第5話:シンコウ
昼間の退屈な授業で惰眠を過ごしていた生徒達も、下校時間には元気いっぱいになっている。学校という牢獄から解放された彼らは自由を謳歌する為、足早に去っていく。
私も同じようなものだ。ここからようやく趣味に没頭出来る。
「黒川さん、さよならー。また明日ね」
「うん……さよなら」
これからカラオケにでも行くのだろうか、制服をラフに着こなしな女子生徒達と言葉を交わして別れる。
私もあの輪に入れる日が来るののかな? ……いや、きっと無理だろうな。そもそも人前で歌う度胸なんてない。なんであんな公開処刑みたいなこと皆平気で出来るんだろう。
「さて……ーーーー変身」
人気のない路地裏に入った私は辺りを確認すると、魔法少女へと変身した。そして跳躍し、夕焼けに染まっている空を飛んで場所を移動する。
なるべく高い建物の屋上の降り立ち、しばし待機する。すると私の横に魔法少女が降り立った。
「あ、本当に来てくれた! お昼ぶりですね! ブラックダイヤさん」
「……うん」
昼間に出会った魔法少女サクラシェード。
フワフワした桜色の長い髪、フリフリの可愛らしい衣装を纏った妖精のような見た目をしている。まさに正当派魔法少女と呼ぶにふさわしいだろう。真っ黒なドレスを着ている私とは正反対だ。
「昼間は助けてくれてありがとうございました! それにこうして改めて会って頂けて……」
「まあ、約束したからね……」
いつもの私だったあのまま去っていただろうが、サクラシェードがやたら私のきちんとお礼を言いたいとのことだった為、時間と場所を改めることにした。授業にはちゃんと出ないといけないからね。
「サクラシェードは……私のこと、怖くないの?」
「え、なんでですか?」
「それは……アレを見たから」
少し、躊躇いながら私は質問するがサクラシェードはキョトンとした表情を浮かべる。
一般の魔法少女からしたらゴブリンはマモノと同じだ。常に死と隣り合わせの戦場に身を置いている彼女達からすれば、敵が間近に居るというのは恐ろしいはず。そしてソレらを操る主は、人の皮を被った化物に見えるだろう。
だから最初はサクラシェードも怖がると思っていた。でも彼女はもう一度私に会いたい言う。こんなこと初めてだったから、つい私も約束してしまった。
「ああ、ゴブリンのことですか? 大丈夫です。私はブラックダイヤさんのこと信じてますから」
なんてこないようにサクラシェードは答える。眩しい笑顔だ。とても遠慮しているようには見えない。
本当に? 嘘をついている訳ではない? 信じられないが、彼女はゴブリンを見ても大丈夫だと言う。これも初めてのことだ。
私が疑問に思っていると、彼女は少し恥ずかしそうにモジモジと指を弄りながら口を開いた。
「実は私、昔ブラックダイヤさんに助けられたことがあるんです……あの時は一瞬のことで訳が分からなかったんですけど、“黒姫”という魔法少女の噂を知って、もしかたら貴女じゃないかと思って……」
え、私サクラシェードと初対面じゃないのか。いつだろう。民間人は何度か助けたことはあるけど皆ゴブリンに怖がってすぐ逃げちゃうし。申し訳ないけど殆ど覚えてない。それに恐らく魔法少女になる前の話だから姿も違うだろう。
「だから、またこうしてブラックダイヤさんと会えて光栄なんです。私にとって命の恩人ですから」
「そう……なんだ」
彼女は本当に嬉しそうに、何なら少し目に涙を浮かべている。
なんだろう、ちょっと恥ずかしい。こうやって直接お礼を言われたことなんてないから、私までなんだか感動してしまう。ああ、魔法少女やってて良かったなぁ。
「サクラシェードは……魔法少女になってまだ日が浅いんだっけ?」
「はい、一ヶ月前くらいになりました」
「……それでランカーなんて、凄いね」
「そうなんですか? あまり他の方と交流の機会がなくて……」
一ヶ月か、本当に新人だ。それでランク入りしているんだから将来有望だ。強敵であるグリフォンにも喰らい付いていたし、この子ならすぐに私のことも越しちゃうだろう。
ただランカーということは少しだけ注意しておかなければならない。ランク10以上の魔法少女ならば集会があるからだ。上位の魔法少女達が情報の共有を行う場。強制参加ではないのだが……私はそれに参加する勇気がない。自分の魔法を知られた時、周りからどんな視線を向けられるか容易に想像出来るからだ。
「他のランカーには、私のことは秘密にしておいて欲しい」
「え、ブラックダイヤさんがそう言うならそうしますけど。なんでですか?」
「……怖がらせちゃうからね。皆を」
それにコミュ障だから他の魔法少女と関わるのが怖い。皆がサクラシェードみたいに私を好意的に見てくれる訳ではないのだ。ただでさえ固有魔法がバケモノなのだから、日陰者は日陰で大人しくしておこう。
「それに、魔法少女の仕事はマモノ狩り……馴れ合いは必要ない」
空を見上げながら私はそう言う。……なんか厨二病みたいな言い方になってしまった。口下手だから上手く会話出来ないことを説明しようと思ったのに、ちょっと強がっちゃったかな。これだからコミュ障は。
「〜〜〜〜! かっこいいです。やっぱりブラックダイヤさんは本物の魔法少女ですね!」
「本物……?」
「魔法少女の中の魔法少女って感じです!」
私の言葉がどう伝わったのか分からないが、何故かサクラシェードは瞳をキラキラとさせて感動しているようだった。
今の言葉にかっこいいところなんてあっただろうか? まあ好意的に伝わっているなら良いか。
「分かりました。このサクラシェード、ブラックダイヤさんのことは墓場まで持っていきます!」
「いや……そこまで気合い入れなくても……」
胸の前でグッと拳を握り締め、彼女は覚悟を決めた顔をする。
なんか本当に墓場まで持っていきそうな気がする。この子私のこと信仰しすぎじゃない?
「そ、それで、交換条件と言ったら大変厚かましいんですが……実はお願いがあって」
「ん……なに?」
こちらが先にお願いごとをしたのだ。向こうからも何かしら要求があるのは当然。
私は出来る範囲のことを聞き遂げようと彼女の方に視線を向けた。すると彼女は頬を赤くさせて恥ずかしそうに俯く。かわい、ヒロインかよ。
「け、稽古を付けて欲しいんです! 私、ブラックダイヤさんみたいな魔法少女になりたくて……!」
「…………」
頭を下げてサクラシェードは自分の願いを伝える。それは強くなりたいという純粋な願いだった。
やっぱり正当派魔法少女だ。でも稽古か……私の力は固有魔法のゴブリンに依存しているものだから、当然私自身の実力は低い。それこそ新人のサクラシェードより弱いだろう。そんな私が稽古を付けれるはずもないのだが……彼女の宝石のような綺麗な瞳で見つめられると断りきれない。ああ、参ったなぁ。
「構わないけど……私は基本自分のマモノ狩りを優先する。そのついでなら、良いよ」
「あ、ありがとうございます! やった……やった!」
私が先輩ヅラして忙しい感を出しながら請け負うと、彼女は嬉しさを噛み締めるように拳を握った。
ここまで尊敬してくれると何だか申し訳ないな。私なんてマモノを殺すことしか取り柄のない魔法少女なのに。
せめて彼女の期待には応えられるよう、頼りになる先輩を演じなければ。
◇
例えるのならばそこは化け物の腹の中。
空という概念はなく、至る場所が肉塊によって形成されてた地獄のような環境。当然そこに居る生き物も普通の姿はしていない。
ーーーーマモノの世界。
日々人間界に侵攻している彼らは比較的知性を持つ種族が上位に存在し、一応の社会性を構築している。だが獣に近い本能を持つ彼らは常に既に人間を捕食、支配したいという欲求に駆られており、ゲートを通って人間界に侵攻している。
彼らには様々な種族が存在し、その種族ごとに長が居る。どの種族も独占欲は強いが、一応は同じマモノ、同胞としての仲間意識から協力して人間界を侵略している。
「チカゴロ、オークの群れから遣いが来てイナイ。皆何か聞いていないか?」
「物忘れの多い奴らのコトだ。ドウセ報告を怠っているダケだろう」
この日、一部のマモノの長達が集まっていた。彼らは基本的に好き放題人間界を侵略しているが、一応は情報を共有し、計画を立てて侵攻を進める時もある。
今回も互いの種族の侵攻具合を報告し、人間界にどんな魔法少女が現れたか、または倒したかなどを共有する。そんな中でスケルトンの長が、ふとオークのことについて口にした。
「ダガ先日までは普通に報告が来ていた……何か妙ではないか?」
「ソウイエバ……オーク達はある魔法少女の索敵を任されていたハズ」
その言葉を聞いてマモノ達の表情が一瞬曇る。
彼らも上下関係が存在し、より地位の高い種族から指示を与えられることがある。それでオークはある任務を任されていた。
「ーーーー“悪魔”か」
未確認の魔法少女、悪魔。
奴の目撃情報が出た時、その地区を侵略していたマモノ達は全員討伐される。その姿を認識する暇も、情報を入手する暇もなくゲートを壊されて詳細が分からなくなるのだ。
「マサカ、全員倒されたというのか? オーク共が」
「そんなはずはナイ。人間界に全員送り込む程オークも馬鹿ではないダロウ。長はこちらに残るはずだ」
「ナラバ何故遣いがコナイ? 何も成果がナクとも報せはあるべきだろう」
任務を任されたのだから何かしら報告はしなくてはならないはず。本能の赴くままに暴れるマモノでも、知性を持っている種族は社会性を保とうとする。
何かがおかしいと、マモノ達は険しい表情を浮かべる。普段は次どの地区の人間を襲い、どんな風に弄んでやるかと楽しげに話し合うのだが、今の彼らはそんな気分にはなれなかった。
「……ソレに最近、妙な報告が来ている」
「ナニ?」
「幾つかの村がなくなっているノダ。まるで災害にでもアッタかのように……マモノが消えている」
追い討ちを掛けるように今度はトロールの長がそう言う。
この肉の世界にも村が存在する。それぞれの領地にその種族の村が散っているのだ。長はその領地を管理している。だがある時、村に住むマモノ達が綺麗さっぱり居なくなるという謎の事件が起こった。それも一度きりではなく、幾つかの村でその現象は起こっていた。
「何だソレは。そんな報告聞いていないぞ」
「俺の領地ではアッタナ。下級のマモノ共が勝手に人間界に行ったのダト思っていたが……」
当然マモノ達はそのような些細な出来事など気にせず、村のマモノ達が勝手にどこかへ移動したのだと思っていた。だがこうも同じような報告が上がっているとなれば、異常事態である。
「マサカ、こちら側に魔法少女が攻めて来ているトデモ言うのか?」
「あり得ん。奴らはゲートを通れナイ……こちら側には干渉出来ないハズだ」
一番に可能性が上がるとすれば唯一自分達マモノに対抗出来る魔法少女達の攻撃。だがゲートを人間が通ることは出来ない。無理に通ろうとすればその身体がグチャグチャになり、こちら側に着いている頃にはその辺の肉塊と変わりない姿となっているだろう。
「ナラバ同胞が反逆を起こしているとでも?」
「分からぬ。マズは調査して状況を確認せねば……」
何にせよ今は情報が少ない。判断材料がない彼らは今ここで答えを得ることは出来ないとし、互いに調査範囲を決めておくことにした。
「このコトは上の連中にも報告しておくベキカ……」
「やめておけ。上層の連中は我らの話ナド聞く耳持たん。下層のことは下層で解決シロというだけだ」
「それもソウカ……」
マモノの世界は横に広がっているのではなく、上下に広がっている。彼らが今居る場所は下層。階級が低く、実力もそれ程高い訳ではない者が住んでいる。そんなマモノですら魔法少女達からすれば討伐が困難な上級マモノと認定されるのだが。
「ーーーーマテ」
「……ドウシタ?」
会議が終わりそうになった時、マモノの一体が緊張感のある声で話を止めた。周りのマモノも何事かと顔を見合わせる。
「今、ナニか音がしなかったか?」
「音? なんの音だ。音などいつもそこら中でシテイルだろう」
マモノの世界は騒がしいところだ。肉の壁は常に動いているし、肉が増殖して新しい階層が生まれることがある。知性のない凶暴なマモノが常に暴れ回っているような場所だ。この世界に静寂というものは存在しない。
「違う……この音……ーーーー肉壁の中カラ聞こえてくる」
「ーーーーは?」
マモノは側の肉壁に手を触れる。ドクンドクンと、肉壁は心臓のように脈打っている。だがそれだけではない。そこに何か別の音が混じっている。何かを抉り、喰らうような音。
「ソレこそあり得ん! この肉壁は生きているのダゾ! 穴を開けようとすればコチラを捕食しようとして来る」
「だが実際に聞こえてくるノダ……! ナンダ!? コチラに向かって来ている……!」
その音は少しずつ近づき、大きくなってきていた。思わずマモノ達はその壁から離れる。護衛のマモノ達が長を守ろうと前に出て、壁に向けて武器を構える。
一瞬の間。未知の現象と遭遇したマモノ達に緊張が走る。ーーーー次の瞬間、肉の壁に切れ目が走った。グチャグチャと不快な音を立てて赤黒い血が吹き出し、そこから化け物の顔が現れる。
「グギャ……」
ゴブリン、と呼ばれるマモノ。
低級の中の低級と知られる最も地位の低いマモノ。一般的なマモノと比べてサイズも小さく、人型に近いことから鋭利な爪や牙、マモノにとっての武器と呼べるものを持たない弱い生き物。強いて言うなら小狡く、数が多いということくらいが特徴だろう。
そんなゴブリンがマモノ達の前に現れた。壁一面を埋め尽くすほど大量に。
「「「ゴギャギャギャギャギャギャァアァァアアアァアッ!!!」」」
肉壁が裂け、赤黒い血の噴水を浴びながらゴブリン達が飛び出す。
それは地獄だった。敵味方など分からない程場は乱れ、視界が赤く染まる。肉壁から流れ出た血とマモノ達が引き千切られて飛び出した血によって地面は水浸しとなった。
ゴブリン達は嗤う。敬愛する母の命を全うする為に、マモノの世界に侵攻する。
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