が掛かっている。私なんて黒いドレスだから、夜の闇に溶け込んでるよ。まぁ闇討ちには適してるけど。
「期待してくれてるとこ悪いけど、私は戦闘タイプの魔法少女じゃない……もう見てるから分かると思うけど、私はゴブリンを操る」
「ああ、やっぱり操作系の魔法なんですね。使い魔とかですか?」
「うん……そうだよ」
まだ私の固有魔法のことは伝えていない。ゴブリン生成のことを伝えた場合、ゴブリンの繁殖のことまで説明しなければならないからだ。
サクラシェードはかなり私のことを尊敬してくれているようだが、軍隊を作るのにマモノを苗床にしてゴブリンを産んでいる、なんて説明したら流石に引いてしまうかもしれない。今はまだ言うべきではないだろう。どっちにしろ上手く説明出来る自信がないし。
「だからサクラシェードに合った戦闘方法は教えられない……私が教えるのはマモノの効率的な狩り方」
「狩り方……?」
「実際に見た方が早い……今夜は私と一緒に行動してもらう」
そう言って私はゆっくりと歩き出す。眼前に広がるのは夜の街。そこには暗闇などなく、どこもかしくも明かりがある。そんな場所でもマモノ達は変わらず現れる。
「一緒にマモノ狩りするってことですか? やった!」
「最初だからね……前にも言ったけど付きっきりで教えられる訳じゃない。私も忙しいから」
見栄ではなく本当にゴブリンの育成で私は忙しい。産まれたばかりの子達に戦い方を教えなくてはならないし、街の至る所に配備しているゴブリン達を編成する必要がある。
「でもサクラシェードは将来有望な子だから、強い魔法少女になって欲しい」
「……!」
それでも私が彼女との時間を優先したのは、その方が得があるからと判断したからだ。
サクラシェードは原石だ。磨けば幾らでも輝く。ひょっとしたらランク1になる可能性だって秘めている。彼女が強くなってくれる方が世界平和により近づくと私は判断したのだ。
「そ、そこまで私に期待してくれるなんて……私、感動して死んじゃいそうです」
「死なないで……さ、行くよ」
サクラシェードは顔を真っ赤にして目に涙を浮かべている。
感受性豊かな子だ。素直で良いね。そんな彼女を見ても私は相変わらず無表情のまま、マモノ狩りへと出発する。
さぁ、今日もお仕事を頑張ろう。
◇
夜の空をマモノ達が飛んでいる。翼を持つ種族からすれば人間界の空はまさに天国だ。マモノの世界はそこら中に肉の壁がある為、下手をすれば捕食されるのはこちらだ。まさに地獄である。
電柱に二体のマモノが降り立った。石のようなゴツゴツとした皮膚を持ち、二本の角と大きな翼を持ったマモノ、ガーゴイル。黄色く輝く目玉をギョロギョロと動かしながら、彼らは獲物を探している。
「サイキン、狩りが上手くいかねえナ」
「魔法少女ドモのせいだ。奴ら、スグ邪魔してきやがる」
片方のガーゴイルが電線にぶら下がっているガーゴイルと憂鬱そうに話す。
低級マモノである彼らにとって人間狩りは一苦労である。なにせ今の情報社会では少し騒ぎを起こしただけですぐに魔法少女が駆けつけて来る。上級マモノ程圧倒的な力を持たない彼らでは魔法少女から逃げるので精一杯だった。
「場所を変えヨウ。D地区なら魔法少女は少ナイはずだ」
自分達が今いる場所では狩りは危険だと判断し、ガーゴイル達は翼を広げて移動する。
この近くにあるD地区。森が多くて人口も少ないが、逆を言えば活動している魔法少女も少ない。そこなら多少騒ぎを起こしてもすぐに魔法少女の邪魔は入らないと考えたのだ。
ふと、途中で黒い影が横切る。巨大な鳥の姿をし、頭に鋭い角を生やしたホーンバードだ。
「オマエラ、D地区に行く気カ? あそこはやめてオケ」
「あ? ナンデだ?」
ホーンバードはバサリと翼を動かしてガーゴイル達の前に止まる。何やら険しい表情をしている。ガーゴイルは何事かと首を傾げた。
「アソコで“悪魔”らしき姿が確認された。F地区と同じコトが起こるゾ」
悪魔、と言えば最近噂になっている魔法少女のことだ。ガーゴイル達もそのことは知っていた。だが彼らはそれを聞いても動揺せず、むしろ笑ってみせた。
「悪魔ダト? 馬鹿らしい。我々マモノこそが悪魔だ」
「サテはお前ら、最近人間界に来たな? 俺はチュウコクしたぞ……どうなっても知らナイからな」
ホーンバードは呆れたように大きく息を吐くと、大きく翼を動かして夜の空へと消えていった。邪魔が入ったガーゴイル達はケラケラと笑いながらD地区へ向かって飛び続ける。
「愚かな同胞だ。悪魔ナゾ大袈裟な名前ニ怖れて」
「人間界で生ぬるい生活を送ってイタからだろう。情けない」
ガーゴイル達は悪魔の魔法少女に関して過大評価だと考えていた。
判明している情報はF地区からマモノが消えたというだけ。それをたった一人の魔法少女が行ったなどあり得なさすぎる。事実その姿を間近で見た者は居ないのだ。どうせ情報が錯綜して間違った異名が広がっているだけだろう、と軽く考えていた。
そしていよいよ目的地であるD地区に到着したガーゴイル達は、早速標的を発見する。
「オイ、見ろ兄弟。あそこに小娘がイルぞ」
「夜中に一人で歩くとは無防備ダ。有り難く頂くとシヨウ」
夜の道を一人で歩く少女。まるで自分から食べてくれと言っているご馳走のようだ。
ガーゴイル達は顔を見合わせるとニヤリと笑みを浮かべ、その少女の元へと降り立った。
「ニンゲン、死にたくなければ俺様の言うコトヲ……」
まずは少女を怖がらせて愉しむ。食事はスパイスが大切だ。人間の泣き叫ぶ声を聞きながら食べる肉が一番美味い。どうせこの少女もマモノの我らの姿を見れば泣きじゃくって助けを呼ぶだろう。そこで脚を切り裂き、逃げられないようにして一口ずつ食べていく。
ガーゴイルはこれからの楽しい食事に思いを馳せる。だが気がつけなかった。目の前の少女がマモノを見ても全くの無表情であることに。
「ーーーー釣れた」
グチャリ、と果物が潰れるような音が鳴った。
ガーゴイルが何事かと思って隣に居る兄弟の方を見る。すると彼の腹が裂かれ、槍が突き出ていた。
「ーーーーがっ……ハ?」
「えっ……兄弟?」
そのまま兄弟のガーゴイルは槍で持ち上げられ、地面に叩きつけられる。頭まで砕かれた彼は当然もう動くことはなかった。
ソレをしたのは赤黒い肌に醜い顔をしたゴブリン。ガーゴイルの腹から槍を引き抜き、不気味な笑いを上げている。
「覚えておいて。今みたいに魔力を抑えただけでマモノは簡単に魔法少女を一般人と見間違う」
異常な状況にも関わらず少女は変わらず無表情のまま、淡々と誰かに向かって喋っている。
ガーゴイルはただ呆然としていることしか出来なかった。目の前に居る少女を襲う気にもなれなかった。何故なら自分はもう、無数のゴブリンに囲まれているからだ。
「マモノはとことん人間を見下している。だから油断しやすい。分かりやすい隙を作ればすぐ網に掛かる」
壁にも、電柱にも、そこら中にゴブリンが潜んでいる。中には弓を持っている者も。もう逃げることは出来ない。
「じゃああと一体残ってるから……今度は一人で倒してみて」
「分かりました! やってみます!」
少女の隣に、桜色の髪をした魔法少女が降り立つ。何やらやる気満々のようで、その身体からは炎のように魔力が溢れ出していた。
ここでようやくガーゴイルは獲物として狙われていたのは自分の方だったと理解した。そして気づくのが遅すぎたことも。
桜色の魔法少女が杖を振るう。夜の世界に眩い光が灯った。
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