第6話:最速の魔法少女
マモノは昼夜問わず、ゲートが開いている限りどこでも現れる。人間の事情など知ったことではなく、情け容赦なく街中に降り立って破壊の限りを尽くす。それがこの世界の現実だ。
「うわあぁぁあぁぁあ!!!」
「マモノだぁああ!! 逃げろおおおお!!!」
今日もまた、人が最も多く行き交う朝の通勤時間にマモノが現れる。
成人男性の倍はある巨体を誇り、頭部に厳つい三本の角、口からは鋭利な牙を覗かせた筋肉質な人型のマモノ、オーガ。
手には無骨な斧を持ち、それを振り回して辺りを破壊している。軽く台風が発生しているような状態だった。
「これ以上先には進ませないわ!」
「絶対にここで倒してやる!」
それを迎え討つのは二人の魔法少女。
一人は長い青髪にレイピアを持つ可憐な少女、ブルーレディ。
もう一人は短く纏めた黄色の髪に、黄色と黒のラインが施された衣装を纏うイエローハニー。
どちらもランカーではないがそれなりに活動の長い魔法少女であり、人々からの人気も高いコンビである。
「喰らいなさい! “ウォータースラッシュ”!!」
「いっけー! “インパクトスピア”!!」
ブルーレディはレイピアを、イエローハニーは魔力で包まれた拳を振るい、必殺技を放つ。青と黄色の閃光がオーガに向かって飛んでいき、爆発を起こす。
二人が編み出した合体奥義。この技でこれまで多くのマモノを倒してきた。今回も見事直撃し、絶対に倒しただろう。そう思った二人だったが、現実はそう甘くなかった。
「ナンダァ? 今のは。くすぐったかったぞ。アレが技のつもりか?」
「う、嘘でしょ……」
「全く、効いていない……ッ」
爆風の中から現れたのは無傷のオーガだった。いとも簡単に、二人が今まで抱いてきた自信とプライドは砕け散った。自分達が積み上げてきた物が全く効かない。無価値。たった一撃だけでそれを理解させられてしまった。
「教えてやる。“技”というのはコウイウものダ!!」
オーガが斧を振るう。ただ振るっただけではない。そこには魔力が込められ、地面に撃ち込まれる。そこから放たれたのは鎌鼬のような衝撃だった。一瞬視界が真っ白になり、遅れて轟音が鳴り響く。気がついた時にはブルーレディの隣に居たイエローハニーが吹き飛ばされていた。
「あがッ……ーーー!!」
「イエローハニー!」
一瞬で遠くまで吹き飛ばされ、ビルに激突し、動かなくなるイエローハニー。ブルーレディーは長年共に戦った相棒が一瞬で、一撃で倒されたことに青ざめる。そんな彼女を影が覆った。震えながらブルーレディは振り返る。
「愚かな魔法少女共め。下等生物がマモノに逆らえばドウなるか、その身に教えてヤロウ」
「ひっ……!」
オーガがもう一度、情け容赦なく斧を振り上げる。ブルーレディはそれを抵抗する気力もなく、手を緩めてレイピアを落としてしまった。
もう何をしても無駄だ。自分はもうすぐ死ぬ。それを理解した彼女は絶望し、ただ目の前で自分の命を刈り取ろうとする斧を見つめていることしか出来なかった。
「ああ、是非とも教えて欲しいね。下等生物のマモノ様に何が出来るのかを」
「ーーーー!!」
だがその時、オーガの背後で声が聞こえてくる。
あり得ない。気配がなかった。オーガは常に辺りを警戒していた。自分の技に隙があることも理解し、力を溜めている間に攻撃されないよう、注意もしていた。なのに今自分は背後を取られている。
オーガは斧を戻し、すぐさま後ろを振り返る。するとそこには小柄な魔法少女が立っていた。真っ赤なツインテールに、炎のような装飾が施された紅い衣装を纏っている。そしてその手には身の丈を超える長い鎌が握られている。
「ナニ……貴様、いつの間に……!?」
「おせぇよ。ノロマが」
「グゴガァア!?」
次の瞬間、少女の姿がブレた。気が付いた時には鎌を振るってオーガの前に現れる。
小柄な少女が振るったとは思えないようなインパクト。オーガの腕が吹き飛び、更に衝撃波で近くのビルに叩きつけられる。
「あ、貴女は……! ランク2、クリムゾンルビーさん!!」
目の前に降り立った紅の魔法少女を見て、放心していたブルーレディは瞳に光を取り戻す。
最速の魔法少女として知られ、これまで最も早くマモノを討伐して来たとして知られる、二番目に強い魔法少女。狼のように鋭い目つきで、魔法少女とは思えないような怖い顔をしながらクリムゾンルビーはブルーレディの方を向く。
「お前らは下がってろ。足手纏いだ」
それだけ言うとクリムゾンルビーは鎌を肩に乗せ、オーガの方へと向かっていく。ビルにめり込んでいたオーガはうめき声を上げながらも何とか体勢を立て直し、残っている方の腕で斧を構え直した。
「ぐっ……奇襲が上手くいったくらいで良い気にナルナ! 小娘ガ……!!」
「はぁ、まだ実力差も分からねえのかよ。低脳」
クリムゾンルビーは呆れたようにため息を吐き、鎌を持ち直す。カチリと音が鳴った。鎌の刃部分に付けられたエンジンが轟音を鳴らし、マフラー部分から炎が噴き出す。
「“加速”ーーーー2倍」
クリムゾンルビーが魔法を発動すると同時に、その姿は煙のように消える。そして一瞬でオーガを通り越した。轟音を鳴らしていた鎌を少しずつ音が小さくなっていき、吹き出していた炎も収まる。
オーガはただ震えることしか出来なかった。何も、見えなかった。そして理解してしまう。自分はもう負けていることに。
「ギャッ……ギ、ァ……ッ!!?」
「とっくにてめぇは死んでんだよ。アタシの前に立った時点でな」
オーガの身体がバラバラに崩れ落ちていく。認識出来ない程のスピードで切り裂かれ、何とか保っていたバランスが今崩れた。後はもう積み木が壊されるのを受け入れるように、ただ暗くなっていく視界で空を見上げることしか出来ない。
「ちっ……こんな朝っぱらからマモノが出るなんて。どこにゲートが出現しやがった?」
一瞬でオーガを倒してしまったクリムゾンルビーは不機嫌そうな表情で周囲を見渡す。
このオーガは最近まで確認されていないマモノだ。しかもこんな人混みの多い場所で、こんな巨体のマモノが気付かれないはずだ。つまりゲートを取ってこの場所に現れた可能性が高い。
ゲートがある限りマモノは出現し続ける。クリムゾンルビーはもう一度恨めしそうに舌打ちをすると、鎌を下ろしてブルーレディ達の方へ向かう。
「おい、そっちの黄色いのは大丈夫か?」
「あっ……は、はい。気絶してるだけです」
「だったらさっさとそいつ病院に連れてけ。お前も念の為身体診てもらえ」
「は、はい!」
幸いなことに倒れているイエローハニーは気絶しているだけのようで、指示された通りブルーレディは相棒を抱えて病院へと向かった。
それを見届けた後、クリムゾンルビーは再度辺りを確認する。見えるところにゲートはない。地上にあれば見つけるのは簡単だが、建物の中や地下だと少々厄介だ。
「このオーガはこっちに来たばかりの奴のはずだ。ならゲートも近くにある……早めに見つけ出したいな」
ゲートが近くにある可能性がある場合、優先的に発見して破壊することが義務付けられている。義務と言ってもランク1がそう魔法少女達に言っているだけなのだが。なんにせよゲート破壊はマモノが減ることに直結する為、優先すべき作業だ。
マモノ討伐に特化しているクリムゾンルビーも、多少面倒臭さを感じつつもそれを率先して行わなければならないと理解している。
(ん……? 魔力反応?)
ふと、ある方角から魔力を感じ取る。ほんの小さな魔力だが、何かが動いている。先程の魔法少女達の物ではない。今まで感じたことがない違和感のある魔力だった。
「こっちの方か……だがなんだ? この魔力の感覚。魔法少女のものじゃねえのか?」
疑問に思いながらもクリムゾンルビーはその正体を探る為に追跡する。
反応は地下街へと続き、避難の為無人になったモールが広がっている。物音もなく、少し不気味な光景だ。辺りには慌てて落としたのか、鞄や靴が散らばっている。
普段ならあり得ないが、これがこの世界の日常だ。マモノが現れるようになってから、人々は常にマモノの恐怖と隣り合わせ。対抗できるのは魔法少女だけの為、人々は逃走することしか許されない。
クリムゾンルビーは歯痒さを覚えながら、先へと進んでいく。魔力の反応が近くなってきた。
やがて、ある店の中で巨大な穴を見つける。どうやらオーガはここから出てきたようだ。更にその中を進むと、肉の壁が現れた。マモノ世界の特徴だ。ドクドクと脈打ち、不気味さが増している。
そして穴の先にはやはり肉の門、ゲートがあった。ただ予想外だったのは、そこに自分の他にも魔法少女が居たということだ。
「てめぇは……誰だ?」
それは、漆黒のドレスを身に纏った銀髪の魔法少女だった。無表情で、瞳に光がない、どこか死体を思わせるような少女だった。
彼女は肉の門の前で何かをしていた。よく見れば、ゲートが蠢いている。それに足が、見えていた。丁度ゲートの中に吸い込まれていくように、ソレは消えてしまう。
見間違いか? いや違う、確実に今何かがゲートを通り、向こう側に行った。そして先程まで感じていた魔力がなくなっている。
「何をしている? そのゲートで今てめぇは何をした?」
「…………」
「答えろ!!」
クリムゾンルビーを鎌を突きつけて質問を投げつける。だが黒衣の魔法少女は答えない。背を向けたまま、僅かに顔をズラして視線だけクリムゾンルビーに向けている。
「まさか、てめぇブラックダイヤか!」
「ーーーー!」
見知らぬ魔法少女であることと、その特徴からクリムゾンルビーは今目の前にいる魔法少女がブラックダイヤである可能性に気がつく。ここで無表情だった彼女の瞳が揺らいだ。動揺か? 違う、名を呼ばれてようやく認識したのだ。興味も示していなかった相手を。
疑惑は更に濃くなる。ただでさえ謎が多く、良くない噂も聞くブラックダイヤ。同じ魔法少女である以上敵とは思いたくないが、何かしらの秘密を抱えていることは絶対。
それを聞き出さなくてはならない。クリムゾンルビーは同じランカーならば多少手荒になっても構わないだろうと判断し、鎌を振おうとする。だが突如、その足元に矢が飛んできた。反射的にクリムゾンルビーは動きを止める。
「ッ……!? なんだ? どこから攻撃が……!?」
気配はなかった。魔力も感じない。矢が飛んできた方向を警戒するが、見えるのは肉壁だけ。どうやって矢が飛んできた?
ーーーー否。今集中すべきはブラックダイヤの方。そう優先順位を決めてクリムゾンルビーはもう一度彼女の方に顔を向ける。だが既にブラックダイヤはゲートから離れ、通路の出口へと移動していた。
「……ーーーー私に、関わるな」
覇気のない小さな言葉。だがよく聞こえる。頭の中で呟かれているような、気味の悪い感覚。それだけ言い残してブラックダイヤは去っていく。
当然クリムゾンルビーは追おうと思ったが、まだゲートを破壊出来ていない。今この瞬間次のマモノが出現すれば被害が出てしまう。
「くそっ……! ようやくとっ捕まえられると思ったのに……」
悔しそうに肉の地面を蹴り、鎌を振るう。巨大な一撃。ゲートは真っ二つに切り裂かれ、異界の繋ぐ機能を失う。同時に周りの肉壁も栄養を失ったかのように枯れていき、灰となって消えていった。
「やっぱりあいつ、何か秘密にしてやがるな……ゲートを使って何をしてやがったんだ?」
今から追跡してもどうせ無駄だろう。正体を知らない以上、変身を解除されれば誰がブラックダイヤか判別することも出来ない。
それにあの矢の攻撃も気になる。ブラックダイヤの固有魔法か、何らかのトラップを用意していたのか、迂闊に追うのはリスクが大きい。
ひとまずは姿を認識出来ただけでも収穫はあった。そして一番は奴がゲートで何かをしていたという事実だ。あの時、ゲートの中に何かが入っていったように見えた。あの足は人の物とは思えない、ゴツゴツとしていて肌色も悪く、同じ魔法少女の物では絶対にないだろう。
ならば何だ? ブラックダイヤは向こう側に何を送り込んだ? 人間はゲートを通ることは出来ない。あそこを通れるのはマモノだけの……はず。
そこまで考えてクリムゾンルビーは以前ホワイトクォーツから聞いた情報を思い出した。
「……バケモノ……まさかな」
ブラックダイヤと遭遇し、脱退した魔法少女。彼女はバケモノ、と呟いていたらしい。普通ならそれはマモノのことだと思うだろう。だがもしも、それが別のモノを指していたのだとすれば?
ーーーー一度も集会に参加せず、単独で戦い続ける謎の魔法少女ですか……。
ーーーー噂ではマモノを操ると聞いているが、本当に彼女は魔法少女なのか?
いつか集会でランカー達が話していた内容。疑惑がまた少し濃くなっていく。もしも、もしも本当にそうなのだとしたら。ブラックダイヤは危険な魔法少女である可能性がある。
クリムゾンルビーはまた舌打ちをし、苛立ちをぶつけるように鎌を地面に突き刺した。
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