第2話:ブラックダイヤ
魔法手女は大いなる意思“グレードマザー”によって選ばれ、契約をもって魔法少女の力を得る。そして確かな実力と功績を持った魔法少女は“ランク”を与えられる。
ランク10からランク1。通称“ランカー”と呼ばれる彼女達は普通の魔法少女とは一線を画し、街一つを防衛した、災害レベルのマモノを討伐したなど、それぞれ偉業を成し遂げている。
故にランカーの魔法少女は他の魔法少女から敬われ、そして人類の最後の切り札として重宝されている。
彼女達こそがマモノを滅ぼす可能性を持った唯一の希望なのだ。
「それでは、本日の“集会”を始めましょうか」
「とは言っても、相変わらず欠席者も多いみたいだけどな」
水平線まで夜空が広がっている空間。地面はなく、夜空を吸い込むような水面があるだけ。だがその上にはどういう訳か沈まず、長いテーブルと椅子が浮かんでいる。そこにはいくつか空席はあるが、魔法少女達が座していた。
「では居る者だけで各自、報告をお願いします」
魔法によって構築された空間。そこはランク10以上の魔法少女達が集会を行う場所。強力な力を持つ彼女達はそこで互いの情報交換を行う。
最近どのようなマモノが現れたか、新しい魔法少女が誕生したか、世界平和を成し遂げる為に少しでも有力な情報を得ようとする。
とは言ったものの、戦況を覆す程重大な情報はそうそう出てこない。なにせマモノはゲートと呼ばれる異界とこの世界を繋ぐ扉から出てくる。それを捕捉するのは難しく、魔法少女達は現れたマモノを退治するという後手に回らざる負えないのだ。
「ーーーーという訳で、今週誕生した魔法少女は二名。倒された魔法少女は五名。脱退した魔法少女は一名となります」
「ちっ……軟弱な魔法少女が多いな」
「仕方ないですよ。それだけマモノは危険ということです……」
マモノとの戦いは常に命懸けだ。奴らは突然現れ、破壊の限りを尽くす。魔法少女もすぐに対応出来る訳ではない。時には実力が及ばない魔法少女がその犠牲になることがある。否、むしろその事例の方が多い。
「ちなみに脱退した一名ですが……どうやら“黒姫”と遭遇したようです」
「「「ーーーー!!」」」
いつも通りの報告で少しばかり気が緩んでいたランカーの魔法少女達の目つきが変わる。
“黒姫”。その異名は彼女達も知っている。なにせ同じ魔法少女なのだから。
「ランク6……ブラックダイヤか」
本来ならそのランク6が座るはずの空席を魔法少女達は見つめる。
別にこの集会は強制参加ではない。むしろ参加者はいつも少なく、今回だって四人しか集まっていない。任務に出ている者、マモノ討伐に精を出す者、協調性のない者など、様々な事情で全員が集まるのは難しいのだ。だがブラックダイヤに関しては、少し事情が違う。
「一度も集会に参加せず、単独で戦い続ける謎の魔法少女ですか……」
「噂ではマモノを操ると聞いているが、本当に彼女は魔法少女なのか?」
「真偽は分からないが彼女はグレートマザーに認められ、ランク6の称号を与えられた……実力は確かなはずだ」
同じ魔法少女でランカーであるのにも関わらず、集会に一度も参加しない。それどころか彼女と対面した者は少なく、僅かな目撃情報しかない。故にランカーでありながらブラックダイヤがどのような魔法少女なのか判明していないのだ。
「報告では侵略されていたF地区からマモノが消えたらしい。恐らくブラックダイヤが掃討したのだろう……」
ブラックダイヤが残すのは蹂躙だけ。とにかくマモノを討伐し続けている。これまでも遠くからの観測だが強大なマモノを討伐し、一瞬で姿を眩ましてしまうのが認識されている。そして一定地区のマモノを掃討すると、次の獲物を求めて移動するのだ。
「彼女は精力的にマモノを討伐し、侵略された地区も奪還している。是非集会に参加して欲しいのだけれどもね……」
「ランク1……」
綺麗な真っ白の長髪、パーツ一つ一つが整った容姿、澄んだ青い瞳に、白銀の剣を手にした魔法少女が言う。
魔法少女のトップに君臨する最強の魔法少女、ホワイトクォーツ。最も多くの功績を残し、魔法少女達を束ねるリーダー的存在。実際彼女の指示によって魔法少女達は動いている。
「どうかな。奴の行動からしてアタシらを避けてる節がある。それに“黒姫”に遭遇した奴らは揃って自主除籍してるじゃねえか。怪しいぜ」
ランク1の言葉に異を唱える者が現れる。真っ赤な髪をツインテールにした小柄な少女。言葉遣いは乱暴でテーブルに足を乗っけて座っている。彼女はランク2、クリムゾンルビー。ホワイトクォーツの次に強い魔法少女だ。
「ランク2、彼女は同じ魔法少女です。そのような言い方は……」
「なら何で奴は集会に来ない? ランク入りする前からそうだ。奴は他人との接触を避けてる。何か裏があると思うのが自然だろう」
「…………」
彼女の言っていることは間違っている訳ではない。魔法少女の中には協調性がない者も居るが、ブラックダイヤ程のは異常だ。一応は味方同士であるはずなのに顔すら晒そうとしない。まるで見られたら何か不味いことでもあるかのように。そう考えるのはクリムゾンルビーだけではなかった。何人かの魔法少女はブラックダイヤに疑惑を向けている。かと言って確証がある訳でもない為、対応に困っているのだ。
全員が黙り、空間に静寂が訪れる。答えが見つからない為、気まずい空気だった。ソレを破ったのは、ランク1、ホワイトクォーツ。
「どちらにせよ、彼女とコンタクトが取れなければ何も分からない。捜索の方は他の魔法少女達に任せて、私達はいつものように担当地区の防衛をしましょう」
現状では答えを出す材料はないと判断し、話を打ち切る。そして今後の方針と指示を各自に与え、集会は解散となった。
魔法少女達は席を立ち、それぞれ下がると空間が波打って姿を消す。当然クリムゾンルビーも同じように帰ろうとする。だがそれに待ったを掛ける者が居た。
「ルビー」
「……なんだよ?」
声を掛けてきたのはやはりホワイトクォーツ。クリムゾンルビーは面倒くさそうにため息を吐き、彼女の方を向いた。その表情はさっさと帰りたい、という思いが分かりやすいくらい浮かび上がっていた。だがホワイトクォーツはそれを見ても特に気にせず、変わらず剣を地面に突き立てたまま、言葉を続ける。
「私はランク1としてあらゆる事態を想定し、対応策を用意するわ。だから一応貴女にはこのことを伝えようと思うの」
「あー、まどろっこしいのは嫌いなんだ。早く言えよ」
魔法少女のリーダーとしての責務がランク1にはある。そのことはクリムゾンルビーも理解している。だが自分はそういうのは性に合わない為、早く要件を言うように促した。
「ブラックダイヤと遭遇して脱退した子は……バケモノ、バケモノとずっと呟いていたそうよ」
「ーーーー……」
クリムゾンルビーは己の得物、鎌をもつ手に力を込めた。ここで初めてホワイトクォーツが表情を変える。試すような、何かを確かめるような、ほんの僅かな頬の緩み。不気味だ。
「これはマモノのことだと思う? それとも……」
その先は口にしない。ホワイトクォーツの言いたいことはそれだけのようだ。クリムゾンルビーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、背を向ける。
「じゃあ、今週も頑張りましょう。魔法少女を」
「……わーってるよ」
空間が波打ち、それに沈んでいくようにクリムゾンルビーの姿が消えていく。最後に残されたホワイトクォーツはまだ席を立ったまま、一人その空間の夜空を見上げていた。
◇
「なあ聞いたか? F地区が奪還されたんだってよ」
「ええー、でもあそこってマモノに制圧されてたんだろ? 誰が倒したんだよ」
「やっぱ最強のホワイトクォーツだろ。あの人が魔法少女の中で一番強いんだから」
学校の昼休み、生徒達は男女問わず話題にするのは魔法少女のことだ。
数十年前、世界に突如としてマモノが現れた。通常兵器では太刀打ち出来ないその存在は、全能たる力によって選ばれた魔法少女が対処するようになり、いつしか魔法少女はアイドル的存在として人々を魅了する存在となった。
今ではスポーツ選手を応援するように、推しのアイドルに貢ぐように、人々はアイドルを信仰するようになっている。だがそれは良い面も悪い面も持っていた。
(まあどっちにしろ、ほぼ顔出ししていない私からしたら関係ない話なんだけど)
魔法少女も本来は普通の女の子だ。彼女達は普通に学校に通い、普通の生活を送っている。私こと黒川景もそう、魔法少女ではブラックダイヤとして活動し、学校では陰キャのぼっち女の子として過ごしている。
今だってそう、目の前で楽しそうに魔法少女の話題を出している男子達が居ながら、私は存在感を消して本を読んでいる。
「いややったのは噂のアレじゃないか?」
「あー……“黒姫”ってやつ?」
おっと、思わぬところから私の話題が出てきた。
全然気にしていなかったが黒姫って異名、ここまで知られていたのか。恥ずかしい。普通にブラックダイヤっていう魔法少女名があるのになんでそっちは広まってないんだろう?
「実在すんの? だって噂だけでしょ」
「でも目撃情報だけならネットにいっぱい上がってるんだよ。ほら、コレとか」
動画を見せて盛り上がる男子達。
え、動画まで撮られちゃってんの? うわ、凄い恥ずかしいんだけど。変な顔してないかな。てかゴブリンが映ってたらかなりアウトなんだけど、話題になってないってことはそこは気づかれてないのかな。
「いや全然分からんねーよ。遠すぎて」
「しょうがないだろ。黒姫は神出鬼没で、マモノも一瞬で倒して居なくなっちゃうんだ。マジで謎の魔法少女なんだよ」
謎というか、単にゴブリンが見られたら色々不都合があるから隠れてるだけなんだけどね。そもそも魔法少女なんて正体が分からない存在なんだから、私だけに限らず全員謎のはずなのに、どうして人はより多くの秘密を知りたがるのだろう。種が分かってしまえばマジックなんてつまらないものなのに。
(ゴブゴブ)
「ーーーーん」
ふと、私の頭に声が聞こえてくる。索敵用ゴブリンからの念話だ。ウィザードゴブリン。魔法を使えるように私が作り出したゴブリンだ。彼らは魔法少女と比べれば大したことはないが、簡単な魔法を使うことが出来る。特にこの個体は念話魔法に特化させた。この子を介して様々なゴブリンに命令を与えるのだ。
(東エリアにマモノ十体出現か……北東に配備していた群れを向かわせて。後は分かるね)
(ゴブー!)
まあ全てが上手くいく訳ではない。直接私が指示するのとでは連携に差があるのだ。私も学業を疎かには出来ないので、緊急時ではない限りはこうしてゴブリン達に指示を与えてマモノの対処をしている。
(害獣駆除は積極的に進めていく……遊んでいる暇はないね)
この世からマモノが一体も居なくなるまで私は止まれない。他のことに目移りしている暇なんてない。
ああ早く、夜にならないかな。
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