第14話:トモダチ
その日、魔法少女マジックグレイはいつものように仲間達とパトロールを行っていた。
マモノが現れずとも常に警戒し、ゲートが見つかれば迅速に破壊する。ついでに一般人へのアピールも出来る為、彼女達はこのパトロールを積極的に行っていた。
「グレイ! 反応があったマモノは北通路に移動してる!」
「了解、私が先回りする!」
建物の上を跳躍し、マジックグレイは仲間達と連携を取ってマモノの元へと向かう。
彼女達は経験も長く確かな実力を持つ魔法少女であるが、それでもランク入り出来る程の強大な力は有していなかった。故にチームを組み、仲間と協力してマモノを追い詰める戦法を主としていた。
今回もいつものように探知が得意な仲間がマモノを発見し、一番戦闘力の高いマジックグレイが奇襲を仕掛ける為に先回りする。だがマジックグレイは建物を蹴り、高く飛び上がりながら疑問を抱いていた。
(このマモノ、どんどん遠くに行っている。私達から距離を取ろうとしている? いや、これは……ーーーーまるで何かから逃げているような)
魔力反応を感じ取り、マジックグレイは目標のマモノが遠ざかっていることに気がついた。
普段ならマモノは好戦的な為、魔法少女が接近して来てもそれを返り討ちにしようとする。逃走は余程追い詰められた時しか選ばない手段のはずだ。だがマジックグレイはまだマモノと対面すらしていない。自分達の存在に気がついて警戒したのか? それほどの知能があるマモノなのか?
疑問は解決しないが、今は反応のあったマモノを討伐することが最優先。マジックグレイは己の武器である斧を握り締め、目的地の北通路へと降り立った。
そこに居たのは一つ目の巨大な人型マモノ、サイクロプス。
「く、来るナアアァァァァァ!!!」
「ーーーーっ!」
建物が密集した狭い通路を無理やり通り、サイクロプスは周りを破壊しながら走っていた。勢いよく瓦礫が飛んでくる。すぐさまマジックグレイは飛び上がり、追跡を開始する。
「サイクロプス……! また上級マモノじゃない。なんで最近上級ばっかり」
ギガント程ではないがサイクロプスもまた上級マモノ。魔法少女達の間では脅威と認識されている。その上級マモノとマジックグレイは今週三回も遭遇していた。いずれも仲間と協力してギリギリ討伐出来たが、運が悪ければ負けていただろう。それ程上級とは一般魔法少女にとって脅威なのだ。
その上級マモノがギガント事件以降、出現頻度が急激に増えている。黒姫の騒動もある為、今魔法少女界は混乱の渦に飲み込まれていた。
「グレイ! 援護する!」
「皆、気をつけて! 相手は上級よ!」
仲間の魔法少女達も合流し始める。マジックグレイはいつものように自身が前線に立ち、サイクロプスへと飛び掛かった。仲間もその攻撃に合わせて魔法を放つ。
「退ケ! 邪魔な魔法少女共メ!!」
だがその攻撃はサイクロプスが腕を払っただけで掻き消されてしまった。風圧でマジックグレイは吹き飛ばされる。得物の斧が手から離れ、ゴロゴロと地面を転がった。
「うぐ、ぁーーーー……」
耳鳴りがする。直接攻撃を喰らった訳でもないのに衝撃だけでかなりのダメージを負ってしまった。マジックグレイは頭を抑えながらフラフラと立ち上がった。
すぐに仲間の魔法少女達がマジックグレイを庇って前戦に出るが、サイクロプスが建物を破壊して飛び散った瓦礫を喰らってしまった。
「うわああぁぁぁ!!」
「皆……ッ!」
マジックグレイは落ちていた斧を拾い、皆を助けようと一歩前へ踏み出した。だがそれ以上足が前に進むことはなく、その場に膝を付いてしまう。
身体が動かない。やはり上級マモノは強い。特にこの個体は上級の中でも強い個体だったのだろう。手も足も出なかった。こんなのを相手に出来るのはランカーしか居ないだろう。
そこで再び疑問が浮かび上がってくる。冷静になってサイクロプスを見てみると、身体に傷がある。古傷とかではなく、今さっき出来たような切り傷。ーーーーアレは誰がやった傷だ?
「うっ……シマッタ!!」
突如サイクロプスは何かに気が付き、その巨体を大きく動かして走り出そうとした。だがその前に大量の矢が彼の足に突き刺さり、バランスを崩して倒れてしまった。
「グガアアアァァッ!!」
「ーーーーえ?」
予想外の攻撃にマジックグレイは目を丸くする。他の魔法少女が救援に来るという報告は聞いていない。魔法少女の魔力も感じなかった。ならば何者の攻撃だ?
そんな彼女の疑問を他所に、攻撃は続く。鎖の繋がれた銛が打ち込まれ、サイクロプスの背中に突き刺さった。
「ウグォァ! は、離セ……! ヤメロォ!!」
暴れるサイクロプスに次々と銛は打ち込まれ、鎖によって拘束される。そしてマジックグレイ達の前に無数の影が現れた。
赤黒く腐ったような醜い肌に、尖った不気味な肌、ギョロギョロとした死人のような目。全てが邪悪を包み込んだような姿をしている、ゴブリン。それが何十体も槍やボウガンを装備して隊列を組んでいる。
「ひっ……え、ゴブリン? な、なんでマモノが……?」
マジックグレイは混乱する。突然何十体ものゴブリンが現れたこと。そのゴブリン達が同じマモノであるサイクロプスを攻撃したこと。そして何より、低級マモノで知能の低い彼らが武器や防具を装備していることに。
「グギャギャ」
「ゴギャ、ゴブゴブ」
ゴブリン達はサイクロプスが動けないように鎖を入念に巻き付け、どこかへと運び始める。そしてマジックグレイ達の方へ視線を向けると何やら会話をしている様子だった。
あり得ない、とマジックグレイは思う。ゴブリンは低級の中でも低級。ずる賢い点はあるが、ここまで連携が取れ、手の込んだ装備を用意し、細かい意思疎通をすることなど出来るはずがない。
「グゥ……」
「ーーーーひっ」
やがて一体のゴブリンがマジックグレイへと近づいて来る。一番装備が立派で、頭に別のマモノの頭蓋骨と思われる兜を被っていた。
マジックグレイは地面に膝を付いたまま、ただ怯えることしか出来なかった。ゴブリン一体に恐怖はない。ただすぐ後ろには百体は居るであろうゴブリン達が居る。おまけに自分達が手も足も出なかったサイクロプスを倒せるくらいの実力と装備を持って。そんなのに敵うはずがない。
ゴブリンは最悪のマモノだ。捕まればどんな目に遭うかも知っている。思わず目から涙が溢れた。そんな彼女の気など知らず、ゴブリンはズンズンと近づき、目の前まで来ると、ゴツゴツとした指を突き付けた。
「ギ、エロ……マォウショウジョ……」
「え……」
石と石を擦り合わせたような聞き取りづらい音。だが確かにそれは言葉として形作っていた。それを認識した瞬間、マジックグレイはあまりの衝撃に目を見開いて言葉を失う。しばらく呆然とし、自分が今生死を分けた状況に居ることなど忘れてしまった。その間にゴブリンは目の前から去り、サイクロプスを連れて闇の中へと消えてしまった。
「喋った……? 低級のゴブリンが?」
ようやく正気に戻ったマジックグレイは止まっていた呼吸を再開し、大きく息を吐き出しながら地面に手を付く。緊張で失っていた感覚が戻り始め、冷たい身体が熱を取り戻していく。そして再び実感する、恐怖を。
「まさかアレが、噂の黒姫の……」
明らかに普通のマモノではなかったこと。そしてマモノを操ると噂になっている黒姫のことを思い出し、マジックグレイはその二点が線で繋がることに気が付いた。
ーーーーじゃあ、捕まえたサイクロプスはどうするつもりなのだろうか?
◇
サクラシェードは空を駆けていた。向かう場所は人気のない工場地。ここもマモノの侵攻によって殆どの施設が駄目になり、人類が見放した土地である。だが今ここには敵となるマモノは殆ど居ない。ある魔法少女の軍団によって土地が奪い返されたからだ。
「よっと……多分今日はここに居ると思うんだけど」
トンと軽い音を立てて地面に着地し、サクラシェードは周囲を確認する。どこの施設も動いておらず、不気味な雰囲気が漂っている。よく見れば建物のあちこちのマモノの物と思われる骨が散らばっており、工場地と言うよりは墓場のようにも思えた。
「あ、ゴブリン君だ」
「ゴブゴブ」
ふと道路を見ると解体したと思われるマモノ素材を運ぶゴブリン達の姿があった。そんな彼らにサクラシェードは特に警戒することなく歩み寄り、知り合いと接するように話しかけた。
「ザグァ、ジェード……」
「うん、サクラシェードだよ。こんにちは。また随分喋れるようになってるね」
ゴブリンが言葉を発したことにも驚かない。何故なら彼女はゴブリン達が言葉を覚え始めてきたことも知っており、何なら積極的に会話を行って仲を深めようとしているくらいだった。
「ブラックダイヤさん居る?」
「ヴー……アッチ、イル」
サクラシェードの質問にゴブリンは少し悩むように目を細めた後、一番大きな工場を指差した。
「そっか、教えてくれてありがとう。またねー」
目的のものを聞き出すとサクラシェードは手を振ってゴブリン達と別れる。そして工場の近くに着くと壊れた階段を登り、キィキィと音を立てる扉を開けて中へと入った。
薄暗く、当然稼働している機械などないーーーーと思われたが、少し奥へと進とその先は魔女の館のようになっていた。至る所にはゴブリン達が作業を行っており、マモノの素材が大量に保管されている。
使われていないと思われた機械を動かして武器や防具を作っているものもおり、ゴブリン達のグギャグギャと愉快な鳴き声が響き渡っていた。
「ウグゥッ、離セ! ヤメロ! マガイモノ共め……!!」
ゴブリン達のものではないマモノの声が聞こえる。手すりから身を乗り出してサクラシェードが一階を確認すると、そこには鎖に繋がれて拘束されているサイクロプスの姿があった。更に彼の身体には幾つものチューブが刺さっており、タンクから何かが注入されていた。
「オオァァアッ、ヨセェ……! これ以上魔力ヲッ……オブァ!!」
よく見ればサイクロプスの身体が淡く光っている。何やら魔力が増えているようにも感じられる。一体何が行われているのだろうとサクラシェードが気になっていると、彼女の横にブラックダイヤが現れた。
「サクラシェード、また勝手に来たの?」
「ブラックダイヤさん! ごめんなさい、ゴブリン君に居場所を教えてもらったので」
「はぁ……全く」
今日特訓の予定はない、にも関わらずサクラシェードが来たことにブラックダイヤはため息を吐く。
ブラックダイヤは様々な場所に拠点を持っており、作戦や実験ごとに活動場所を変えている。故に居場所を特定することは難しいはずなのだが。彼女は根気良くこれまで行ったことのある拠点を一つ一つ回ったのだろうか。それを想像してブラックダイヤは眩暈を覚えた。
「成長中のゴブリンと会話してくれるのは助かるけど、あまり私と会わない方が良いって言ったでしょ。今私は魔法少女達から狙われてるんだから」
「だからこそ、ですよ。私はブラックダイヤさんの味方です。貴女の為なら他の魔法少女とも戦います!」
「……もう」
目をキラキラと輝かせながら純粋さをこれでもかというくらい撒き散らすサクラシェード。内気な性格のブラックダイヤからすればそれは毒物と同等くらい刺激の強いものであり、思わず彼女から目を背けてしまった。
「ところで、あのサイクロプスに何をしているんですか?」
「……見ての通り、直接魔力を注入している」
「え、そしたら魔力暴走して爆発しちゃいますよ?」
「調整しながらやってる。ちゃんと火薬として機能するようにね……」
話はサイクロプスの方へと戻る。ブラックダイヤはマモノに対抗する為に様々な実験を行っており、この工場ではそういった目的の作業がメインに行われていた。
すると、サイクロプスの身体からチューブが抜かれ、鎖を引っ張って移動が始まる。ゴウンと巨大な扉が開き、別の部屋が現れた。そこには肉の塊が密集し、ゲートが設置されていた。
「あれって……まさかゲート?」
「そうだよ」
「な、なんでゲートが。破壊していないんですか?」
ゴブリン達は鎖を引っ張り、後ろから槍で突いてサイクロプスを無理やりゲートの方へと歩かせる。魔力暴走が起きる寸前で苦しんでいる彼は今にも倒れそうな程フラついていた。
「ゲートを通れるのはマモノだけ。魔法少女からすればただ敵が送り込まれてくるだけの厄介な代物……でも上手く使えばこれはマモノの世界に攻撃出来る道具になる」
ゴブリン達が近づくとゲートの渦が開き、魔力が満ち始めた。異なる世界と繋がり、渦は宇宙のように神秘的な光を纏う。そのまま吸い込まれてしまいそうな光景だ。
「グギャ、アルケ……ゲート、トオレ」
「ウグ、ゥァァ、止メロ……イヤダアア!」
サイクロプスは身体を揺らして抵抗するが、ゴブリン達がそれを許さない。背中を槍で刺し、強制的にゲートへと入らせた。渦が大きく揺らめき、巨体のサイクロプスを吸い込んでいく。最後まで彼は悲痛の叫び声を上げていた。
「魔力暴走させたマモノをゲートに? まさか、向こうで爆発させるつもりですか?」
「そういうこと。既に爆撃作戦は二次攻撃に移行してる……第二十地区まで更地に出来たよ」
魔力暴走させたマモノをゲートで向こう側に送り込み、爆発させる。実にシンプルな作戦である。だが普通の魔法少女ならこんな方法は思いつかない。ましてや正義の味方である彼女達ならばならおさら。
「まずは出来る限りマモノ界にダメージを与える。自分達の世界も侵略されるんだと恐怖を味合わせる」
向こう側にゴブリンを送り込んで情報を共有しているからこそブラックダイヤはこの戦法が取れた。ゲートから爆弾が送り返されてくると分かれば、彼らも今後はおいそれとゲートを使用出来なくなるだろう。
これが彼女の第二段階の作戦。本格的にマモノ界を侵攻し、こちら側に侵略しに来れないようにする。
「……どう? 私のこと怖いと思った?」
「いえ、流石です! やっぱりブラックダイヤさんは私にとって最高の魔法少女ですよ!」
「……はぁ、相変わらずだね。君は」
魔法少女らしからぬやり方に引いたかとブラックダイヤは不安に思ったが、サクラシェードはいつも通り彼女のことを崇拝していた。
それに少しだけ有り難さを感じ、ブラックダイヤは頬を僅かに緩めた。
魔法少女ゴブリン @RASEN
★で称える
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