第17話
横に並んで歩き始めた二人。車道に引かれた白い線を飛び出さないように。來海は早速、喋り始めた。
「蒼さんは何歳なんですか?」
急な名前呼び⁉︎
「えっと…」
びっくりして飛び上がった肩を気付かれないようにゆっくり戻していたが、返事が遅かったみたい。
「あれっ? 僕、何か変なこと言いました?」
來海はまっすぐな視線を僕に向けている。何も迷いのないまっすぐな視線。來海は間違ったことなんて一言も言っていない。間違っているのは、僕の反応だから。
「あっ……えっと…何でもないよ! 急に名前で呼ばれるのってびっくりするなーって思って……」
「あっ!ごめんなさい! 僕、人との距離の詰め方、下手って言われるんですよね……」
大きな声とともに來海の胸の前で重ねられた両手は、時間とともに力を失っていく。
「いや、そのおかげで助けられている人もいると思うよ!」
今の僕だってそうだ。初対面の二人で何もしゃべらずに歩いていくなんて、気まずくて仕方ない。気まずいより何十倍もマシだ。
「そうですかね~!」
來海の声色はどんどん明るくなっていく。まんざらでもない表情で、足取りも軽くなっている。まったく、調子のいい奴だ。
「えっと、年を聞かれたんだっけ? 僕は十六歳だよ。高校一年生の代。えっと、あなた……は?」
「來海でいいよ! てゆうか、同い年じゃん! 『お兄さん』って……」
來海は自分の足をペチペチ叩きながら、こらえられなくなった笑いを必死に抑えている。それにしても、表情豊かな人だな。見知らぬ土地を見知らぬ人と歩いている。ついこの間までの自分には考えられない。でも、新しい出会いも悪くない。僕は來海の流れに身を任せ、二人で笑みをこぼしながら、太陽の下を二人で歩いていく。
「そういえば、蒼さんって誰推し何ですか?」
「推し……」
一通り笑い終わった來海が問いかけてくる。
『推し』。僕の頭の中の辞書には『推し』と付く言葉は『箱推し』しか知らない。でも、聞かれているのは『誰推し』。『推し』というのは「応援する」ってことだったから、応援している人っていうことか?僕の良くも悪くもない頭は今日一番の回転を見せたが、タイムリミットには間に合わなかったみたいだ。
「もしかして『推し』分からない?」
僕には今までの來海の笑顔がどこかに消えてしまったかのように見える。どこかで見たことがある、「アイドルファンは初見に厳しい」って。やっぱり、アイドルファンって怖いのかな。可愛らしい顔に騙されたけど、絶対、幻滅しているに違いない。「こいつ初心者だ」って思われた。実際そうなんだけれど……
「もしかして、蒼さん。アイドルのイベント初めてでしょ。そうなんだ~初めてか~」
來海は一人で解決したように、僕の肩をバシバシ叩いている。なんだか馬鹿にされてる気分。おそらく馬鹿にしているのであろう。
「はい、初めてです。」
「それなら、僕が教えてしんぜよう!『推し』というのは特に応援しているメンバーのことであ~る! 僕はマリンちゃん!」
來海はどこかの博士のような言い方で、自慢げに教えてくれる。
「やっぱり、推しもいない奴が、アイドルのライブなんかに……」
「そんなことないよ! ファンとしても応援してくれる人が増えた方がうれしいし!」
來海は遮るように否定してきた。あれ? 思ってたのと違う。來海はただ教えてくれただけなんだ。初心者ファンでも大丈夫なのかもしれない!
「蒼さんも今日のライブで推しメンできるよ!」
來海は今までで一番力強く僕の肩を叩いた。
「うんっ!」
僕も勢いよく頷いた。
「そういや、グループみんなを応援する人を『箱推し』って言うんだよ!」
「それは知ってる!」
「あれっ?」
來海は分かりやすくこけたふりをして笑っている。僕もいつの間にか笑っていた。
その後、二人の会話は途切れることなく会場まで到着した。もうすぐ太陽も一番高いところに。気温も高くなっている。
「わ~!ついた~!ありがとう!」
隣にはこの気温にも負けないぐらいの元気を振りまいている來海がいる。
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