第11話

「明日の部活で新人戦の校内選考を行う。一年生は今日の部活が選考前最後の練習になる。自分の苦手なところ重点的に練習するように、以上。」


金曜日。監督の話を聞くためだけにきれいなコートへ向かい、話が終わるとすぐに奥のコートに移動して練習を始める。今日も今日とて奥のコートで練習。おサボりの奴らの冷ややかな目線は一週間もすると何も気にならない。しまいにはあきれられて目線すら飛んでこない。僕にとっては全く関係ないことだけれど。四日間で作り上げたルーティンをこなしていく。まずはラリー、その次は球出しをしてもらい、最後に試合形式練習。テニスが大好きな僕には部活の時間なんてあっという間だった。気づいたころには部活のチャイムが鳴った。しかし、僕のテニスの時間は終わらない。今日はいつもより厚い雲が空の青を隠している。「もう少し、練習させてくれ。」神様に祈りながら、僕は一人自主練の準備に取り掛かった。


「今日はサーブの練習を多くしよう。」


いつもは毛嫌いしている監督の言葉が今日は珍しく心に残っていたのだろう。サーブが苦手な僕は監督の言うことを信じてみることにした。



フォアサイドのサービスコートに小さな赤い三角コーンを三つ積み上げる。シングルスライン側とセンターライン側のサービスコートに二つの的。僕は一つのボールを持ってベースラインに立つ。


「まずはセンターライン側。」


ボソッと心で決めた狙いを口に出し、左手で高くトスを上げる。どんよりしていた雲でいっぱいの空はより一層暗くなり始めている。トスに合わせて振り下ろしたラケットから放たれたボールは的の左側をかすめていった。


「おしいっ」


一人で盛り上がってきた僕の口から浮かれている声色が飛び出す。すぐに近くに準備したボールカゴに手を突っ込み、ボールを取り出す。


「今、左にずれたから……」


つぶやきながら改善点を探す。そして納得して、次のトスを上げる。自分のほんの少し前に高過ぎず低すぎない良いぐらいのトス。「いける!」絶好のトスが上がった。トスを上げた左手に代わって勢いよくラケットを持った右手を振り上げる。


『スパーンッ』


ラケットのど真ん中に当たったであろうボールは綺麗な打球音とともに打ち放たれた。ボールは的めがけて一直線。三つのコーンのど真ん中に当たって崩れた。


「やった……」


僕は崩れたコーンから目線をそらすことなく、ただ驚きと嬉しさの混ざりあった声が漏れた。「たった二球目で当たるなんて思ってなかった。当たっちゃった。これなら明日勝てるかも。」そんな歓喜に渦巻いている心の中。左手はすぐにボールかごに向かっていた。定位置に立ち直して、次の的に照準を合わせる。


「次はシングルスライン側。」


そうつぶやいたとき、一粒の水滴が僕の頭の上に落ちてきた。「雨だ。」思ったときには、次から次へと雨水が落ち始める。テニスのガットは雨に当たると悪くなってしまう。そんなテニス好きには常識的なことを僕が忘れるはずがない。でも、さっきのサーブの感覚を忘れたくない。僕は急いでトスを上げた。


「おりゃ」


急いであげたトスはさっきの完璧なトスより少し高く上がってしまった。しかし、焦り気持ちも加わっている僕の腕は勢いよく振り上がり、ラケットは止まることなく、ボールとぶつかった。


「……………」


ボールは案の定、ラケットの上の方に当たって飛んでいく。しかし、僕の目は飛んでいったボールを追うことなく僕の右腕を見ていた。僕の右腕は少し痺れたような感覚。感じたことのある違和感。しかし、次第に雨は強くなっていく。ラケットを雨から守ることで必死な僕は、その違和感を振り払い、片付けに急いだ。本降りとなった雨は僕が家に着くまで続いていた。

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