第10話
「次の土日の練習で新人戦に出場するメンバーの選考を行う。」
夏の暑さもピークを過ぎた八月下旬の月曜日。ドスの効いた貫禄のある監督の声が整列している一年生の列の前で響いた。
「一年生はこれまで以上に練習、頑張ること。以上。」
監督はそれだけ言い残して先輩たちが練習しているところへ向かって言った。ようやく僕もコートで思いっきり練習できる。身体全体にやる気の血液が勢いよく駆け回り始めた。推薦の奴に一泡吹かせてやる。僕はラケットを握り、意気揚々とコートへ向かった。
「え…?」
コートには先輩と推薦の奴ら。邪魔者たちは、ただコートの対角線上でラリーをしている。コートは占拠されていた。
「おい!そんなに強く打つなよ~」
そんな言葉とともにベースラインを大きく外れて後ろに飛んでいったボールを拾いに行く。このコートは緊張感のかけらもない、嬉々とした声に包まれていた。
僕はこんな奴らに負けていたのか、僕の心は悔しさが支配していく。この気持ちは、推薦の奴への落胆なのか、自分の無念さなのかわからない感情が心の中をぐるぐる回っている。僕はラケットを持ったまま、コートの入り口で立ちつくしていた。
「おまえのコートはあっち。一般は奥のコート!」
声を掛けてきたのは推薦の奴らの中でも弱い方の奴。いつも強い奴らについて回っている、僕からしたら一番醜い奴。そいつはそれだけ言い捨てて、コートの中に戻っていく。この場所には、コートは四面しかなく、先輩は二面使っている。そのため、使えるコートは二面しかない。対角線で打ち合っているため一度に八人しかできない。うちの高校は強豪校であるため、推薦の奴なんて八人以上いる。したがって、推薦の奴らの中でもランクができるというわけだ。
「あっ……うん。」
言い返すことも面倒くさくなっていた僕はそのまま希望を向けることなく奥のコートへ向かった。「あいつもあいつで大変なんだろうな……」あんな言われ方をしたが、今の僕には怒りの感情なんてない。僕に言い捨ててきた奴は推薦のコートに練習する場所なんてない。僕はなぜか奴に同情してしまっている。使えるコートがないならお前も奥のコートに行けばいいのに。それは自分のプライドが許さないのであろう。今までは部内の中でブイブイ言わせてきたやつだろうから。
僕が向かっているのは、通称「奥のコート」。この学校にはもう二面コートがある。学校の裏手、少し離れた場所にある。昔はその二面しかなかったらしいが、学校のグラウンドに新しいコートが新設されてからはそちらが優先的に使われるようになり、奥のコートは一年生や一般で入ってきた弱い奴などが飛ばされる場所となっている。そんな場所をお金かけて整備するはずもなく、奥のコートは整備も行き届いていないボロボロのコートになってしまったというわけである。それでも今の僕にはコートで練習できるだけでこの上なく嬉しかった。
「思う存分、コート使うぞー!」
「え……?」
コート内には二人しかいなかった。一般入部はもうすこし人数いたと思うけど…なんてとぼけても無駄だ。二人以外はコート外のベンチでたむろっている。
「どうせ、推薦の奴らには勝てないし!」
「こっちには監督もコーチも来ないし!」
「サボっていてもバレないし!」
「「「奥のコート、サイコー!」」」
呆れた。僕は無意識にため息をついていた。いや、待てよ…これはチャンスだ!奥のコートは空き放題。ということは練習し放題だ!しかも、古いコートにも自動球出し機がある。さすが強豪校だ。入学して初めて強豪校に入ってよかったと思った。表情筋も緩んでしまっていたかもしれない。
「おーい。ボール持って突っ立ってないで、こっち打って来いよ~」
コートの中にいる僕と一緒の一般生が、ラケットを高く上げて、楽しそうに僕を呼んでいる。そういえば、奥のコートの入り口で突っ立っていた。今日は茫然と突っ立ってばかりだ。
「……ごめん、ごめん!今行く!」
(よっしゃーやるぞー!)
心の中で叫んだ僕は勢いよくコートの中に走り出していった。
日が傾いた夕方。コートにもオレンジ色の日差しが差し込んで、引き延ばした真っ黒な僕の姿が映っている。走ってコートに入ってから、真面目に練習している仲間とラリーをして、試合形式で練習して、部活の時間が終わった後も一人で自動球出し機を使って練習して、サーブ練習をして、僕の練習は充実していた。ベンチでさぼっていたやつらは僕を冷ややかな目線を向けながら、部活終了のチャイムと同時にコートを後にしていた。低レベルの奴に嫌われるなんてどうでもいい。あいつらがさぼってくれるおかけで僕はコート使い放題なのだから。それから毎日、日が落ちるまで練習に打ち込んだ。
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