魔法少女ゴブリン
@RASEN
第1話:その魔法少女の名は
魔法少女が異界からの侵略者、マモノと戦う世界。
超常的な力を得た魔法少女達は人々を守る為、奇跡を信じて戦う。だがその戦いは決して生優しいものではなく、常に死と隣り合わせの弱肉強食の世界であった。
「はぁっ……はぁっ……誰か、助けて……!」
人気のない夜の街を駆ける一人の少女。天使のような可愛らしいドレスを身に纏い、手には羽の装飾が施された杖が握られている。
彼女は魔法少女エンジェル。人々を守るヒーローだ。だが今宵彼女は、弱者側の方に立たされていた。
「グルルルルゥゥァァ!!!」
「ひぃっ……!」
後ろから追いかけてくるのは巨大な狼の姿をしたマモノ、ヘルウルフ。頭部には複数の目玉を持ち、六本の尻尾を持つ怪物。通常のマモノよりも凶暴で、エンジェルの実力では敵わない相手であった。故に彼女は傷を負い、肩から血を流しながら逃げている。
「あ、ぅ……行き止まり……ッ」
必死の思いで逃げるエンジェルの前に壁が立ち塞がる。ヘルウルフは狡猾なマモノだ。獲物の体力がなくなるまで追跡し、疲弊したところで逃げ場のない場所に誘い込む。確実に獲物を狩る為に、奇跡など起こさせない為に、絶対の死を弱者に与える。
「グルアアアアアアッ!!」
「いやああぁぁぁ!!」
ヘルウルフの口が大きく裂け、およそ生き物の物とは思えない口が開かれる。そこら中にビッシリと生えた牙、蛇のように長い舌、その喉奥には目玉がついている。
エンジェルは絶望で顔を染め、思わず杖を落とした。もう戦う為の魔力は残っていない。ピンチで力が覚醒することも、奇跡が起こることもない。あるのは現実。逃れない死が向かってくるだけ。
ーーーーただしソレは、全ての生き物に平等に訪れる。
「ゴア」
上から影が舞い降りる。それも一つではない。無数の影がヘルウルフを囲むように現れた。
それは人型の姿をした怪物だった。身長は人間の子供くらいしかなく、赤黒い肌に長い耳と鼻、手には無骨な棍棒や槍を持っている。言うなればそれは、ゴブリン。
「ーーーーえ?」
「グガ……ッ」
エンジェルも、ヘルウルフすらも突然の乱入者に驚愕する。そしてその一瞬の隙は、戦場に置いて致命的であった。
「グギャギャギャギャギャギャギャ!!!」
「ゴバババババババ!!!」
「ギャゴゴゴゴ!! ゴギャギャギャギャ!!!」
ゴブリン達は一斉に咆哮を上げてヘルウルフに飛び掛かる。そして各々持っている武器を突き立てた。捕食態勢に入っていたヘルウルフは反応が間に合わず、口の中に武器を突き刺される。
圧倒的な数の暴力。獰猛なヘルウルフですらそれに対抗することは出来ず、あっという間に串刺しにされて事切れる。ゴブリン達は沈黙した獲物の上で小躍りし、奇声を上げる。
「ひ、ぃ……ば、ばけもの……」
その地獄のような光景をエンジェルは地面に膝をつき、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。逃げたくても恐怖で腰が抜け、一歩も動くことが出来ない。
すると一匹のゴブリンがエンジェルの方に視線を向ける。それに続いて他のゴブリン達も小躍りをやめ、同じ方向を見た。
曇りのない白い目がエンジェルのことを見据える。エンジェルはあまりの恐怖で息が出来なくなっていた。このままでは自分は死ぬ。ヘルウルフに食べられそうになった時よりも鮮明に、死のイメージが頭の中に駆け巡ってくる。
そして遂に、ゴブリン達がエンジェルの方に近づこうと動き出す。思わずエンジェルは目を瞑った。
「ーーーー止まれ」
小さな声。けれどよく通る、少女の声が聞こえた。
その言葉を聞いたと同時にゴブリン達は動きを止める。エンジェルは何事かと声がした方向を見た。するといつの間にか、自分の真後ろに黒いローブを纏った少女が立っていた。
銀色の長い髪に、衣装の殆どは黒というどこか異質な雰囲気を持った少女。目つきは鋭く、美しい容姿をしながらも全く表情は動かず、まるで人形のようであった。
「ゴブゴブ」
「ん……ご苦労様」
少女はエンジェルに目もくれず横を通り過ぎ、ゴブリン達に近づく。すると一匹のゴブリンが前に出て、ヘルウルフの牙を差し出した。まるで服従するかのように。
少女はそれを受け取り、お礼を言ってから懐にしまう。
「死体は巣に持っていって解体。使える部位は残して、後は食べて良いよ」
「ゴブゴブ!」
ゴブリン達はまるで少女を主人のように認識しているようであった。否、それは間違いではないのかもしれない。現に少女の言葉を理解し、指示された通りのヘルウルフの死体を運び始めている。
エンジェルは目の前で何が起こっているのかさっぱり分からなかった。ヘルウルフに食べられそうになったと思ったら、ゴブリンが現れ、更に謎の少女がそのゴブリン達に指示を出している。恐怖で脳が麻痺している彼女には把握出来るレベルを超えていた。
「あ、貴女……魔法少女なの? そのゴブリンは……」
ゴブリン達を指差しながらエンジェルは恐る恐る尋ねる。そこで彼女は気がついた。ゴブリン達がマモノとは違う魔力を放っていることを。
「まさか使い魔? じゃあ貴女が噂のランク6……“黒姫”?」
少女がエンジェルの方に顔を向ける。血の通っていないような白い肌、紅い瞳。それを見た瞬間、エンジェルは再び恐怖で硬直してしまった。
「なに、私そんな風に呼ばれてるの?」
黒姫、と呼ばれた魔法少女は小さく首を傾げながら興味なさげに言った。そしてエンジェルの方に一歩近づくと、表情を全く変えずに人差し指を自身の唇にそっと当てる。
「今夜見たことは忘れた方が良いよ。その方が貴女の為だから……ね」
「ひっ……」
これは脅迫だ。今夜のことを他の魔法少女に伝えれば命はない。
ーーーーやはり噂通り。この魔法少女は異常だ。
エンジェルは今夜感じた中で一番の死の恐怖を覚える。壊れたスピーカーのような言葉にならない声を漏らしながら、彼女はただ力なく頷くことしか出来なかった。
それを見て少女は満足したのか、ゴブリン達と共に夜の闇に消えていく。悪魔の群れはまるで最初から何もなかったかのようにその場から居なくなった。
◇
魔法少女になったと思ったら固有魔法が“ゴブリン生成”だった。
なあにそれ?
魔法少女は契約した際に特別な力を与えられるのだが、私の場合はゴブリン生成。いや、ゴブリンってなによ。魔法少女なのに正反対のもの出てきちゃってるじゃん。女の子の前に出てきちゃいけないナンバーワンの生き物じゃん。萎える。
おまけに生成系の魔法は魔力を食う癖にゴブリンは数体しか生み出せない。完全に外れ魔法だ。私は泣いた。
女の子なら一度は憧れる魔法少女にようやくなれたと思ったら、身体能力は大して上がらず、固有魔法もゴミ。完全に戦力外。人々の希望になるはずの英雄も、これでは他人の足を引っ張ってしまう。
流石の私もそれでは不味いと思い、戦略を考えた。
まずゴブリンでの戦闘方法は物量が基本だ。一匹一匹の実力は普通でも、それが何百とあれば圧倒的な力となる。だがそれを実現させる為には魔力が足りない。
そこで私は閃いた。ゴブリン達が自ら繁殖すれば良いんじゃないか、と。
ゴブリンと言えば女の子を◯◯して繁殖する生き物だ。
ーーーー当然、私は可哀想なのはダメなのでそんなことはしない。むしろそんなことが起こったら舌噛んで死ぬ。
でも肉袋となるのは何も女の子である必要はないはずだ。そこで私はゴブリンにマモノを襲わせることにした。そう、アッチの襲うね。
その結果、実験は成功した。マモノ達の腹からゴブリンベイビー達が誕生したのだ。
これで魔力の燃費問題は解決した。私がいちいちゴブリンを生成しなくても繁殖させれば勝手に増えていく。
あとは統率。幸いゴブリン達は生成した私を母親と思ってくれているらしく、命令を絶対に聞いている。完全服従と言っても過言ではない。
そこからはもう実験に実験を重ね、ゴブリン達に戦い方を学ばせた。どうすればマモノを効率に殺せるか。どうすれば被害を最小限に抑えられるか。全てを教え込み、私は完璧な軍隊を作り上げた。
これでたくさんの魔法少女達を助けることが出来る。連携すれば多くのマモノを倒すことが出来るーーーーなんて考えている時期が私にもありました。
初めてゴブリン軍団で魔法少女を助けた時、その少女から掛けられた言葉はコレだった。
「ば、化け物……ッ!」
そりゃそうだ。ゴブリンの見た目なんてマモノ達と大して変わらない。というか他の魔法少女達はマモノだと思っているだろう。
何とかこのゴブリンに危険はないことを説明しようと思ったのだが……悲しいかな、私はコミュ障だった。同じ魔法少女相手でもろくに話すことが出来ず、最低限の会話くらいしか出来ない。
少しでも怖がらせないように頑張って笑顔を作ってみたが、何故か相手は気絶した。本当に何故だろう?
それからはもう私の孤軍奮闘生活の始まりだった。いやゴブリン達が居るので孤軍ではないのだが、魔法少女としては一人の戦いが始まった。
気づかれないようにゴブリン達を街のあちこちに配置し、人知れずマモノを倒し、他の魔法少女と遭遇してもゴブリン達を怖がらせないよう、一秒でも早くマモノを倒す。そうやって私は完璧な陰キャムーブで魔法少女を遂行した。
そしていつの間にか魔法少女はランク6まで上がり、“黒姫”と呼ばれるようになっていた。黒姫ってなんだ? 私のこの黒い衣装のせいか?
「グギ……ギャァ」
「あ、目が覚めた」
目の前で眠っていた竜型のマモノが目を覚ます。
それにしても大きいやつだ。こいつを討伐するのに二十体もゴブリンが犠牲になった。まぁその分増えるから良いんだけれど。
「二、ニンゲンめ……よくもこんな真似を……」
竜は顔を起こして鋭い牙をチラつかせ、私に殺意を向けてくる。でも残念ながらその身体は槍と鎖で拘束され、地面に縫い付けられている為動くことは出来ない。それにもう、その身体は手遅れだ。
「ウグ……我に、ナニをした……ッ?」
「なにって……苗床になってもらっただけだよ。あの子達のね」
竜は自身の腹に何か違和感を覚えたらしい。隠す理由もない私は後ろで控えているゴブリン達を指差して教えてあげた。
「ゴ、ゴブリンッ……貴様、まさか我を……!?」
ゴブリンを見た瞬間、竜は青ざめる。
ああ、見ただけで自分が何をされたのか分かるんだ。でももう遅い。ゆっくり眠ってもらっている間に事は済ませた。私が生成したゴブリンの成長スピードは早い。産まれた瞬間に戦えるようにする為だ。だからもう、時間切れ。
「アアアァアッ!! ハラが、痛いッ……ギアァアアァアア!!?」
突如竜が暴れ出す。その腹部が異常な程ボコボコと歪に膨れ上がり、次の瞬間、腹を引き裂いてゴブリン達が誕生した。当然竜は崩れ落ち、沈黙する。
「ゴブゴブ」
「ゴブー」
血の噴水と共にゴブリン達はお腹の中から次々と出て来る。
流石竜を母体にしただけあってかなりの数が産まれた。強力なマモノから産まれれば同じく強力なゴブリンに成長する為、貴重な戦力確保となった。ありがたい。
「おはよう、赤ちゃん達。今日からよろしくね」
「ゴブブー」
最初はキモいと思っていたゴブリン達も今では可愛らしく思える。一応は我が子みたいなものだし。いや、正確には孫か? まあ何でも良い。皆等しく私の家族だ。
昨日助けた魔法少女の子は大丈夫だろうか? ゴブリンを見てショックを受けていたから、忘れてしまうように優しく言葉を掛けたつもりなんだけど。アフターケアは大切だもんね。
「さぁ、今日もマモノ狩りを頑張ろう。一体残らず狩り尽くすまで」
私はゴブリン達を連れて再びマモノ狩りを再開する。
怪獣駆除は大変だ。明日の学校には間に合うよう、手っ取り早く終わらせよう。
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