第4話:桜色の魔法少女
学校の休み時間はほんの数分しかないのに何故皆元気なのだろう?
男子は元気に廊下を駆け回っているし、女子はグループを作ってトークに華を咲かせている。生憎私はそれらの種族に属さない、休み時間は寝たフリをして静かに過ごすタイプだ。
(はぁ……眠いな)
それに私の場合は念話でゴブリン達に指示を飛ばす必要がある。マモノは四六時中現れる為、逐一情報を整理して街に配備したどのゴブリンを対処に向かわせるかなどを選択しなければならないのだ。簡単に言えば私は頭の中で常にチェスをしているような状態である。はっきり言って疲れる。遊んでいる余裕などない。
(ゴブゴブ)
(ああ……ハーピーか。付近に魔法少女が居ないなら倒しちゃって。苗床にして良いよ)
今だってそう、頭の中に念話でウィザードゴブリンの報告が届く。今回出現したのはハーピー。力はないが歌声が少し厄介なマモノだ。だが私のゴブリンなら簡単に倒すことが出来る。それにハーピーは雌だから戦力増強にも繋がる。美味しい敵だ。もちろん油断してはならないが。
(“ゲート”を壊さない限りマモノは出現し続ける……面倒この上ない)
私は小さく欠伸した後に息も吐く。弱音は吐きたくない。でも鬱憤は吐き出したい。
ゲートはマモノ達が特殊な手段を用いて作り出す異界の門だ。一方的にこちら側へ繋げてくる不条理の権化。通常の生き物は行き来出来ない作りになっている為、マモノだけがこちらへ次々とやって来る。
おまけにゲートを破壊しても向こう側でまた新たなゲートが作りだされる。要するにマモノ達が住む異世界で問題の根源を潰さなければ、この世界にマモノが存在しない真の平和は訪れないのだ。
取り繕わず言えばそれは無理ゲーである。
魔法少女は向こう側に行けないというのに、マモノ達は人間界にいくらでも来ることが出来る。更に魔法少女は人手不足なせいで人間界に出現したマモノの対処で精一杯。
うん、現状では絶対に人類はマモノに勝つことは出来ないね。
だから私は別のアプローチで問題を潰そうとしている。今はその実験中だ。
(昨日“ゲート”で送り出したゴブリンは百体……これが実を結ぶかどうかは、向こう側の別動隊と合流出来るかだな)
マモノはゲートを通ることが出来る。つまり私のゴブリンは向こう側に行ける。
既にこれまでもゲートを壊す際にゴブリン隊を送り出しており、念話魔法も問題なく機能し、向こう側の様子を私は把握している。
マモノの世界で直接攻撃を仕掛け、ゲートを発生させないようにしているのだ。
ただそれはもちろん世界を相手にするのと同義。いきなり総攻撃を仕掛けても勝機はない。今はまだ種を蒔いている段階だ。
「黒川さん、今日はなんだか眠そうだね?」
「……ん」
思考の海の中に入っている私の前に、ある女子生徒が立つ。
名前はなんだったかな、森……林……木梨さんだったかな。ゴブリンの情報が多過ぎるせいでクラスメイトの名前すらすぐに思い出すことが出来ない。駄目だな。情報整理が間に合ってない。
「ちょっと夜更かししちゃってね……」
「へ〜、黒川さんでも夜更かしすることあるんだ。何してたの?」
「ん……勉強かな」
「やっぱり真面目ー」
他愛ない世間話。彼女とは友人と呼べる程深い関係ではないが、全く話さない程浅い関係でもない。まあ私は基本コミュ障なので、大した受け応えは出来ないが。
「黒川さんって普段何してるの? なんか趣味とかない?」
「趣味……」
木梨さんは顔を近づけながらグイグイと質問攻めしてくる。
これが陽キャのノリというやつか。日陰物の私には効果抜群過ぎる。それに私に趣味と呼べるものはない。プライベートの時間は殆どマモノ狩りに勤しんでいるからだ。だがここで答えられなければますます根暗だと思われるだろう。流石の私もそれはちょっと恥ずかしい。
「強いて言うなら……掃除かな」
「えー、なんだか大人っぽいね。綺麗好きなんだ」
なんとか捻り出した私の答えを木梨さんはかなり好意的に捉えてくれた。やはり優しい陽キャは心まで綺麗なんだな。悪意とかを一切感じない。
まあ一応私も嘘は言っていないし。この世界を平和にする為に毎日ゴミ掃除をしているのだ。綺麗好きなのものホント。よく返り血を浴びるけど。
「……あ、私ちょっとお花摘んでくる」
「言い回しが古風。行ってらっしゃーい」
気怠げに私は立ち上がり、教室を後にする。騒がしい空間から少しずつ遠ざかっていく。廊下は静かで、温かった教室と比べると少しひんやりしている。日が当たっていないからか。
「やっぱり黒川さんって不思議な人だよね」
「いつも無表情だし、お人形さんみたい。笑ったりしないのかな?」
「友達も作らないし、孤高の人って感じー」
教室の方でさっきの木梨さんが他の女子生徒と喋っている。やっぱり根暗だと陰口を言われているのだろうか。いや、木梨さんは本当に優しいからきっとそんな酷いことは言わないと思う。多分。
それに今はそんなこと気にしている場合じゃない。私は廊下を進み、トイレとは逆方向へと向かった。突き当たりを曲がって廊下の窓を開け、外を確認する。僅かに空気がピリついている。
「上級マモノ……厄介そうな相手が現れたな」
ゴブリンを介さなくても分かる強大な魔力。遅れて届いたゴブリンからの報告によると巨大なマモノがすぐ近くに出現したらしい。
ゴブリンだけでも対処出来ない訳ではない。ただ私が直接指揮を取った方が早く対処出来る。
「さて……どうするか」
私は携帯を取り出して時間を確認する。休み時間が終わるまであと数分。マモノを一体倒すにはあまりに心許ない。でもやるしかない。悪を駆除する為には例え短い時間でもやり遂げなくてはならない。
私は意を決して窓から身を乗り出す。こんな姿他の生徒に見られたら一大事だ。手早く済まそう。
「ーーーーーーーー変身」
可愛らしい決まり文句なんてない。ただし合図はいる。だから最低限のスイッチを私は押す。
重力から解き放たれた私の身体は空を舞い、一瞬の光に包まれると同時に黒いドレスを身に纏う。髪色も普段の黒色からは一点氷の冷たさを持つような銀色に。
後はもう駆けるだけ。
誰にも見られることなく、私は地面を蹴って高速で空を飛び交う。すぐにマモノが現れた場所は分かった。学校に近くにある裏山。よく男子生徒が帰りに遊んでいる場所だ。その裏山の木々が倒され、砂埃が起こっている場所だった。どうやら既に戦闘は始まっていたようだ。
私は近くに降り立ち、一度状況を確認することにする。すぐ私の元に一体のゴブリンが現れた。
「報告、お願い」
「ゴブゴブ! ゴブー!」
「マモノはグリフォン……既に魔法少女が一人戦闘中ね。ありがとう」
私はゴブリンにお礼を言って下がらせる。
さて、既に戦っている魔法少女がマモノを倒すのなら良い。だが相手はグリフォン。鷲の頭と獅子の胴体を持ち、巨大な翼を持っている。強力な魔法を扱うことから厄介な上級マモノとして知られている。並の魔法少女では勝てないだろう。
「キィイエエエエエエエ!!!」
「はぁ……はぁ……くっ!」
砂埃が晴れる。裏山の一部には巨大なクレーターが出来ており、その中心でグリフォンが舞っていた。対峙するのは桜色の衣装に身を包んだ魔法少女。苦戦しているのか、その身体には傷がつき、膝を付いている。
「ま、まだ……!」
魔力を消費しているが、桜色の魔法少女はまだ諦めていないようだ。
グリフォンが咆哮を上げ、翼を振るう。すると周囲に冷気が発生し、氷の矢が放たれた。桜色の魔法少女はそれを素早く避けるが、グリフォンの攻撃が止まらない。やがて少しずつ、氷の矢が少女の白い肌を傷つけていく。
「う、ぐ……!」
桜色の魔法少女も負けじと反撃に出る。杖を振るって魔力の球を発射するが、グリフォンは翼を振るうだけで簡単にそれを防いでしまう。
桜色の魔法少女はそれを見ると魔法では相性が悪いと判断し、近接戦へと打って出た。だが空を舞うグリフォンを捉え切ることは出来ず、徐々に魔力が減り始める。
「筋は悪くない……でも相手が悪い」
上級マモノのグリフォンを相手に一人であそこまで戦えるのは中々だ。魔力もそれなりに多く、肉弾戦でも戦えている。きちんと訓練と経験を積めば将来優秀な魔法少女となるだろう。だがマモノはそんな将来を一瞬で潰してくる。悲しい程残酷に。私はそんな魔法少女達を何度も見てきた。
「ウォーリアー、整列」
「「「グオオオオオオオオオ!!!」」
私の命令と共にゴブリン達が現れる。通常のゴブリンとは違う、戦闘向けに作られたゴブリン。手にしている武器はマモノ達の死体を素材に作った斧。骨で作った兜と鎧を着込んでいる。見た目は骸骨の怪物のようだ。
さて、数は三十ほどで足りるか。
「一班が囮でグリフォンに魔法を使わせて。その間に二班は後ろへ回って攻撃」
グリフォンは魔法を使用している間はその場に浮遊し続ける。だから奴の攻略法は単純。隙が出来ている間に攻撃。そして敵から優位を奪う。
「奴の翼を引き千切れ。雌なら苗床にして良い」
「「「ゴギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」」
私が手を振るうと同時にゴブリン達は雄叫びを上げ、走り出す。大地が揺れる。ゴブリンという並がグリフォンへと襲い掛かる。
「ーーーーえっ……なに!? 新手のマモノ!?」
突然現れたゴブリン達に驚き、桜色の魔法少女は身構える。だがゴブリン達はそんな彼女のことなど気にせず、真っ直ぐグリフォンへと向かっていった。
斧を投げつけ、岩を投げ飛ばし、グリフォンの攻撃対象を一班のゴブリンに向ける。そして私の指示通りの二班のゴブリンが背後に回り、隙だらけになっているグリフォンに飛び乗った。
「キィィァアアアア!!?」
「「「ゴギャギャギャギャギャギャ!!!」」」
後はもう予定通り。背中に飛びついたゴブリン達はグリフォンの翼を引き千切る。飛ぶことが出来なくなったグリフォンは魔法を上手く使用することも出来なくなり、後は袋叩き。あっという間に肉袋となった。
あ、ゴブリンの一体グリフォンのお尻に飛びついている。どうやら雌だったようだ。良いね。母体がグリフォンなら強力なゴブリンが産まれるだろう。
「お楽しみは後で。グリフォンは巣に持っていって……後始末は残りの子がお願い」
パンパンと手を叩いて私は指示を出す。興奮しているゴブリン達は少し残演奏だったが、ちゃんと私の言う通りにグリフォンを運び始めた。うん、素直なのは良いことだ。
「さて……君、大丈夫?」
「あ……ぁ、ぁ……」
問題はこっち。私は緊張しながら桜色の魔法少女に話しかける。出来るだけ笑顔を作っているつもりだが、果たして常時無表情の私は優しい顔を作れているのだろうか?
目の前の魔法少女はゴブリンの恐怖が抜けないのか、ブルブルと身体を震わせていた。かと思ったら次の瞬間、目を輝かせて立ち上がる。
「貴女、ひょっとしてランク6のブラックダイヤさんですか!?」
その宝石のように綺麗な瞳は真っ直ぐ私へと向けられている。
え、なにその目。そんな目で見られたのは初めてだ。大抵ゴブリンを従える私を見た魔法少女達は殺人鬼に遭遇したかのような絶望の目を向けてくるというのに。
しかも最近広まっている黒姫じゃなくてちゃんと魔法少女名で呼んでくれている。とりあえずここは頷いておこう。
「え……うん」
「わ、私、最近魔法少女になったサクラシェードって言います! ランク10です!」
深々と頭を下げて桜色の魔法少女、サクラシェードは自己紹介をする。
え、ランカーなの? しかも最近魔法少女になったのにランカーって、やっぱり凄い才能だ。なんて私が感心していると、急にサクラシェードは私の手を握ってきた。
え、なに? 告白?
「私、ブラックダイヤさんのファンなんです!!」
本当に告白だった。
私は目を丸くして思わず彼女がマモノの擬態なのではないかと疑う。多分今の私は無表情じゃないだろう。
遠くでチャイムの音が聞こえた。ああ、休み時間終わっちゃった。
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